Q47 ノアドーム
「というか、事前に教えておいてもらえる?こんなに寒いのってひどくないですか、プモさんよぉ。勢いよく駅を飛び出してきたけど、私はもう無理だから駅に戻って団を取りんだけどね」
「もう軟弱ねえ。そんなんじゃ勝てないわよぉ、ここのボスに」
プモは腰に手を当てて大きなため息を吐いた。
「いやだから、その前に冷え切って動けなくなっちゃうって話なの!勝てるもんも勝てないでしょ、そんなコンディションなら。戦う前に風邪ひいちゃう!」
しとねは両手を突き上げて猛抗議したが、プモはかぶりを振るばかりだった。
「うん、これはさすがにやばいね。俺も鼻弱いから鼻水止まらなくなっちゃうなこりゃ」
しとねと久形は歯をカチカチと鳴らしながら重心はすでに駅のほうへ傾いていた。
「はいはい、わかったわよぉ。ちょうどこれからの説明とかもしないとなあって思ってたからね。よし、あそこに見える小さめのドームがあるでしょ?まずはあそこに行くわよ」
氷笏沢といえば温泉街としても有名なのだが、しとねは行ったことがなかったので今見えるこの街並みというか、荒廃した風景が果たして現実とどう乖離しているのか判断がつかなかった。
けれども彼女は絶対に真逆であると確信していたし、こんなエリア作りをするエリアマスターは一体全体どんな心情の持ち主なのだろうかと、少し興味を持ち始めていた。
小型のドームは楕円形だが屋根が中央に向かって盛り上がった感じになっていて、テントに似た外観になっていた。
ただ外壁は頑丈そうな金属で作られており、よく見れば様々な機械や装置、ボタンなどが埋め込まれてあって現実世界のテクノロジーより遥かに進歩しているようだった。
そんなハイテクさとは裏腹に入り口には分厚い用紙がガムテープで貼られてあり、手書きで《あったかいごはんと、旅で役立つアイテムはここ、ノアドームでぜひ!》と丁寧に記されてあった。
「あったかいごはん!食べたい!」
しとねは思わず叫んだ。
「はいはい、ごはんも食べましょうねえ」
心底呆れた様子でプモは入り口らしき部分に軽くタッチした。
するとパズルのピースが自動的にスライドして解けていくように、扉は青く点滅しながら開いた。
「すごい、本当にSFで見たことあるやつだ。エイリアン的なやつ?」
久形は眼鏡をかけ直して目を輝かせた。彼はこの手のジャンルが大好きだったのだ。
「ほら、入るわよぉ!」
プモは少し苛立ちながら中へ入っていった。
ドームの中は広々とした空間で、中央には病院のナースステーションのようなスペースがあり、360度受付対応できるような感じになっていた。
空調管理もバッチリで、しとねたちは冷え切った体が回復していくのをしみじみと有難がったのだった。
あとは所々にこじんまりとしたブースのような部屋が置かれてあり、どれも指紋認証で入れる仕様になっている。
また一番奥には古びたカプセル型のようなものが一つだけ置かれてあり、大人一人がちょうど入れるような大きさだった。
そして中央のスペースには一人の女性が立っていて、その恰好はこの近未来的な空間には全くもって似つかわしくない、まるで町の食堂で働いている店員さんが身に着ける白い割烹着を身にまとっていた。
ただ久形はそれ以上に女性の顔を見ながら己の目を疑った。
それから彼は思わず大声を発しそうになったが、寸前で手で口を覆った。それから少しだけ冷静さを取り戻しながらプモとしとねに話かけた。
「ごめん、多分だけど、あの人が、冷矢笥ゆあ、だと思うんだけど‥‥」
「え、そうなの?」
「うーん、それは違うと思うわよぉ。だってあの子からはQubが感じられないもの。ま、話してみればわかるわよ」
プモは予め知っている素振りで言った。
「え、けど顔が、一緒なんだけどなあ」
中央までやってくると、女性は薄っすらと笑顔で張りのある声でしとねたちを向かい入れてくれた。
「いらっしゃいませ!ようこそ《ノアドーム》へ。お食事になられますか?それとも休憩になさいますか?あるいは役立つアイテムなどのご利用でしょうか?」
女性の髪は濃淡があり、深みのある紫色が艶やかに映える。
目鼻立ちはとてもはっきりとしており、大きな瞳に久形は完璧な既視感を覚えた。
思わず見惚れてしまい、しばし情けない顔を晒してしまうところだったがしとねがいる手前かろうじて堪えることに努めた。
「ほわわ~。やばい、すんごい可愛い。同性である私さえもぞくってなるほど色気もある~、やばい~、しかもゲームキャラっぽい~」
しとねはつい浮足立ってその場でテンションマックスになった。久形も激しく同意して一緒にアゲアゲになりたかったが、平常心を保つことに注力した。
久形は一つ息をつき、抑揚のない声で口を開いた。
「あのその、やっぱりあの人と同じだよ。強いて言えばあの時よりかは穏やかな感じではあるかな。怖かったから、かなり」
「え、何の話ですか?あ、もしかしてあなたたちがサキヤミエリアの人たちってことですか?」
目の前にいる女性は大きな瞳をさらに開いた感じで見返してきたので、しとねも久形も、ばったんきゅーなノックアウト寸前まで精神的に追い詰められたのだった。
「あはは、なんかイメージしてたのと全然違う。なんか楽しい感じで嬉しいかも。心配しないでください。私は冷矢笥ゆあじゃないんで。ゆあの妹なんです。だからはじめまして、妹の冷矢笥のあっていいます。よろしくです。一卵性双生児ってやつですね」
彼女はそう名乗って深々とお辞儀した。
「妹さん!はあ、だからかあ、瓜二つだもんねえ」
久形はそう言いながらここぞとばかりに彼女の顔つきを脳裏に焼きつけようとした。
「そうなんですよね。あ、お姉ちゃんがなんかごめんなさい。そちらに失礼なこと言いましたよね‥‥きっと」
「え、いやあ失礼というか、怖いというか。はは、だからここに来たというか」
正直こういう場合、何と言っていいか言葉に詰まってしまい、久形は顔面中から汗が噴き出てしまった。
「そうなんです。あ、私はしとねって言います。こちらが久形さん、で、このちんちくりんがプモね」
そこでプモは不満げに何か言いかけたがしとねはすぐさまそれを遮るように話をつづけた。
「けど、のあちゃん?どうしてあなたはこのダビィの世界にいるの?もしかして、お姉ちゃんと一緒でエリアに所属してるのかしら?」
「ああ、それはちょっと違いますね。私は実は今も現実世界にいるんです。今ここにいるのは、うーんと、思念体っていうか、ある意味実体がないんです‥‥わかんないですよね?」
そう言って冷矢笥のあは舌を出して笑った。
しとねと久形も黙って頷くしかなかった。




