Q50 VS メトラー
プモは指紋認証でドームの扉を開き、メトラーたちが蔓延る外へと飛び出していったのを見て、しとねと久形は深くため息を吐きながら渋々あとをついていった。
プモが派手に現われたせいか、メトラーたちはひどく興奮気味で「キィ、キキィ」という錆びた戸を開けた際に鳴る音のような奇声を発しながら、すでに体勢は臨戦モードになっていた。
体全体をくねらせ、両手を目いっぱい開きながらプモたちに向けて威嚇を行っていた。
数は全部で十体。左右に五体ずつ分かれるような形で配置されていた。
「しとねちゃんと久形さんも、あいつらの手のひらと目をあまり見ちゃ駄目よ、催眠にかかっちゃうから‥‥っておい!」
プモの心配をよそに、しとねと久形はすでに催眠にかかってしまっていた。
コスプレイヤーが動画配信で踊り狂うような感じで、顔と胸を揺らしながらリズム良く手足を動かしていた。
久形はそれを応援する熱狂的なリスナーのようにしとねの前で両腕を天に突き上げて「しっとっねー!」と連呼して叫び回っていた。
それを見た右手に展開している五体のメトラーたちは、顔から生えた切れ味鋭そうな歯をしとねたちに向けた。
それから距離を詰めていき、開いた手のひらを重ねて×の形を作り、そのまましとねたちに向けて念を込め始めた。
「あ~もう、教科書通りに相手の術中に嵌っちゃう人たちねえ。仕方ないか‥‥」
プモはかぶりを振った後、右手に立方体を象り、風のイメージを膨張させる。
やがてプモの右手には蠢く風が飽和し、制御が難しいほどの風の集合体ができあがる。
「その二人から離れなさい」
プモのQubが発動し、メトラーたちの足元から突然巨大な竜巻が起こった。それは凄まじい地鳴りを上げながら炸裂し、竜巻に巻き込まれたメトラーたちは上空へと投げ出されてそのまま地面に叩きつけられた。
「‥‥はっ私は一体何を」
「‥‥うう、俺も何を‥‥」
しとねと久形は頭を抱えて我に立ち返った。
「ほら、目は覚めた?いい?あいつらの目と手をあんまし見たら駄目だからね。あたしはあの吹っ飛んでいった五体を担当するから、左手にいる奴らを頼むわよぉ」
プモはそう言い残してダッシュでメトラーたちを追っていった。
「あの兎めえ、また雑な説明だわあ。というか、私たちで五匹も相手しないといけないの?嫌だあ、しかもじりじり近づいてくる~。久形さん、どうしよう」
「え、そうだなあ、俺もごめん、どうやってQubを発動させたらいいか全然わかってなくて、えっとこうやって立方体を作るんだっけ‥‥でも、ここからどうするのかな、はは」
「え~そっかあ、久形さん、あの時無我夢中で使った感じですもんね。あ~やばいよ~けどあいつらを見るなって言われても無理なんじゃ‥‥あ、ならこうやって目を瞑っていればいいんじゃないかしら」
「そうだね、それが一番安全‥‥なわけないよ!うわ、来たよ!」
隙だらけな二人を見てか、メトラーたちは一挙に駆け足で向かってきた。
久形は「そうか、イメージだ」と思い出したかのように脳内で月を思い描く。
《‥‥月のイメージって何?》
「しとねさん!ダメだ!俺にはQubなんてやっぱり使えないよ、月なんて何をイメージすればいいかわかんないよ!」
久形はしとねの両肩を掴んで激しく助けを求めたが、「久形さん、焦っちゃ駄目だよ~まずは相手を見ないようにしないと」と呑気に返すだけだった。
《あ~もうゲームオーバーなのか、俺はもう死ぬのか》
あきらめかけた時だった、久形の右手に光がともったのは。
同時にある言葉が浮かんだ。
《ムーンサーバント》
光がほとんど射さない仄暗いヒコツエリアに、スポット的に光が現れ、地面に影が三つ浮かび上がった。そこからにょきにょきと筍のように生えてきたのは、ぼんやりと発光する鎧のようなものを身につけた人型のユニットだった。
「え、これって‥‥味方?」
声がする。
《どうしてほしいんだい?》
「あ、えっと、と、とりあえず守って!」
迫りくるメトラーたちを寸前で防いだのは光のユニットたちだった。
久形のお願い通り、彼らは身を呈してメトラーの動きを止めた。
「おお、すごい。これが俺のQub?しとねちゃん、できたよ、俺にも」
するとようやくしとねは目をぱっちりと開いた。
「さっすが久形さん。私も久しぶりだがら感覚忘れちゃってて。今しがた整いましたよ。さ、出てきておくれ、ぬんさん!」
