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Qub  作者: ソノ
《ヒコツエリア》編
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Q44 僕の決意

 氷笏沢ひこつざわ市の空気はとても澄んでいて気持ちが良い。


 標高が高い山々から流れ込んでくる冷たい風のおかげだろう。

 夏でも避暑地として人気があるのは頷ける。


 夏が終われば氷笏川ひこつがわ祭りの準備が始まり、また違った表情を町中が見せてくれるだろう。

 それまでには何とかして叶えてやりたいと、切に思う。



 ゆあはいつも感情を表に出さないし、冷静でかつ行動的だ。けれども今彼女が歩いている後ろ姿を見れば、その評価は真逆になる。


 彼女の歩幅は小さく、歩く速度もかなりゆったりとしている。それが本来の彼女なんだと勝手に思っている。

 それに、こうやって彼女との距離を図りながら、歩く速度を合わせて、彼女の後ろ姿を眺めるこの時間が好きなんだと思う。


 この町で生まれ、この町の空気を吸いながら、暮れかかる街路樹を彼女と二人で歩いていく。

 彼女と出会えたからこそ、この町のことが好きになれた、というのはあまりにも軽薄で地元に対して失礼だろうか。


 氷笏沢駅から少し南下したところに古い商店街がある。その一角に開業して今年で二十五年になる老舗のラーメン屋「津木武者つきむしゃ」がいつものように何の派手さもなく平常運転で営業している。


 ゆあは迷うことなく店の中へ入っていく。むろん、それに反対する理由はないので黙ってついていく。


 津木武者のメニューは「らーめん」か「ちゃーしゅーめん」しかない。ただそのらーめんの味を求めてらーめんファンがよく訪れる名店なのだ。


 保存料や化学調味料は一切使用せず、丸鶏から取ったスープに貝柱と干しエビ、シイタケを大量に加えたスープはあっさりながらも旨味とコクが半端ない。ちゃーしゅーもまた薄切りながらも香ばしさとジューシーさがあって絶品である。

 一度食べれば必ず中毒になるファンが続出すると言われている店だ。


 ゆあもまさしくその一人だろう。

 元々ラーメン好きな彼女だが、氷笏沢に戻ってきた際はこの店以外に行っているイメージは全くといってなかった。

 それほどここの店が気に入っているのだろう。かくいう自分もそうなのだが。


 ゆあと僕はちゃーしゅーめんを注文し、その味に至福の時を見出していく。


 普段ならほとんど見せないゆあの豊かな表情を横目でちらちら伺いながら、らーめんを黙々とすすっていく。


 ゆあの食べるスピードは速い。

 着丼してものの五分で食べ切る。もちろんスープも全て飲み干して。

 こちらも集中していないと彼女を待たせてしまうことになるから、急いで食べないといけない。


 それからゆあは水一杯を豪快に飲み干し、一つ息をつく。

 こちらが食べ終わるのを確認すると、すっと立ち上がって、店の大将に「美味しかった」とだけ告げて店を出ていく。

 僕も慌て気味に大将に会釈をして彼女を追いかける。その際、いつも周りの視線を集めてしまうのが少々恥ずかしくもあるのだが、仕方ないことだと諦めている。


 男ならなおのこと彼女のことをまじまじと見つめてしまうだろう。それだけラーメン屋の雰囲気とはかけ離れた美しさがあり、その中に薄幸さとどこかしら説明ができない危うさも孕んでいるのが垣間見えるからかもしれない。

 

