Q64 みず VS こおり
《何か手を思いついたのか、はたまたただのヤケクソなのか》
ある意味でゆあの戦法は正統派であり王道だったがゆえに、サキヤミ連中のあまりにもトリッキーで先が読めない戦い方を目の当たりにして、久しく感じたことのない疑心暗鬼に陥っていた。
己の実力からすれば取るに足らないことだし、普通に戦えば難なく倒せる相手――だが蓋を開ければこれほど拮抗している事実を受け入れざるを得ない。
ゆあは煩雑になった頭の邪念を振り払うかのように、何度も頭を振った。
《らしくないな。うん、大丈夫。こちらのほうが数段強いから。ヴェルがいなくても大丈夫、ねボレア》
ボレアの右手に力がこもる。
やや斜め前屈の姿勢になり、照準を前方一点に合わせにかかる。
「よし、いい感じ。ボレア、貫け」
《アイシクル・スピア》
二人技ほどの威力はなかったものの、速度と正確性は全くもって遜色ないレベルの氷の突きがしとねに襲いかかった。
それにいち早く反応したぬんは「ふわわーん」と声を発し、自分の体に大量の水をまとわりつかせた。まるで水でできた毛布のようにもふもふとした質感がしとねにはたまらなく魅力的だった。
平たく大きな頭を前に突き出したぬんは、その状態のまま真っすぐ相手に向かって突進していった。
「ぬんさん、よし、いっちゃえ~《ぬんぬんヘッドバッド》!」
ボレアの突きとぬんの頭突きが衝突した。
圧倒的な衝突力をねじ込んでくるボレアに対して、ぬんは自前の頑丈さと安定した重心を生かして相手の勢いある攻撃を真正面から受け止める格好となった。
大量放出された水が弾き飛ぶような音と氷河が崩れ落ちるような轟音がない交ぜになって、激しいつばぜり合いが始まった。
束の間しとねは思った。
《おお、これはいけるのではないか》と。
だがすぐに実力差が顕著に現れることになる。
ボレアの圧力がぬんの体制を崩し、徐々に後ろへと追い詰めていく。その間、しとねは必死にぬんと頭の中で繋がりながら集中力を極限まで高めていた。だがそれだけではどうにもならないことをしとねは早くも感じていた。
全身のあらゆる力感が削ぎ落されていくような気がした。
冷気の塊で押し潰されそうな中、必死に食らいつくように両手を前に押し出してしとねはぬんとのコンタクトに努めた。
「もう諦めたら?あなたのQubじゃ実力不足だよ」
ゆあはもうすっかり普段の冷静で無頓着な顔に戻っていた。
要するに勝ちを確信したのだろう。しとねはそれがとても気に食わなく、同時に羨ましくもあった。
《くそう、悔しい~けどいいなあ、私も余裕のある素敵な女性になれないかしら‥‥というか本当にやばいよねえ。もう限界がきてる~何か方法はないのかなあ。ぬんさんも苦しそうだし‥‥はっ、そうだ、もしかしたら》
しとねは不気味なほど強気な笑みを作ってみせた。
「‥‥ついに気がおかしくなった?」
「うーん、そうかも‥‥はあ、はあ、けどまあ、見てなさいよ、私とぬんさんの最後のチャレンジ。どうせなら、悪あがきするならゆあちゃんみたいに、できる女を演じたいやないか~」
「‥‥マジで変わった人だね。最後だし好きにすればいいけど。ボレア、とどめをお願い」
ボレアがギアをもう一段階上げるように、冷気エネルギーをさらに増幅させる。
しかしながらそこでゆあもボレアもある異変に気づいたのだった。
外気が変わった?
息を吸うと針を刺すような冷気が肺を絞めつける。そんなゆあにとっては馴染みのある氷芴沢の空気がしだいに感じ取れなくなってきた。
――気温が上昇した?
「知らなかったの?ぬんさんのねぇ、お水は湯立つほど情熱的なんだから」
ぬんを守っていた水の毛布はしだいに熱を帯びていき、凍りついた湖とボレアの槍を溶かしていく。
不快指数を感じるほどの湯気と湿気が辺りを支配していく。
同時にボレアの圧倒的だった突きがしだいに勢いをなくしていく。
「そんな、絶対的な凍結強度を誇るボレアの槍が」
ゆあは途端に顔を強張らせて脳内におけるボレアとのコンタクト率を高めようと急いだ。
しかしぬんの水の温度はどんどん上がっていく。
そしてついにボレアの槍は完全に止まった。
「今だよ~ぬんさん!」
しとねは魂を込めて叫んだ。
ぬんは弾くように頭を後ろに引き、溶けかかった槍を後方へ押しやった。
ついで強打者がボールを引きつけ呼び込むようにボレアの懐に入り、バチくそレフト方向へ引っ張るように頭で右から左へとかち上げた。
完璧に左わき腹を捉え、ボレアは遥か上空へ吹き飛ばされた。
そのままの勢いでぬんはゆあへ飛びかかり、もう一度をお見舞いしようとした。
が、寸前でゆあが叫んだ。
「ジジ!お願い!」
上空で浮遊していた六人の仙人たちが今度は反時計に回り始め、ゆあの前に大きくて鮮やかな雪の結晶体を張り巡らせた。
ぬんの強烈な引っ張り頭突きがそれにヒットさせたが、雪の結晶はびくともせず、慌ててぬんはたじろぎながら距離を取ったのだった。