しとねは右手で象った立方体の形にそっと左の人差し指をかけ、それをおもくそ真下に振り下ろした。
Qの形が瞬く間に崩れ去り、しとねの体が青に輝く琥珀色に包まれる。
そしてナマズの髭をたくわえた巨大なオオサンショウウオのような生き物が彼女の背後に現れた。
「ぬんさん!ご無沙汰!さっそくだけど、あの悪い奴ら、やっつけちゃって!」
「ふわーん、それならお安いご用だな」
「よおし!いっちゃえ~」
久形のQubで足止めされていたメトラーたちはあっというまに水の塊に閉じ込められた。
慌てふためき、急いで水の外へ這い出そうとするがそれは無理だった。
「へっへっへ。ぬんさんのプールからは抜け出せないよ。さ、バクバクしよっか。大人しくなっちゃいなさい!《バク水バースト》」
水の塊は激しい水蒸気爆発を起こし、メトラーたちをまとめて黒焦げにしたのだった。
「さすが!しとね先生」
久形は「おお」と唸りながら拍手を送った。
すると光のユニットたちもこの場からいなくなった。どうやら勝利を確信すると消えるようだ。実感はなかったものの、彼は自らが発動したQubのことが少し気に入ったのだった。
「ふわーん、ほんじゃね~」
ぬんさんも大きなあくびをしてからすっと消えていった。
「ぬんさん、ありがとう~、あたしゃあんたのファンになったわ。‥‥ふう、やったね久形さん。久形さんのQubもすごい。守ってくれてましたよね、あの発光していた人たち。ふふ、あれがなかったらやばかったかも」
「いや、全然まだどうやったか実感ないけど。ま、結果オーライだよね」
久形はしとねの役に立てたことに妙な昂揚感を感じていた。
「けど、私、前よりも強くなっていないかしら。だってあいつらって強いんでしょ?それを一発で仕留めちゃうなんて‥‥きゃっ、私は天才かしら」
しとねは口元を両手で軽く押さえてお尻をふりふりしてみせたが、「勘違いも甚だしいわねえ」と戻ってきたプモに一蹴された。
「ま、相変わらず人のテンションを下げるのが上手い兎だこと。何よ、せっかく勝利の美酒に酔い潰れたかったのに、あ、日本酒が呑みたくなってきたわ」
「はあ、本当に平和ちゃんなんだから。あのね、あなたがかる~く倒せちゃった理由は、むろん、ダビィコスチューム、《ダビコス》のおかげよ!それを着用しているとQubの威力も上がるのよぉ。だから圧勝できたってわけ」
プモはやれやれといった感じで首を横に振った。
「え~がーんだなあ。ま、いっか」
「俺も、ちょっとがっくりかも。けどこのコスチュームのおかげで勝てたんだし、逆にこれからも安心感はあるよね」
久形はさっき調子に乗っていた自分を思い出して顔が熱くなった。
「ま、いっか、じゃないわよぉ。しとねちゃん、そんなに序盤から《β版》を使っていいのぉ?まだQubを使う奴らも出てきていないのに。もたないわよ、そんなんじゃ。いくら食糧を持ってきててもねえ。精神力も削られるんだから」
「‥‥ああ!そうだった!くわあああ、プモ!なんでそういうことを早く言わないのかなあ、お前さんはよぉ~。‥‥お腹減ってきた、やばい」
「ちゃんと自分で考えないと成長しないからねえ。良い教訓として心に留めておきなさいな。さて、さっさと先に進むわよぉ」
「もうやる気なくしちゃったし。もう一度うどん食べてから行かない?」
「駄目よ!ノロノロしてたらまたメトラーたちが増えてくるわ。その前に相手の本丸まで行かないとねえ。攻め込む際は短期決着を目指さないと勝ち目はないわよぉ」
しとねは無言でプモを睨んだが、プモは口笛を吹くだけだった。
その時、背後でのあの声がした。
「すごぉーい!あのメトラーたちを倒しちゃった‥‥しとねちゃんって強いんだね。うん、これならお姉ちゃんを倒せちゃうかも」
「のあちゃん、うえーん、おうどん食べたいよ~‥‥けどまあ今は我慢か。じゃあ、お姉ちゃんに勝ってきたら、また食べにくるから」
「うん、待ってる」
のあは飛びっきりの笑顔で頷いた。
「‥‥あ、一つだけ訊きたいな。何でうどんなの?」
「え?それは、お母さんがよく作ってくれてたから。お母さんのうどん、美味しかったんだよね。それを再現したくて、かな。まだまだだけどね」
「そっか。絶対にまた食べにくるからね」
しとねたちはのあと別れを告げて、北に向かって歩き出した。