 店の客たちは恍惚の境地に入ってしまい、しばしラーメンをすすることすら忘れてしまうのだった。



 店を出ると夜が進んでいた。


 商店街にはすっかり人気が少なくなっており、他の商店のシャッターもほとんどがおろされていた。


 ひっそりとした商店街のアーケードを二人で抜けていく。

 遠くで救急車のサイレンが鳴り響くものの、それ以外の雑音や人の息づかいは聞こえない。


 この世界に二人だけが存在している。

 そんな錯覚に陥らせてくれるのがありがたかった。


 いつもならこのままゆあとはお別れで、彼女は自分の家に帰っていく。

 だけれど今日は違った。


 ゆあは立ち止まる。


 後ろで手を組みながらこちらに振り向き、惚けた眼差しでこちらを見つめてくる。

 次の瞬間にはぞわぞわとしたものが僕の全身を駆け巡り、沸き立つ衝動を抑えるのに必死だった。


 ゆあはそのままの表情で、口元だけで薄っすらと不敵に笑ってみせた。


 そして本日初めて僕に話しかけた。


 「取りに行くよ、サキヤミを。準備はいいよね?わたる


 前までの自分であれば絶対に得られないであろう充足感が内から溢れてくる。


 五六渉ふのぼりわたるは黙って頷く。


 僕の決意は揺るがない。

 絶対にゆあの願いを叶えてみせる。


 それが僕の願いにもなるのだから。



 **********************************

 「てなわけで、こっちからヒコツエリアを攻めちゃおうと思ってます」

 プモはすっかり体勢を崩し、あぐらをかきながら力強く言った。


 「ふぇえええ、嫌だよ~拒否したいよ~暴力反対~怖いよ~逃げたい~死んじゃう~」


 しとねはファミレスで注文した大量の料理をちゃんと全て平らげたせいかしっかりと眠くなり、またプモの話で現実逃避しか考えられない思考回路になっていた。


 「しとねちゃん、あなた話聞いてたでしょうに。守ってても勝ち目がないから、向こうのエリアに攻め入ろうって」


 プモがヒコツエリアについて説明した内容は次の通りだった。


 エリアマスターは冷矢笥ゆあという女性で、実力は未知数だがかなりの強敵であることは間違いないということ。ヒコツエリアを攻略した際も一回目の挑戦で見事クリアを果たし、その時は無傷だったという。


 また厄介なのはそれだけはなく、他にもQubが使える人間が二人所属しているという点だった。


 その二人はしとねを待ち伏せしていた男たちで、一人は雅楽代平太うたしろへいたという大柄な中年男だった。

 

 雅楽代は元々ヒコツエリアのマスターだった。

 しかし冷矢笥ゆあに瞬殺され完敗し、三日天下となった。ところがどういうわけか負けた相手の傘下に入っているようで、実力は未知数とのこと。


 もう一人は五六渉という若い刑事だ。彼についてはプモも正直わからないことだらけで困っているようだった。

 ただ、氷笏沢市出身で、出水中瀬警察庁の若手エリートのようだ。

 なぜそのような人物がヒコツエリアの傘下に入っているのかが、実力も含めて謎が多いようだ。


 ということを踏まえた結果、サキヤミ地区で冷矢笥ご一行を待ち構えたとしても無様にやられるだけだとプモは主張した。


 理由は簡単で、まだしとねがエリアマスターとしての機能を果たせていないことと、経験が皆無に等しいことを挙げた。


 エリアでの防衛戦ともなれば、どのようなダービットを考案し配置するか、あるいは街作りなども視野に入れないとなかなか守り勝つことは難しい。むろんマスターの特権なども使えて、かつ領域内ではQubの威力アップも見込めたりするのは魅力的であるのだが、まだ初心者であるしとねにとってはリスクになるケースのほうが多いようだった。


 であるならばサキヤミエリア同様、逆に攻め込むことによって相手にプレッシャーを与えつつ、余計なことを考えず、勝負に集中することができるのではないか。

 それがプモの出した結論だった。


 「んなこと言われても、結論、全然わかんないってことでしょ?もう役立たず兎なんだから」


 「えーえーそうですよぉ、あたしは役立たずですぅ。いいのよしとねちゃん、情報なんて。実際相手とやり合ったらそんなものこそ役に立たないことのほうが多いんだから!」


 「うわ、開き直りよったな」


 「ふーんだ、いいのよそれで。さて、じゃあリミットである今週の日曜日、その前日の土曜日にヒコツエリアに攻め込むわよ」


 「はあ、それしか助かる方法はないのねえ、とほほ」

 しとねは激しく項垂れた。


 「けど、どうやってそこに行くのかな?まさか氷笏沢まで行くとか?飛行機じゃないとなかなか厳しいと思うけど」

 久形は肩をすくめて訊いた。


 「それだと大変でしょ?大丈夫、サキヤミエリアから行けるから。しとねちゃん覚えてる?淡く輝いていた電車があったでしょ。あれに乗るのよぉ」

 

 「あ、あれに?けどあの時は乗れないって言ってたよね?」


 「エリアマスターになったから大丈夫、乗れるようになってるから。よし、じゃあ今週の土曜日に崎邪見温泉駅前に集合ね。ちゃんとダビィ端末機を持ってくるように!じゃ、そうゆうことで解散~」


 プモはふわふわした手を振りながらぴょんぴょんと跳ねてテーブルから降りた。

 そしてタニーの姿に変身してすぐさまその場から消えていった。

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