Q55 サキヤミ VS ヒコツ④
「久形さん!」
しとねは慌てて助けに入ろうとしたが、すぐさま足を止めた。
地面に積もった雪がゆっくりと宙に浮き上がってきたからだ。無数の雪が所々で集まっていき、大きな雪の球体になっていく。
「命を賭けた勝負の時によそ見なんてしている余裕あるのかい?」
五六はいつのまにか右手で立方体を象っていた。
「むむ~嫌味な人ね。そんなんじゃモテないですよ!」
「大きなお世話だね。さて、僕のQubは《念動》になる。いわゆるサイコキネシスと呼ばれるものだ。君だって聞いたことくらいあるだろう」
「知っとるわい!私だって、ほんのちょっとだけなら動かせるし!‥‥一センチくらいだけど」
「そんなものは念動とは言わないな。ほら、これほどの量を一度に動かし、浮遊させ、かつ形成まですることができる。君には到底できないだろ?」
「できないわよ!つうか、全然羨ましくないし」
「そうか。けど、もう君は完全に包囲されちゃったよ、雪の球にね。どれもカチカチに固めてある。僕の合図で一斉に雪合戦が始まっちゃうけど、どうする?降参するかい?」
「へーんだ!こんなところまで来て降参なんて最悪じゃない。断固として拒否するから」
「そうよねえ、ここで引き返したらかっこ悪いわよねえ」
プモは呑気にけらけらとしとねの背中越しに笑っている。
「そうか‥‥なら仕方ない」
「ちょっと待ってよ。まずは理由を述べてほしいわ。何でそこまで私が狙われるのかを」
「それは、君もわかっているはずだ。全てはエリア統一のためだよ。だから言っているだろ、降参しないかって」
「ふんだ、例え降参してもその後また襲ってくるんでしょ?不安の芽を摘んでおく的な。そんな卑怯な人たちのことなんて信用できないじゃない」
「確かに、そういう粗悪な奴らがいることは間違いないね。けど僕たちはそんなことはしない。信じられないのなら、仕方ない。それだけだ」
淡々と言った後、五六は目を見開き、右手に念を込め始めた。
「なーんか、嫌な感じ。色々と‥‥。ねえ、五六さん、ちょっと聞いてよ。あなたの目的であるエリア統一って、願い事が叶うやつでしょ?だったら代わりに、あなたのボスであるゆあちゃんの願い事叶えてあげるから」
「‥‥なぜそれを知ってるんだ?そうか、ノアドームに行ったんだな。何を吹き込まれたのか知らないけど、所詮あれは実体のないただの思念体だ。そんなふわふわしたものの言うことを君は真に受けているのか?理解しがたいな」
「そんな言い方はひどいと思うなあ。そりゃ私はのあちゃんのことは全然知らないけど、お話した時の印象はめちゃくちゃ良かった。おうどんも最高だったし。私すぐに好きになっちゃった。思念体とか何言っているかわかんないけど、私はあれがのあちゃんだと思う。だから助けたいっていう気持ちになったもん。だからね、私がのあちゃんを元に戻すって決めたの」
「ふざけるな。赤の他人に踏み入れられる筋合いは毛頭ないね。それこそそんな詭弁など誰が信じられるんだ?出会ったばかりなのに、助ける?馬鹿げてる。そんな人間なんて僕は一切信じないよ」
「あのね、私だってそんな危険な目に合うくらいならさっさとリタイヤしたいの!けどずっと不安なまま暮らしていくなんて私にはできない。のほほんと暮らしたいだけなの、私は!だからね、さっさとこのくだらないゲームを終わらして、のあちゃんを助けようって思ったの。それの何が悪いのさ」
しとねが珍しく感情をむき出しにして言い放った、その時だった。
五六の脳裏に冷矢笥ゆあの面影がよぎったのは。
――そうだ、ゆあは本来は――。
「‥‥うるさい、うるさい、うるさいんだよ!」
突然と咆哮した五六は右手に込め過ぎて飽和した念力を一気に解放させた。
無数に浮かんでいた雪の塊が一斉射撃のように、しとねに襲いかかった。
しかしながらしとねは至って冷静だった。
水のイメージを自分の身の回りで一周させるように展開させ、それに《固形》を状態化させる。
あっという間に水の防壁ができあがり、無数の雪の砲弾は弾き落された。
「へっへーんだ。どんなもんだい。悪いことは言わないわ。雪は水に溶けちゃうものよ。だからそっちこそ降参しなさいな」
「‥‥あのね、しとねちゃん。防いだのは認めるけど、そんなに大したことはしてないんじゃないかしら」
プモが肩越しから深いため息を吐いた。
「ほんとあれよね、人の高揚感とやる気を削ぐよねえ~。あ~嫌だ嫌だ。ちょっともう早く降りなさいよね!」
「無理ねえ~しもやけしちゃうもの~」
「その兎の言うとおりだよ」
五六はしとねたちの会話を遮って続ける。
「念動は物を自由自在に操る。ただそれはあくまでも初歩中の初歩だ。そんなものは挨拶程度なんだ
よ。見せてあげるよ、念動の真骨頂を」
そう言うと五六は念力で溢れた右手の型を解除し、拳を握り締める。ほどなくして念力が見える形となってほとばしるエネルギー体のようなものになり、五六の右手にまとわりついた。
「うーわ、最悪だあ」
しとねのテンションは株価のように一気に下落したのだった。
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「‥‥おいおい、もう動かなくなったのか?お~い、聞こえてたら返事しろ~。‥‥ったく何だよ、歯ごたえのない奴だなあ。現代におけるパンケーキみたいだな。ふわふわしすぎてて、食べたのかどうかわからなくなるあれだ。やっぱりホットケーキ派だなあ、俺は。食べた後に、はあ~食べた~っていう実感が湧かないと駄目だろ?そういうのがあんたにはないんだよなあ。ふう、もういい。渉のほうへ行ってやるか――うん?」
その時だった、雅楽代の耳に声が届いた。しかしそれは久形のものではなく、女性のものであって、どこか得体の知れない不気味さも含んでいるように感じられた。
最初は微弱な電波で感知したノイズみたいにほとんど聞こえなかったが、徐々にその声は鮮明になり、やがて雅楽代を驚愕させる。
《殺すぞ》
両耳から侵入したその言葉は一気に脳内を駆け巡り、普段は脅し文句などには一切屈しない雅楽代が初めて恐怖というものを味わった瞬間だった。
それほどその声は気味が悪かったのだ。
雅楽代は思わず、鷲掴みにしていた久形の頭部を離した。そしてほぼ同時に信じられないことが起こる。
ほとんど意識不明だった男がゾンビのように立ち上がり、目を虚ろだが顔面や体などについた傷や血はすっかり無かったかのように消えていた。
「お前さん、一体何をしたんだ?いや、さっきの声はじゃあどこから‥‥。ぐっ?」
困惑していたせいか、雅楽代は不意打ちに気づけなかった。
久形が最初に出した光のユニット三体が雅楽代の両足と腹、そして右肩にがっちりとしがみついては離さない状態となった。
必死に雅楽代は振り払おうとするが、強粘着な両面テープで貼りつけられたかのように、力では引き剥がせない性質を持っていた。
そうこうしているうちに三体の体が膨張を始める。
まもなくしてそれらはみるみる大きくなり、眩い光を放つ。
いつのまにか久形は少し離れたところに移動していた。
「弾け飛べ」
久形の言葉で、雅楽代の動きを止めていたムーンサーバントたちは大爆発を起こしたのだった。




