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Qub  作者: ソノ
《ヒコツエリア》編
46/80

Q45 ダビィ鉄道

 時刻は朝の七時。


 眠たい目をこすりながら崎邪見温泉駅で集まったしとねと久形は、タニーの提案により前と同じ、三つ葉のクローバー珈琲館がある路地裏まで移動した。


 路地裏の行き止まりは相変わらず殺風景で人気は全くなく、隠し事を披露するにはもってこいの場所だった。


 そこで二人はダビィ端末機を取り出し、右上にあるスイッチを押して起動させる。

 起動後の画面には真っ黒の背景が現れ、まん丸い白のシルエットに長い耳のようなものが横向きに映し出される。兎のようにも見えるが定かではない。


 「さ~てとぉ、いよいよねえ。準備はいいかしら?心も身体も大丈夫?ホットホットになってるぅ~?あ、食料もちゃんと持ってきてるわよね?お菓子もあったほうがいいかもよぉ、甘いものも接種接種しないとねえ。Qub使うとお腹減っちゃうから」


 タニーはふわふわと宙に浮きながら、持っているへにゃへにゃの星形ステッキを指揮棒のように激しく振りながら言った。


 「タニーよ、朝からその身なりでそのテンションはもう通報レベルだと思うけどね。やる気なんてそもそもないんだからね。食べるものはこのリュックにぎゅうぎゅうに詰めてるわよ。すぐになくなりそうだけど」

 しとねは思いっ切り軽蔑するような視線をタニーに送った。


 「ふふん、いつものへらず口があれば大丈夫そうね。おやま、久形さん、目にくまができてるようだけど、大丈夫?」


 「え、うんまあ、眠さと不安が原因かなあ。急に昨日の夜から怖くなってきて全然眠れなかったんだよね。ほら、よくよく考えてみれば、俺ってQubの使い方とか内容を全然理解していないから。あの時は無意識のうちに使ってたような気がするし、どうあれを操ったかって覚えてないんだ」


 「なるほどねえ、確かにあの登場はとっさ的でかつ劇的だったもん。そりゃそうなるかも。大丈夫よぉ、久形さんのQubは月のQubなんだから。それを扱える人間はかなり稀なケースなのよぉ。性能や威力からしても申し分ないはず。だから才能だと思って自信を持って!あなたの力がきっと勝利につながると信じてるわよ」


 「はは、そうなのか。けど、全然自信ないし、怖いのはやっぱり怖いな」

 久形はぎこちなく笑みを作りながら、心ここにあらずといった感じだった。


 「久形さん、ごめんなさい、何か巻き込んでしまった形になって。本当に無理して協力してもらわなくても大丈夫ですよ?自分の命優先で!」

 しとねはぽんぽんと久形の背中を叩いた。


 「いや、大丈夫。それに俺もサキヤミエリアに所属している時点で、狙われる存在であるには違いないし。じっと待ちながら怖がるよりかはマシかなって。ごめん、戦力になれないかもだけど、頑張るんで」

 

 「おお、頼りにしてますよ、私は。と言ってさらに追い込んでみたりする。ふふ、よし、じゃあさっさと勝っちゃおうぜ、みんな。終わったらカラオケで歌い明かしたいなあ」


 「カラオケなんて久しく行ってないなあ。俺も行っていい?」


 「いきましょいきましょ!」


 よし!と久形は心の中で何度もガッツポーズをしながら小躍りをした。


 「はいはい、心の準備はできたみたいね。早速ヒコツエリアへ向けて出発よ。画面の真ん中を人差し指で長押しタッチね」


 言われたとおり実行した二人は、やがて眩い柔らかな光に包まれて、路地裏から姿を消したのだった。



 一か月ぶりの裏の世界は、やはりしとねにとって決して居心地の良い空間ではなかった。

 空気がどんよりとしていて頭が重たくなるような、呼吸が荒くなるような閉塞感がある。

 

 外から見れば蜃気楼のごとく、逆さまになったエリア。

 思い出すだけで気味が悪くなった。


 いつ襲ってくるかわからない兎の化けダービットの気配は感じられなかったが、エリアマスターであるにも関わらず、この歓迎されていないというか不気味な世界は絶対に好きになれないと彼女は改めて思ったのだった。


 「それじゃあ早速電車に乗るわよぉ」


 いつのまにやら兎姿に変わっているプモがはりきった声を出して、飛び跳ねながら駅のほうへ向かった。

 しとねと久形はとてつもない足取りの重さのままでついていく他なかった。


 表の世界では駅名は「崎邪見温泉駅」なのだが、ダビィの世界では「サキヤミ地区」になっている。 

 

 何よりも驚くべきことは駅全体がネオン街のように輝いているところだろう。そして停車している電車も同様に車両自体が発光している。


 「すごいな、めちゃくちゃ派手だね、ある意味」

 久形は大きなリュックサックを背負い直して呟いた。

 しとねも同じくお菓子類で埋め尽くされている大きなリュックを一旦下ろして小さく頷いた。


 「さっそく乗るわよぉ」


 「え、でも切符は?」

 しとねは首をかしげた。


 「大丈夫大丈夫」

 プモは下手くそな口笛を吹いて券売機コーナーを無視して奥へ進んでいく。


 案の定、駅の改札が現れた。

 駅の内部は現実世界とほとんど変わらないように見受けられたが、唯一違うところは改札にいるのが駅員ではなく、兎だという点だ。


 兎はプモよりも倍近く体が大きかった。

 ただそれでも改札口の高さよりかは低いので、台の上に乗って乗客が来るのを今か今かと待っているかのように見えた。


 紺色のぶかぶか気味な駅帽を被り、分厚いレンズの眼鏡をかけていた。

 手には大きなハンドスキャナーに似た器具を持っている。


 「あの子がこの駅の管理を任されている駅員さんよぉ。名前はラジジちゃんよぉ。覚えてあげてね」


 「ラジジちゃん!かわいい」

 しとねは写メを撮りたくてうずうずし始めた。


 「‥‥にしても、でかいな」

 久形は逆に少し引いていた。


 「さあさあしとねちゃんが先頭に立って行ってよぉ?エリアマスターの認証確認が必要なんだからね、さ、どうぞ」

 

