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Qub  作者: ソノ
《ヒコツエリア》編
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Q66 そういうのじゃないんだよね

 海星会かいせいかい病院は氷芴沢市の北東に位置する緑平台と呼ばれる小高い丘の上に立っている。その近くには隣接するように大学も併設されており、昼休みになれば医学生たちが駅前に昼食を取りにぞろぞろと集まってくる。


 この病院では主に重症患者や国指定の難病患者などの治療や受け入れを行っている。一階の病棟は一般外来がメインなので比較的日々穏やかな時間が流れているのだが、いざ二階の東病棟に入れば空気が一変する。


 活力が失われたような、世界から隔離され色を奪われてしまったかのような、単一色のほの暗い空間が表現のできない沈痛を抱きながらひっそりと、そして穏やかに来る者をただ平等に迎え入れている。


 二階東病棟の一番奥にある個室の病室に淡口刑事はいた。

 もちろん何も触れないことを前提に許可を取っていた。


 静まり返った個室のベッドの上で目を閉じているのは冷矢笥のあという女性だ。


 先程、五六渉のアパートの机に飾られた写真に写っていた人物と同じだった。冷矢笥ゆあの妹にあたる人物で、去年の十二月以降ある事件をきっかけにずっとこの病院で入院をしているようだ。


 病院長に話を訊くと、その間ずっと医療費を払い続けているのが五六と姉のゆあだったようだ。その事件の内容は淡口も関係者から以前耳にしていたので頭に入れやすかった。


 去年の大寒波に見舞われたクリスマスイブに、冷矢笥のあは暴漢に合い、そのショックで意識が戻らなくなってしまった。未だに犯人は見つかっていない。


 ゆあの幼馴染である五六であれば彼女のために支援するのは十分理解できる。


 ところが一点だけ院長からの話で不可解なことがあった。

 先月一日だけ冷矢笥のあを五六とゆあが家に連れて帰ることがあったみたいだ。なぜかは詳しくは聞いていないようだったが、別段意識が戻らないだけであって絶対に病院にいなければならない理由も見当たらなかったためか、一日程度であれば病院は許可したのだと言っていた。翌日には何事もなかったかのように、のあはこの病室に戻ってきた。


 自宅療法というものがあるように、気分転換も兼ねてか自宅に一旦連れ戻したりする気持ちは淡口自身も理解することはできた。彼自身も、父親の介護をしていることが少なからず影響しているのだろう。


 ともあれこの場所に五六渉の姿はなかった。直近では三日前に一度来訪していたようだが、その際は特段変わったことはなかったようだ。


 淡口は写真立ての横に置かれた、鮮やかなオレンジ色のガーベラの花を見やって静かに部屋を出た。



 ********************************

 なんて不快で不愉快な笑い方をするんだ。


 しとねは目を細めて、めたくそ不味い料理を口にしてしまった時のように思いっ切り舌を出して嫌悪感を露にした。

 それから恐る恐る声のするほうへ顔を向けた。


 いつのまに現れたのだろうか。


 ポッツンドームよりもやや離れた場所に声の主はいた。背後には取り巻きのようなものたちも四人引き連れていた。


 まずその容姿にしとねは首を傾げた。

 ファンタジー色強めなダビィの世界とはある意味では一番ほど遠い、全身漆黒のスーツで大きなサングラス姿。加えてまさにマフィアの象徴であるボルサリーノを深々と被っていた。

 声の主は分厚めの唇に塗られた濃い赤紅ときらきらとした金髪姿で、服装とはよりアンバランス過ぎる印象を与え、「けばい」という言葉しか当てはまらないほど存在が際立っていた。

 また胸元のシャツのボタンはあえて何個か外しており、豊満な胸を知らしめてやるという魂胆がありありと見て取れた。


 しとねは思う。

 《そういうのじゃないんだよね》と。


 他の四人も同じような格好をしていたが、一人だけ声の主に負けないほどのインパクトを持った男がいた。体格は雅楽代くらいの大きさがあり、頭にはボルサリーノではなくボクサーが被るヘッドギアのようなものをつけており、そのてっぺんには真っ赤な紙風船が乗っかっていた。


 しとねはさらに思う。

 《あれだ、パーティゲームでやるやつだ。ハンマーで割るやつだね。でも、なんで?》と。


 「あーはっはっは、あはははははは。きゃははははは!あ~ついに来たわねえ、年貢の納め時が!冷矢笥ゆあ、あんたが終わる時をずっと待ち望んでたんだからねえ。ああああ!超絶エクスタシーを感じるわ、最高!」


 気が狂ったかのように笑い、声を張り上げるように喋る金髪の女はさらにサングラスを外して話を続ける。


 「あたしたちは泣く子も黙って羨望の眼差しを向けるほどのカリスマ最強集団、《エリアハンター》よ!あたしはその中でも美とカリスマの頂点を担当しているリーダー、あじろっていう者よ。そしてえええ~!」

