Q63 CONTINUE 0
壮麗なる氷の騎士たちは珍しく狼狽していた。
冷矢笥ゆあもそんな光景を目の当たりにするのは初めてだった。
ヴェルとボレアの背後を取った光の球は虫のように素早くかつ細やかに飛び回りながら、相手の混乱を誘った。その隙に乗じて三つの球はヴェルの左手に握られている氷の槍と背中に貼りついたのだった。
うたやんの時と同じ戦法‥‥けど、ここまでの芸当ができるなんて――。
ゆあは相手の力量に対して見誤ったという考えよりも、正直驚きのほうが勝っていた。その分次の対応策を講じるのが遅れてしまった。
光の球はみるみるうちに膨張し、閃光弾のようになってそのままヴェルに炸裂した。激しく爆発したヴェルが持つ氷の槍は木っ端微塵となり、背中を守っていた氷の鎧も砕け散った。
ヴェルは苦しげに長身をよじらせ、無言のままその場で崩れ落ちた。
《ミスった、すぐにジジたちに指示すれば‥‥くそ》
この時初めて表情でわかるほどの悪態をついたゆあだったが、すぐさま冷静さを取り戻して辺りの様子を確認する。
探していた久形の姿があった。
いつのまにあんなところへ?そもそも今までどこに?
久形は垂水寝しとねのそばにいた。息も絶え絶えにQubを象りながら目を閉じている。
倒れたしとねの頭上から真昼の月のような薄っすらとした月明かりが照らされていた。
ゆあは思う。
そう、あくまでも彼は囮や補助要員だったはず。私はずっとその認識だった。けれど不可解な動きや意表を突く性能に惑わされていたのだ。
結局のところ、やはり頼みはリーダーである垂水寝しとねということだ。
――ふうん、やるじゃない。
ゆあは妙な気分になり、ほんの束の間ほくそ笑んだ。が、やはりいつもの冷淡な顔に戻り、まだ無傷であるボレアのほうに目を向けた。
久形の月のQubにはもう一つ性能がある。
端的にいえば《メシアン》という回復系のQubとなり、ダビィ内で負ってしまったダメージを月の光で回復することができるのだ。
ただし使用回数は二回だけで、回復量は久形の状態による。
また自身が危機的状況に陥った場合には、自動的に発動するようになっている。以前、里崎の《千本ナイフ》を受けた際にも同様のことが起きていた。
ゆあが繰り出した大技をまともにくらった久形だったが、瞬時に《メシアン》が発動され、彼はかろうじて事なきを得た。
しかしその後の記憶はやはりあいまいになっていて、しっかりとした意識が戻った時にはしとねに対してメシアンを使っている最中だった。
余力を使い果たした久形はしとねに覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。
ややあってしとねは目を開けて、痛いところだらけの体を必死に起こす。
「久形さん?重いですよぉ。‥‥そっかあ、助けてくれたんですね。何かあったかい感じがしました。ありがとね、久形さん。あとは、どうなるかわからんけど、私に任せてくださいな」
しとねは彼の頬を撫でた後、勢いをつけて立ち上がった。
その矢先にしとねは思った。
《ふああああ、にしても胸が苦しいわ、頭はズッキンズッキンするわ、体中はまたもやバッキバッキのジンジンジーンだわ、お腹は悲しくなるほどペコリンだしなあ、ぐすんだわ、本当に。けど‥‥》
しとねはすうっと息を吸い込み、目を閉じる。
《もうここしかチャンス無いよねえ。久形さんもプモも、もう限界だし。負けたら終わりかあ。くわああ、ヒリヒリするぜ》
脳も身体もズタボロ状態で水のイメージを構築するのは至難の業だと思い知ったしとねは半分諦めた。
右手で表現された立方体の縁に左人差し指をかけて、しとねは願うように叫んだ。
「ぬんさーん!ぬんさーん!プリーズヘルプミ―なの!お越しくださいませえ」
水のように握れない不確かさみたいなものをイメージするより、遥かに水の権化であるぬんをイメージするほうが彼女にとっては圧倒的に簡単だった。
でっかい図体を小気味よくふりふりさせたり、マラカスを握らせて踊ってもらったり、でんぐり返しをお願いしたり。
コミカルで鈍そうな外見とは裏腹にどの動きも器用にこなすギャップに、しとねは目を閉じながらにやにやしていた。
《何を笑ってるの?こんな状況で》
ゆあはその姿に唖然としたが、同時にイラつきもした。
「ヴェルの武器を破壊したくらいで調子に乗らないでよね」
珍しく語気を強めたゆあは左手に力を込める。待機していたボレアが動き出し、右手に持つ氷の槍をしとねに向けた。
「ふわーん、ふわーん」
伸びやかで穏やかな鳴き声が緊迫した氷の世界に場違いな空気を流していく。
「ぬんさーん!待ってた~うえーんだよ~ありがとうぬんさん!やっぱり私のぬんさんへの愛は確固たるものだよね。ああ、誰かぬんさんのフィギュア作って~ずっと部屋に置いておくから~」
しとねのβ版、水の権化であるぬんが姿を現した。
「ふわーん、なんか変な呼び方しなかった?」
ぬんは欠伸をしながら頭を一度だけ横に振った。
「え、いやあ、どちらかといえば楽しい感じでイメージしたんだけど‥‥てへ」
「ふわーん、そうなの?まあ、いいや」
「うん、まあいいよね。よし、ぬんさん、行くよ、ってわわわ、もう構えちゃってるし」
「ほんと驚きだね、サキヤミの連中には。《雪見六歌仙》で酸欠状態になって、《アイス・インパクト》も直撃したっていうのに。しぶといっていうか、理屈じゃないっていうか。はっはっは、いいじゃない。久しぶりにやる気出てきた」
ゆあの表情に一切の不安はなく、ただひたすら絶対的な自信を滲ませていた。そしてボレアに臨戦態勢を取らせた。
「うわあ、さっすがゆあちゃん。余裕しゃくしゃくで、ええ顔するなあ。私も、柄じゃないけど楽しくなってきた」
「しとねちゃんだっけ?別に私は楽しくはないから。ただ退屈はしなくなっただけ。それに悪いけど、そのナマズちゃんの技は私には当たらないよ?その前にボレアの平刺突があなたたちを直撃するからね」
《そうなのよね~。うう、バク水バーストだと閉じ込めるまでに時間がかかっちゃうからなあ。どうしようかしら、ぬんさーん、どうしたらいいでしょうか、私は‥‥え?そんなことができるの?けど、それじゃぬんさんが‥‥わかった、わたしゃあんたを信じるよ》
しとねは心の中でぬんとコンタクトを取り、しっかりと相手を見据えたのだった。




