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Qub  作者: ソノ
《サキヤミエリア》編
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Q4 なじみのお店

 真っ赤な丸い立て看板には「洋食屋その」と「since 1980」が記されてある。

 

 このお店は垂水寝たるみねしとねが足繁く通う老舗の洋食店で、毎週一回は絶対に行きたくなる。


 ハンバーグ&エビフライ、もしくはハンバーグ&コロッケ、この2択でいつも迷う。

 たまにカツカレーも捨てがたいのだが。

 

 お店の扉を開けると無愛想なマスター、米澤律夫よねざわりつおが低い声で「いらっしゃい」と出迎えてくれ、その奥さんである和子かずこさんは元気よく「いらっしゃい、しとねちゃん」と言ってくれる。

 しとねはこのお店を第二の実家と位置付けている。

 

 お店の客足はそれなりで、満席まではいかないが、ほぼほぼ埋まっていることが常だ。なのである意味客にとっては安心もできて、なおかつすぐに着席できる最良のお店である。

 店の規模は厨房をぐるりと囲むようにカウンターが十席あって、テーブル席は三つある。

 

 何より良いお客さんが集まってくる。

 だから良い活気に溢れている。

 

 しとねは空いているカウンター席に座ってしばし熟考したのち、ハンバーグ&エビフライを注文する。

 するともう彼女の中でわくわく感がたまらなくなってくる。

 早く食べさせておくれ。

 心の中でそう叫ぶ。

 

 まず特筆すべき点は、ハンバーグが異常に柔らかいということと、加えてデミグラスソースも深み抜群だし、何よりエビフライとコロッケにかかっているタルタルソースがどこのお店でも勝てない最高の味なのだ。和子さんが最初の入れてくれるポタージュスープも絶品である。

 

 マスターが手慣れた感じでしとねのオーダーをさくっと作り、彼女は笑顔で昼食にありつく。


 その後マスターは客足が一旦落ち着いたのを確認して、椅子に座り込み、紙タバコで一服しながらテレビを眺める。もう歳なので最近はよくそうやって休みながら厨房に立っていることが多くなった。

 

 少しでも長く続いてもらいたいものだわ。

 しとねはいつも強く思っている。

 

 お昼の地方ニュースが流れていた。内容は崎邪見さきやみ温泉街で行方不明者が出たという内容だった。

 

 あらま、怖いわ。

 しとねはそう思ったまま、ほぼ無関心で美味な洋食を平らげていく。

 

 「おやおや、今日も元気そうで良かった。お譲ちゃん、なんか機嫌も良さそうだし」

 マスターが鼻で笑いながらいった。

 

 「お、わかるねえマスター。さすがっす。明日はねえ、楽しみなイベントなの」

 しとねはえらく顔をにやけて言った。

 

 「そうかい、そりゃ楽しまないとな」

 

 「むふふふ」


 明日は月に一回程度の出勤日である。本来正キャストであればもう少しシフトに入れないとクビになってしまうのだが――。

 

 モンシェールクレアというお店はいわば老舗の高級店であり、キャストとして採用されるには容姿だけが秀でていても難しいのだが、しとねはその面接に合格した。

 

 どちらかといえば支持される年齢層は高めで、キャスト全体を見渡しても「綺麗なお姉さん」な印象が強めな中、しとねはその領域から外れている。

 

 彼女の顔立ちはかなり幼く(年齢は二十三歳))化粧っ気もなし、ただしスタイルだけは(胸だけ)は群を抜いている。しかしそれだけでは抜擢されないと彼女は思っていたが、面接にあたった担当者いわく、「何やら不思議なオーラが見えたから」と訳のわからない説明を後からしとねに採用理由として挙げている。

 

 ともあれしとねは晴れて老舗高級店のキャストになったわけだが、日々専門学校や勉強などで多忙なこともあり出勤数が少ない。

 が、彼女が出勤すればものの十分で予約完売となる。

 これが彼女のクビにならない理由なのだ。


 男たちがそれほどまでに彼女を追い求める理由‥‥それは謎なのだ。

 

 しとねはお金目的で働いているわけではなく、彼女の欲求を満たすためだけに働いているのが客には何となくわかるからかもしれない。だが確証は誰一人として持てない。彼女はそれほどに自然体で接することができるのだ。

 

 されどしとねは尋ねられても毎回こう答えている。

 「まあ、謎なのだよ、むふふふ」と。

 

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