 あじろと名乗った女はそう叫びながら背後で突っ立ている四人に指差しをしてその後を指示するように促した。


 けれども彼女の声は虚しく氷笏湖の上に響き渡るだけで、四人の黒服たちは無言でしばらく静止したままだった。


 「こらこらこら~!いつも言ってんでしょうが!あたしがかっこよく名乗ったらあんたたちも続けて名乗りなさいって!何でかな~いっつもいっつも~これじゃあたしが虚しくなるだけでしょうが!こら、じゃみ~、あんたからさっさと名乗りなさいよ!」


 あじろはいきり立ってヒステリーのように喚き散らした。

 じゃみ~と呼ばれた男は細身で頬も痩せこけており、額を隠すほどのチリ毛が鬱蒼と垂れ下がっていた。彼は顔を強張らせてとても弱々しく口を開いた。


 「えっと、その、じゃみ~って言います。えっと、はい、じゃあ、次どうぞ」


 「もう、じゃみ~はもっとはきはき喋らないとダメよ。あじ姉にまたどやされちゃうよ、けろ」


 《けろ?けろって言ったよね今、かわいい》

 しとねは思わず目を見開いた。


 カエルのような話し方をしたのは、五人の中では一番背が低く、ピンク色の髪がやはり厳かなスーツとは対照的だった。口元もどこかカエルっぽいとしとねは感じた。


 「あたしはわぱっていうの。あたしたちエリアハンターが来たからにはもうおしまいなのよね、あなたたちは。‥‥まあでも、あじ姉ははしたないよね、けろ。じゃ、ごーらん、あとはよろしく」


 ごーらんとわぱから呼ばれた男は五人の中で最もマフィアの雰囲気があった。背も高く体格もしっかりとしていて、オールバックの銀髪がかなり威圧的で殺し屋のような殺気を醸し出していた。


 ごーらんは紙タバコに火をつけて一服したのち、「ごーらんだ。‥‥以上だ」と呟くように言った。


 「短いよね、いっつもごーらんは。自己紹介っていう意味知ってる?けろ?」

 わぱは見上げるようにごーらんを見つめて言った。


 「知ってるつもりだが?これから死ぬ奴らにそれ以上語る必要はないだろ」

 切り捨てるように返したごーらんは大きな煙の輪っかを作り、煙草を氷の上に投げつけた。


 「わ~マフィア的な発言としては及第点だとは思うけどね、けろけろ。今の時代だと、もう時代遅れな台詞なんじゃないかしら、けろ」


 「あ~寒い。早く終わらすぞ」

 ごーらんは表情を変えずに悪態をついた。


 「はいはい。んじゃ、どーぽっぽ、最後に締めて、けろ」


 わぱに最後を任された大男はどーぽっぽという名前だったようだ。


 《お、ついにあの人の番だ。ちょっとわくわく、というか、なんちゅう名前やねん》

 しとねは食い入るように男の動向を見つめていた。


 するとどうだ、どーぽっぽはスーツのポケットからリングドーナツを取り出し、口に頬張った。


 《え~何それ、ドーナツって、わけわかめちゃんだわ~》

 しとねは心の中で混乱気味に叫んだのだった。


 「‥‥‥‥‥‥」


 「はい~どーぽっぽでした。あじ姉、一旦お返しします」

 そう言ってわぱは深くお辞儀をした。

 どーぽっぽは早々に二つ目のドーナツを頬張っていた。


 「何にも喋らんのかーい!」

 しとねは思わず心の声を出してしまった。

 

 「さあてと、わかったかしら?あたしたちが五人まとめて登場するって滅多にないことだからね。きゃははははは~冷矢笥ゆあ、このあじろ様が引導を渡してやるから、覚悟しな」


 あじろは下品な笑みを受かべて、今にもはち切れそうな胸を揺らしながらゆあのほうへ近寄ってきた。


 「うわあ、来たよ~。何あの人たちは、やばすぎませんか?」

 しとねはゆあを一瞥して言った。

 そこで彼女は初めてゆあの追い詰められた表情を目の当たりにしたのだった。


 「‥‥くそっ。どうしてこんな時に。しとねちゃん、早く逃げなさい。あんたには関係ないし」


 「はい?いやいや逃げるったって。こんな開けた場所じゃ無理だよ。それにこの人たちって一体‥‥あ、その前に一個だけ!ゆあちゃんどう思う、あのお姉さんについて」

 しとねは尿意を我慢した子どものようにもじもじ焦りながら訊いた。


 「はあ?どういう意味?」


 「いやあほら、こんな時に何言ってるのって避難されるの承知でなんだけどね。ほら、あの胸とかさあ、ああいうのってさっきの色気の話に戻るんだけど」


 「‥‥ああ、そういうこと。うん、確かに私も同意見かな‥‥」


 「だよね~色気ってさ~‥‥」


 「そういうのじゃないんだよね」

 しとねとゆあの声は見事に合わさったのだった。

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