Q46 ヒコツ地区
二時間半のフライトを終えた淡口は氷笏沢空港に降り立ち、外の澄んだ空気を吸う前に紙煙草に火をつけた。
咥え煙草のまま真上に腕を伸ばした後、大きな欠伸をしたのと同時に豪快な煙を吐き出した。
さてと――。
昨日たまたま後輩の小西から電話があり、その中で「ムホウの会」というワードが挙がった。
どうやら丹羽がその団体の情報を集めているようで、重要参考人である里崎もムホウの会のメンバーであることが新たに判明したようだった。
そしてここ氷笏沢市に団体の支部があるらしく、そこの支部長と里崎がやりとりをしていた履歴が押収した携帯から見つかったとのことだった。
かくして淡口は朝一の便に乗車し、北の大地に乗り込んだのだった。
正直彼は焦っていた。
顔に似合わず、だねと。
付き合っているちなにそう言われてはいるのだが、実際は深刻に焦っているのだ。
自分の勘により里崎確保に至ったのだが、それから一向に事件解決ができない現状をどうにか打破したかった。
このままでは里崎を犯人とした前提で捜査していること自体が否定されかねない。
そうなってしまえば見切り発車で現場に混乱を招いた張本人として生涯崇め奉られることだろう。
それだけはどうしても避けなければならない。
別に彼は出世などの野心は元々ない男で、手柄などに興味はなかった。ただ自らの誤った捜査のせいで仲間たちに迷惑をかけたままではプライドが許さなかった。
いや、信じたかったのだ、今までの刑事としての経験を。
だからこそ今は少しでも多くの情報が欲しかった。
絶対にあいつが犯人だ。それだけは間違いない。
ただし共犯者がいる可能性はある。そして里崎は見切りをつけられたか、あるいは正義の味方でも現れてぶちのめされたか。
ムホウの会の支部がある場所は空港から車で一時間ほど走ったところにある、温泉街から少し離れた国道沿いにあった。
淡口はレンタカーを借りてその場所へ向かった。
周りが自然に囲まれた場所であるがゆえ、支部の建物は一際異彩を放っていた。
真っ白な塗装でしっかりと何層にも同じ色を重ねているせいか、白の濃度がかなり色濃く際立っていた。
本当に真っ白過ぎるせいか、貧血になってしまったのかと疑ってしまうほど目がくらくらしそうになりそうだった。
入り口は鉄格子になっており、大きな錠がかけられていた。
今はどうやら閉館のようだ。
窓には全て真っ白なカーテンで閉められており、人の気配は一切感じられなかった。
淡口はここに来る途中、些か支部について街で聞き込み調査を行っていた。
その情報によると毎月の第二、第四土曜日に会員たちが集まり、集会が行われているようだった。しかし直近の二か月あまりではその集会は中止されている。
加えてちょうどどそれと合わさるように、支部の代表者も変わっている。
入り口の扉につけられた立派な木板には、達筆な字で支部名と代表者の名前が記されている。
《ムホウの会 氷笏沢支部 代表 江縄金成》
住民の話だと代表者はかなり若いらしい。
だがそれ以上の情報は短時間では集められなかった。ただ気になることは前代表者が行方不明になっているということだ。
それは先程、神木にも電話で確認したが概ねあっているらしく、ムホウの会自らが警察に行方不明者届を出している。
《な~んか、怪しくね?》
前代表者がまだいれば勝手に支部の中に侵入してやろうかと淡口は思っていたが、いないのであれば話は変わってくる。
恐らくこの建物にはもう手掛かりらしきものは存在しないだろう。組織と新しい代表によって消されている可能性が高い。
淡口は携帯で支部全体の写真を撮ったのち、足早にその場を立ち去った。
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「なんですか、ここは‥‥つうか、寒い!」
七分袖姿のしとねは両腕を組みながら震え上がった。
しとねたちが降り立った駅のホームはこじんまりとしたスペースだったが、向かいにある駅舎は立派な木造建築で、レトロ調でもあり荘厳さが窺える大きなサイズの作りだった。
雪がちらつく中、駅舎の屋根も薄っすらと白くなっている。
その真下には赤い文字で《ヒコツ地区》と駅名が書かれてある。
「ふむ、おかしいわねえ。いくら北の大地だからといってまだ夏だし。エリアマスターの仕業かしら。ま、行ってみればわかるわよぉ。レッツゴーね!」
「帰りたいわ」
しとねは小さく呟き踵を返すが、すでにゴンゾーさんの列車は次の駅へ向かうために発車したところだった。
「ゴンゾーさーん、カムバック~」
おいおいとしとねは嘆いたが列車は遠くになっていくばかりだった。
「ほら、置いてくわよぉ」
しとねと久形はとぼとぼとプモについていった。
駅舎の中に入ると、置かれてあるストーブのおかげだろうか、ほんのりとした温かさが二人を包んでくれた。
そして改札口にはまた別の大きな兎が立っていた。
「さあさあ、しとねちゃんが先頭よぉ」
プモは相変わらずはしゃいだ様子でしとねの足を叩いた。
「私は切符か」
恐る恐る彼女は兎の前に立った。
「お、またこりゃあ命知らずなエリア破りが現れたもんだ」
そう言った兎は黒いサングラスをかけ、いかにもアウトローないでたちだった。
「エリア破りって?」
「道場破りみたいなことよぉ」
プモが間を割って答えた。
「そういうことよ。しかもこのエリアを攻め込むなんて大胆不敵だねえと思ったからさ。ここのマスターは強いってもんじゃないからなあ。俺は応援してるぜ、無理だとは思うがなあ。はっはっは。じゃあスキャンするぞ。よし通ってくれ」
しとねは思う。
今度こそ死んじゃうかもねえと。