 そう促されてしとねはラジジと呼ばれる兎の前にそそくさと立った。


 「おやや、あなちゃが新しいエリアマスターしゃんですか?私、ラジジと申しまちゅ。よろしくでちゅ。念のためお顔を認証させていただきますね」


 ラジジはスキャナーでしとねの顔をレジでバーコードを読み取るようにスキャンした。

 するとパンパカパーンという甲高くて景品でも当たったかのような安っぽい音が駅全体に響き渡った。


 「はい、大丈夫でちゅよ。どうぞお通り下さい」

 ラジジは丁寧にお辞儀して、改札口のゲートを開けてくれた。


 「ありがとう、ラジジちゃん。今度一緒に写真撮ってね」


 しとねは上機嫌で手を振って改札を抜けていった。

 久形とプモもその後を急いで追っかけていく。


 その間もラジジはずっと手を振り続けていた。

 

 少し色褪せた階段を上がっていくと細長いホームが現れる。

 そこにはネオンカラーに輝く二両編成の小ぶりな車両が停車してあった。


 ただその存在感は際立っていた。

 車両の形はどこか除雪専用車であるラッセル式を思わせるような形をしており、前方にはブレードを装着し、両側に雪が積もっていても楽勝で掻き分けられそうだった。


 「うわあ、すごく、なんか夜景に似合いそうな電車ね」

 しとねは目をぱちぱちさせて言った。

 久形も黙って頷いた。


 「さてとぉ、もう一人、挨拶しないとねえ。よいしょっと」

 そう言ってプモは先頭の運転席に飛び移り、窓をノックした。

 

 すると中からラジジと同じくらいの背丈の兎が現れた。

 駅帽を被り、肩からショルダーバッグをかけている。


 特徴的だったのは眉毛が海苔みたいに分厚く、表情がどこか硬派な昔の俳優みたいに、渋さが全面的に押し出されていた点だ。


 「ダビィ鉄道の列車を運転してもらってる、ゴンゾーさんよぉ」


 プモに紹介された兎は深くお辞儀をして、「どうも、ゴンゾーです。安心安全、快適な運行に心掛けています」とかなり低い声で自己紹介をしたので、思わずしとねは我慢できずに噴き出してしまい、そのまま腹を抱えてけらけらと笑い出した。


 久形もつらてしまい手で口元を隠しながら笑ってしまった。


 その間、ゴンゾーは黙って二人を見つめていた。


 「‥‥ごめんなさい、あ~苦しかった。いやその、あまりにも渋すぎたんでつい。ゴンゾーさん、ごめんなさい、笑ってしまい」

 しとねは何度も頭を下げて謝罪の意を示そうとしたが、ゴンゾーさんが「いえ、気にしてませんので。ではまた」と間髪入れずに重低音で畳みかけてきたため、しとねは「もうやめて~苦しいよ~」と再び笑いのツボに嵌ってしまったのだった。


 久形は思う。

 彼女の笑い方はなんて可愛いのだろうかと。


 「全くもう。ほら、笑い転げてないでさっさと乗るわよぉ」

 プモは呆れた様子で列車に飛び乗った。


 久形もやや慌て気味に乗車する。


 「はあはあ、なんて破壊力なんだ。ゴンゾーさん、恐るべし。ゴンゾーさんの声が出るグッズとか欲しいなあ」


 しとねはふくよかな胸を撫でて、落ち着きを取り戻してからようやく乗車を果たしたのだった。


 扉が静かに閉まり、すぐさま列車は動き始める。

 

 「うわあ、すごおい、ちゃんと動いてますなあ」

 しとねは子どものようにはしゃぎながら車窓の向こうを眺める。

 

 久形も静かに唸りながら過ぎ去っていく仮初の見慣れた景色を見ていた。


 しかしながら突如として景観が変わっていく。

 さっきまでの雄大な夏雲が浮かぶ青空から一変し、灰色の空が世界を覆っていく。

 薄暗く陰鬱な色味がどんどん濃くなっていき、空からは雪が降り始めた。


 見えてくる街並みにも、しとねと久形は驚きを隠せずに口をだらしなく開けたままになっていた。なぜなら普段見慣れた家屋は消え去り、代わりに現実ではあり得ないものが姿を現したからだ。


 まるでSF漫画に入ってしまったのではないかと、二人は感じていた。

 荒廃した土地に、無機質なドーム型の巨大な建造物が、所々に存在していた。


 車内に沈黙が流れる中、ゴンゾーさんの車内アナウンスが流れる。

 

 「次は、ヒコツ地区、ヒコツ地区です。お出口は左側です」


 もはやしとねに笑う余裕はなかった。

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