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Qub  作者: ソノ
《ヒコツエリア》編
58/80

Q57 サキヤミ VS ヒコツ⑥

 俺が、やられただと‥‥?

 しかも胆で俺が負けるなんて。


 ――ありえねえ。こんな弱々しい男に。


 それによぉ、こんな負け方だとお嬢に顔向けできねえだろうが。

 いや、そもそも不完全燃焼でバトルが終わるなんて、俺自身が許せねえんだよ!



 雅楽代は煙を帯びた体を必死に起き上がらせ、よろめきながらもぎりぎりのところで踏ん張ってみせた。


 顔面中には脂汗がとめどなく流れていて、息もかなり荒かった。

 それでも雅楽代は戦意を失わず、いやむしろ追い詰められたからこそ最初よりも増していることに彼は妙な昂揚感を得ていた。


 右手に吸いついたホットボールを携え、前屈みになり相手を見据えた。


 「俺様の真骨頂、超肉弾戦のガチャ押し戦法、見せてやるぜ」


 ヤケクソ気味の暴走には違いなかったが、それでも雅楽代の巨体が猛スピードで向かってくる様だけで相手にはかなりの恐怖だろう。


 ホットボールを投げてはまた手元に戻し、それを小刻みに繰り返しながら久形を何度も攻撃していく。ボーリング玉とほぼ同様の重さと硬さを誇るホットボールを自由自在に操るその姿はさながらヨーヨーのチャンピオンのようだった。


 しかしながら久形はそれらを全て見切ったかのように華麗に避けていく。


 《本当にどうなってやがるんだ?本当にこいつは、久形本人なのか?》


 自分でも訳のわからない疑念を抱いては、必死に振り払うように目の前の敵に集中しようとした。


 そう、こいつはこいつだ。元々実力を隠していたのか、あるいは開花したのか――そういうことにしておこう。今はそれ以上考える余裕は俺にはないのだから。

 まさかのまさかだが。


 「‥‥いいじゃねえか、久形!テンションだだ上がりだ!」


 《五月蠅い》


 またもや雅楽代の脳内に轟くおぞましい声。

 だが彼はもうそれに怯むことなく、眼前の強敵に全神経を注いでいた。


 「ぬうううう」

 ホットボールを手元に戻し、雅楽代は右手に筋肉が隆起するほどの力を込める。鉄球を握力だけで潰せそうな迫力があった。


 ボールが徐々に熱を帯びていく。それを剛速球のごとく久形に向けて投げつけた。速度と威力も今までとは比べ物にならない内容だったが、今の久形には容易いことであり、いとも簡単に避けることができた。

 しかしながら雅楽代は不敵な笑みを浮かべた。

 

 「避けるだろうよ、あんたならな」


 ただの虚勢や開き直りでないことは久形もすぐに察知した。避け続けていたせいで体の重心がすっかり後ろになっているところを無理やり腰をひねって後方を窺った。


 ボールはまだ戻ってこない。

 いや、むしろ止まっている?


 それに気づいた時にはもうボールの変化を読み切れなかった。


 雅楽代はボールを宙空で止めていたのだ、ただの力任せだけで。

 逆側からゴムの反動を利用するように引っ張る力をかけ続けていたのだ。そしてその張力を維持した力を一気に緩めた瞬間、ホットボールは通常の倍速で久形めがけて戻ってきた。


 今の彼ならぎりぎり回避できる算段だった。

 だがそこからさらにボールは複雑な変化を見せる。


 ボールが寸前で五つに分裂したのだ。

 しかも大きさは変わらず、単に増えたと表現したほうが適切かもしれない。


 さすがの久形も逃げ場を失ってしまい、もろに直撃することになってしまった。

 彼はそのまま激しい衝撃を伴いながら地面に叩きつけられてしまったのだ。


 「はあ、はあ。やっと炸裂したな」

 五つに分かれたボールは再び一つに戻り、肩で息をする雅楽代の右手へと戻った。


 「俺の切り札だ。俺の持つキュービックストーンは《張力》と《分裂》を併せ持つ。それらを組み合わせて具現化したものがホットボールってわけだ。だが《分裂》を使えばどうしても力が分散してしまうんだが、そこは俺様のパワーを目一杯注入して、威力が落ちないように維持したんだ。まあそのおかげで俺様の右腕の握力はもうほとんどないがな‥‥ん?」


 動かなくなった久形の体は徐々に淡い光を帯び始める。それからややあって海辺の砂が風で流されていくかのように、実態がしだいに崩れていく。

 いつのまにかその姿は先ほど自爆したムーンサーバントになっていた。

 

 「なっ?そんなことが。あの時の爆発で全部粉々になったはずじゃ‥‥」


 《甘く見られたものね》

 おぞましくも美しい声が雅楽代を支配していく。


 刹那、彼は正常な判断力を失ってしまったため、背後の気配に気づくのにワンテンポ遅れてしまった。


 雅楽代の大きな腰に久形の右手がそっとあてられた。

 その直後だった、全身から来る震えに抗えなくなってしまった。

 同時に彼は久形に対して初めて敗北を覚悟した。


 再び声が脳内を巡る。


 《ヒコツエリアを明け渡しなさい》


 両肩を落とした大男はしばらくの間じっと口を真一文字に結んでいた。

 

 やがていつものように勝ち誇った笑みを浮かべて口を開いた。


 「無条件降伏っていうやつが一番面白くねえ奴の選択肢だ。それに俺は終わりだが、まだお嬢がいる。それだけで負けを認めるなんてことには絶対にならねえな。あんたには、つうかこの声はあんたのものじゃねえから俺は一体全体誰に負けたのかもわからねえが、それは認めてやる。だがな、ヒコツエリアは渡せねえ。欲しけりゃ実力で奪いな」


 その後はさらに別の二体のムーンサーバントが再び雅楽代の体にへばりついた。それらを振り払う余力はもう彼には残っていなかった。


 やがて二体は膨らみを続け、閃光を放っては前回と同じく爆発を起こしたのだった。



 ***********************************

 いつもならば簡単にQubを練ることができるのに、こんなにも集中ができないのは初めてかもしれない。


 それほど追い詰められているということだろう。


 焦り、疲労、損傷。


 どれもが初めて味わうレベルのものばかりで、五六渉はより一層、眼前にいる女を必ず仕留めなければならないという使命に駆られていた。


 ゆあのところへは絶対に行かせてはいけない。


 ゆあは強い。

 自分よりも遥かに。


 だけれど、行かせてはいけない。

 僕はゆあを守る。


 五六は朦朧とする意識の中、人生で初めて限界を越えようと二度目のβ版を発動させたのだった。

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