Q56 サキヤミ VS ヒコツ⑤
馬鹿な――。
終始冷静かつ余裕を見せていた五六は初めて困惑の表情を浮かべた。
目が眩むほどの閃光を放ち、爆発をした雅楽代の大きな体は激しい黒煙を上げてそのままゆっくりと地面に倒れ込んだ。
離れていても地面が揺れるのをしとねは感じた。
「すんごーい!あれって久形さんのQubだよね?めちゃくちゃ強いじゃない、ひゃっほーだね」
しとねは嬉々としてはしゃいだが、背中越しのプモの表情は険しく睨みをずっときかせているようにも見えた。
何に対して?
しとねは疑問に思ったが、あまり深く考えないようにして続けた。
「ねえプモ、聞いてるの?」
「え?ああそうねえ。そりゃまあ月のQubだからねえ。それくらいの性能や威力はあるとは思うけど‥‥ねえ」
「何よそれ。奥歯にお餅でも挟まったかのようなグダグダな言い方は」
「うるさいわねえ。それよりほら、今は目の前の敵に集中しなさい!」
「‥‥想定外だな。悪いけど、もう遊んでいる時間はない。一気に決めるから」
「へっ?」
念動のエネルギーをまとった右手で、五六は再び立方体を象り、そして左の人差し指をその縁にかける。
「まさか、β版も使えるの?まずいわしとねちゃん。こちらも早く――」
プモが慌ててしとねの両肩を叩いたが遅かった。
「終わりだよ。おいで、β版、《キーネス》」
振り下ろされた人差し指からほとばしった異常なまでの強力な念力が辺りのフィールドを亜空間のようなものへ変えていく。
そしてサブリミナルのように、ほとんどが視覚的に確認できないほど、途切れ途切れの画像の連続で実態が明らかになってくる。
しとねはかろうじてその姿を捉えることができた。
一言で表せば、塗装もされていない無地のロボットのようなものが目の前にはあった。ただ半透明になっており、向こう側の景色が透いて見えている。顔は能面に近く、黒い横長の目が一つあるだけだった。
特筆すべき点は腕が非常に長いということだ。かつ手のひらも大きく、大人一人が簡単に握れてしまうくらいだった。あとは両足があぐらをかいた状態で空中に浮遊していた。
ところが刹那、キーネスと呼ばれた存在は消した。しとねが一呼吸する間もなく、次の瞬間には彼女の背後に回り、その長い腕を伸ばした。
しとねとプモは大きな両手に包まれる形となり、抗おうにもなぜか力が抜けていき全くもって身動きが制限されてしまった。
「キーネス、《ザゼン・マッシュ》だ」
命令されると手のひらで作られた空間が徐々に念力で満ち溢れていく。それが重力のような圧となり、しとねとプモに襲いかかった。
五六のβ版は念力の空間で相手を閉じ込め、そこに二種類の念動力を注ぎ込む。一つは外圧をかける《ブラスト波》。もう一つは体内のあらゆる神経と脳内に圧をかける《スクリーム波》。それらを同時に放つことで、内外を同時に念動力で押し潰す五六の切り札である。
「きゃあああ、痛い痛い~震える震える~助けてええ」
しとねの体は強烈な電気風呂にでも浸かったかのような痙攣痛に見舞われ、脳内では内側からハンマーでどつかれるような頭痛が彼女を襲った。
「何とか耐えなさい!ダビィコスチューム着ているからまだマシなはずよぉ‥‥けど、確かにきついわねえ。なかなかやるじゃない、あの男」
「感心しとらんで、真っ先に何とかしてよぉ~、もう無理だ~」
「もうだらしないわね~、まあそう言ってもいられないか、あたしも痛いのは嫌だしぃね~。うう、いいしとねちゃん。サイコキネシスっていうものはいわば集中力の継続なのよねえ。しかもかなり高度なイマジネーションも必要になってくる。要はこの木偶の坊の集中力を削げばいいのよぉ~。ほら、あたしも手伝うからいくわよ!」
プモはようやくしとねの背中から降りて、Qubを象る。しとねも慌ててそれに倣う。
