Q52 サキヤミ VS ヒコツ①
ユアドームを離れたしとねたちは北の凍った湖にあるポッツンドームに向けて、ひたすら緩やかで薄っすらと雪が積もった坂を歩いていた。
相変わらず空は陰鬱なほど仄暗く、気温は真冬並みに下がっているのだがダビィコスチューム(ダビコス)のおかげでしとねたちは比較的快適に進むことができた。
持参してきたお菓子を頬張るたびに白い吐息が立ち昇っていく。
しとねは大食いであるためか、腹持ちの悪いスナック菓子系統ではなく、ほとんどがチョコレート類をチョイスしており、自分の判断は間違ってなかったと安堵していた。
先導していくプモが雪山を元気に駆ける野兎のように、くっきりとした兎の足跡を雪の上に残していく。
「これを見ると、プモのことがようやく白兎に見えてくるわ。うんうん、よかったよかった」
「本当に失礼よねえ、しとねちゃん。あたしのこと何だと思ってるわけ?」
プモは軽く後ろを見やって目を細めた。
「変態だね。うん」
しとねはきっぱりと答えたので、「しどいわあ。というか、変態ってあまりにも大きな括りになってない?」と嘆くようにプモは言った。
「にしても、遠くない?あ~あ、早く家に帰って猫を抱き寄せたいなあ」
「お、もろみかあ。俺も一度会いたいなあ、ダメだよね?」
「え~それはお店的にはご法度ですよ。プライベートではお会いしちゃダメでしょ?もう、久形さん悪い大人なんだからなあ。けどまあ、もろみを一度は見てもらいたい気持ちはあるんだよねえ。お店に連れていったら、怒られるかな?」
「うん、それは怒られるね。はあ、だよねえ。はは、ごめん」
久形は内心わかってはいたものの、しょんぼりとして軽く項垂れた。
「ったく、本当に緊張感のない人たちね!ほら、そろそろ中間地点よぉ。ちゃんと身構えておきなさいよぉ、何が待ち構えているかしらねえ」
延々と続いていた坂道が終わり、開けた土地がしとねたちを迎え入れる。
そこには古びた民家を改装したお店や由緒ある旅館、そして温泉が点在する街があった。
「ほお、これはこれは。何やら素敵な町並みですよ。硫黄の匂いもあるし、冷え切った体には我慢できないよ~」
しとねは両手をふりふりしながら涙目でプモに「休憩しようぜ」と求めたが即刻「無理に決まってるでしょ」と言われて不機嫌に口を真一文字に結んだのだった。
「しとねちゃん、確かにここは現実世界で言うと、氷笏川温泉街になるみたいだけどぉ、そんな呑気に温泉でも浸かって日本酒で一杯やろうなんて時間はないのよ!ほら、見てごらんなさい。見覚えのある方々が向こうでお待ちのようよ」
プモが指し示す先を見やると、しとねは明らかに嫌悪感を露にして「うげええ」とベロを出した。
巨漢な怪力レスラーのような男と、シャツ姿の細くてやや顔色が悪い若者。
全くもって釣り合わない二人がしとねたちが着用している白のダビゴスとは対照的な色合いの、黒のコスチューム姿で待ち構えていた。
「うわあ、あの生理的に受けつけないおっちゃん、全然似合ってないわ」
しとねはかなり引き気味で言った。
「‥‥うん、俺が言うのもなんだけど、あんだけ似合わないのもすごいな」
久形もそれには激しく同意した。
「‥‥雅楽代さん、やっぱり似合わないって言われてますね」
五六渉は笑うのを必死に手で押さえながら言った。
「けっ、そんなもん百も承知だって。いいか、男はなあ、無理してでも着飾らないと前に進めない時だってあるんだよ。それを乗り越えた時、俺はワンランク上の男になってる。服に追いつくようにしてるんじゃまだまだ。服が俺に追いつくようにならなきゃいけねえんだ」
「雅楽代さん、何言ってるかわからないですよ。ほら、サキヤミの連中も完全に呆気に取られた感じだし」
「うるせえ!ほら、さっさと片付けにいくぞ。見てろ、この戦いが終わった時には、俺の衣装は抜群に似合っているって言わせてやる」
「はいはい、そう期待してますよ」
雅楽代と五六はしとねたちのほうへゆっくりと近づいてくる。
「ああ~来ちゃったよ~。プモ、どうすんの?」
「どうするもこうするもないでしょうに。戦うしかないのよぉ。ま、これは初めてのQubを扱う者同士の戦いでもあるわよねえ。さてと、ちょうど二人だし、しとねちゃんはどっちと戦いたい?」
「え、そりゃあのでっかいおじちゃんは勘弁してほしいなあ。久形さん、お願できる‥‥かしら?」
「う、そうなるよねえ。いや、けどどっちもQubを使ってくるなら両方とも手強いと思うし。わかったよ、あのおじちゃんは俺が相手する‥‥やばかったらヘルプミーって叫ぶかもだけど」
「うん、私もヘルプミーって叫ぶんで。お互いフォローし合いながら戦いましょ!」
「はあ、間際になっても平和だこと。そんな余裕があればいいけどねえ」
「む、何よこの変態野兎め。プモもちゃんとフォローしてよ?」
「はいはい、わかってますよぉ。さ、行くわよ」
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氷笏沢市の中心から少し離れると、九つの工業団地が広がっている。
自動車や電機、食品、飲料、物流や研究施設なども多く立地されているのが有名でもある。
工業団地に隣接するように閑散とした住宅街がある。
そこにある二階建ての古びたアパートに淡口はいた。
管理人には許可を取っており、彼は借りた鍵で部屋の中へ入る。
長い間誰もいなかったかのような静けさと空虚さが部屋に満たされていた。しかしながら黴臭さや埃などはほとんどなく、きちんと掃除がなされているようではあった。
妙だった。
生活臭が一切感じられない空間なのに必要最低限のことはなされてある。
よほどこの家の住人はただ食べて寝るだけの生活をしているだけなのだろうか。
薄暗いため淡口はカーテンを開けて部屋を見渡せるようにした。
部屋にはテレビや家具などもなく、簡素なテーブルと机、冷蔵庫くらいしか見当たらなかった。
机の上には額縁に入った写真が二枚立てかけられている。
一つは若い二人の女性が微笑んだ状態で写っているもの。よく似ている、恐らく双子なのかもしれない。
もう一つはそのどちらかの女性と若い男の写真。高校生くらいの頃のものだろうか、まだあどけなさが残っているように見える。
机の引き出しを開けてみる。
一枚のパンフレットのような冊子と、名前が印字されたピンバッジが入っていた。
冊子には《ムホウの会》を紹介したもので勧誘用のものであると推測された。
そしてピンバッジには《江縄金成》と記されてあった。
淡口は息を一つ吐いて、もう一度写真を手にして眺めてみる。
その後、彼はおもむろに携帯を取り出し、同期である神木文也に電話をかけた。