「けど、イタタタ、こいつの手で閉じ込められちゃってるけど、どうするのよ」
「イメージを広げるのよぉ!目を閉じて視野を外へ広げる。外に外に」
プモは目を閉じた。
風のイメージを広げる。
そして叫ぶ。
「吹き抜けろ!」
不意を突かれる格好にはなった。
五六の真横からものすごい勢いのある突風が吹き出し、五六に直撃した。そのまま五六は遥か彼方へ飛ばされる、はずだった。
しかし彼は憎らしいほど冷静だった。咄嗟の反応で念動の力を自身の体にまとわせ、突風とは真逆の向きに圧力をかけて、ほとんど影響のないまま事なきを得たのだった。
「‥‥あううう、ちょっとプモさんやあ~、駄目じゃん!何やっとるんだ~」
「うるさいわねえ~他人任せばっかりの人に言われたくないわよぉ。あああ、いかんわねえ、あたしも力が入らなくなってきちゃったわぁ。しとねちゃん、いいから使いなさい、β版を」
「勝手兎ちゃんだこと!もう使えばいいんでしょ使えば。腹ペコ大魔神になっても知らないんだからね!もう、ぬんさ~ん、お願い‥‥!」
しとねはもうほとんど感覚がなくなってきた手を動かし、水のイメージを募らせ、再びQの形から人差し指を振り下ろした。
勢い溢れる水の塊から巨大な水の化身、ぬんが現れた。
その時だった、勝ち誇ったかのような笑い声がしたのは。
「ははは、閉じ込められた状態で何ができる?β版を使いこなすのはそんなに単純なことじゃないよ。キーネスの密室にいる限り、β版との意志連携は不可能だ。‥‥うん?」
ところがだ、五六の予測はあっさりと外れることになる。
孤立したぬんにはしとねからの指示や声が遮断された状態だった。
しかしながらぬんは自ら意志を持ったかのように、五六に向けて太く平べったい両手で水のエネルギーを溜め始めた。
「そんな、なぜだ?β版はいわばQubを使う者の分身みたいなもの。だからどちらかが隔離されてしまうと機能しないはずだ。なのに、どうしてあいつは動けるんだ?」
すると今度はしとねが勝ち誇ったかのようにキーネスの密室でベロを出したまま不敵に笑みを浮かべた。
「へへへーんだ!私とぬん様の絆を舐めてもらっちゃ困るわね。私も何でぬん様と頭の中で会話できてるかわかんないけど‥‥てへ。やっぱり相性って大事じゃない?心も身体もね!よおし、ぬんさん、やっちゃってくださいな!」
まさに呼応。
その瞬間、ぬんもしとねに相槌を打つように「ふわーん」と大きく鳴き声を発し、すかさず五六に対して水の立方体を張り巡らせ、そのまま閉じ込めた。
間もなくして水温は沸点を超える。
「ふわーん」
もう一度吠えるようにぬんが声を張り上げたのとほぼ同時だった、五六を閉じ込めた水が激しく爆発したのは。
しとねの得意技、というか唯一の技、《バク水バースト》が見事に炸裂したのだった。
さすがの五六も集中力が途切れたのか、キーネスの実態が消え失せ、しとねたちも密室からようやく解放された。
「やったわ!さっすがぬんさん!プモ、どうよ」
「ふうん、今回はまあよくやったわって言ってあげるわぁ」
「かあああ、素直じゃないこと!」
「褒めてるわよぉ、だってまさか遠隔でぬんさんを動かせるなんてねえ。ま、ようやくマシになってきたんじゃない?」
「上に上からだよねえ。水浸しにしてやろうかしら」
「ほらほら、無駄口叩いてる場合じゃないみたいよぉ」
プモは肩をすくめて首を振った。
「‥‥ええ?げげげ」
前回戦った里崎やメトラーたちと違って五六は別格だったということか。
彼は黒焦げにはならならず、何とか片膝をついて体勢を維持し、戦意をさらに剝き出しにした目つきでしとねたちを睨みつけた。
「絶対に、負けるわけにはいかない」
五六は絞り出すようにそう呟き、再びβ版のQubを作り始めた。




