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Qub  作者: ソノ
《ヒコツエリア》編
44/80

Q43 夜のファミレスにて

 時刻は午後の十時を回ったところだった。


 ここはちょうど崎邪見温泉と久形が住む地元の三日槻みっかつき市を結ぶ国道のほぼ真ん中に位置する二十四時間営業のファミレス。


 久形は仕事終わりに電車とバスを利用して、少し遅れて店に入った。

 彼は運転免許はあるが運転が苦手だったのだ。


 入るなり彼は面を食らうことになった。

 垂水寝しとねが陣取るテーブルの上には大量の料理が置かれていたからだ。

 ピザやパスタ、スープにサラダ、ステーキやチキンなど、多種にわたる、というかこの店のメニューを全て網羅しているのではないかと心配になるほどの量だった。


 客足はまばらだったせいか余計に目立っていたため、近づくのを躊躇ってしまうほどだった。


 久形は思う。

 今日は盛大にパーティでもするんだっけ?と。

 

 いやいやとかぶりを振った。今日は作戦会議をするはずだ、しかし――。


 「あ、久形さん!こっちですよ~」

 しとねは久形に気づき、大きく手を振った。


 「‥‥しとねさん、これは、一体。他にも誰かいたりは‥‥」


 「え?何で?私と久形さんだけですよ?」


 「いや、この量がすごいことになっていない?」


 「大丈夫ですよ~私一人で食べられる量ですから。あ、でも久形さんも来るからちょっと多めに注文してますんで!」

 そう言ってしとねはカルボナーラをすすりながら、左手ではフォークでステーキを刺しては口に運んだ。


 「しとねさん、すごいなあ。大食いとは聞いてたけどこれほどとは」


 「へへ、大したことないですよ。あとお代もご心配なく。ここ、実は私が働いてたお店なんです。店長とは融通がきく仲だからいっつも来たら奢ってくれるんですよ」


 「ええ?そうなんだ。ここで働いてたのか。にしても、これだけになっちゃうと店長も困ってしまうのでは‥‥」


 「気にしない気にしない、私の食べる量はこのお店の人たち全員把握してるので。あ、そうそうプモもちょっとは食べるから、ねプモ」


 埋め尽くされた料理皿で気づかなかったが、テーブルの端に兎のぬいぐるみがちょこんと置かれていた。

 よくよく観察してみれば左右不揃いな長さの耳で、左耳には黄色のリボンが結んである。そして首には半月のチョーカーが巻かれてある。

 間違いない、プモだった。


 「そうよ、プモよ。おひさね、久形さん。ねえ、というかしとねちゃん、タニーの姿に戻りたいんだけど」


 「あ、駄目だよ動いちゃ!生き物を持ち込んだら追い出されちゃうから。あなたは今日はぬいぐるみとして過ごしなさい。タニーは絶対嫌。食欲がガタ落ちになっちゃうでしょ、気持ち悪いんだからね!」


 「極悪的にしどい女よねえ、しとねちゃんは。はあ、タニーなら他の人に見えなくて楽なのにぃ」

 プモは文句を言いながらもぬいぐるみらしく、腰かけた状態で動かないまま小声で話していた。


 「というかその兎ちゃんでいられるなら、どうしてその姿でいないのよ」


 「この姿で現実世界を過ごすとなるとものすごくエネルギーがいるのよ!ずっとQubを使っているようなものなの。お腹減っちゃって仕方ないんだからぁ」


 「だからこうやってたらふく美味しいご飯食べられてるんでしょ?文句言わないの、ここでのお話が終わったらタニーに戻っていいから」


 「まあそうねえ、確かにこのニンジンポリポリサラダは美味しいわあ。かかってあるニンニクドレッシングもたまらんし」


 久形はそこで自分を一度疑ってみた。


 もしかするとそんなに焦らなくていいのか、怖がらなくていいのかと。

 ――が、そんなことはないはずだ、命の危険すら孕んでいるはずだとすぐさま思い直した。


 とりあえず久形はしとねの向かい側に腰を下ろした。


 「久形さん、仕事終わりにごめんなさい。さてと‥‥じゃあプモ、今日は腹を割って話してもらうからね、訊きたいこともちゃんと教えてもらいますからね」



 久形としとね、そしてプモは各々身に起きたことをダビィのチャット機能を使って事前に共有していた。

 しとねを襲った巨漢と刑事のこと、久形が出会った冷矢笥ゆあのこと、そして松苗夏音のことも含めて、あれから二日が経っていた。

 

 しとねは体を乗り出して続ける。

 「まずは、そうね。ダビィのことだね。根本的な質問その一!このダビィって何のために作られたの?」


 「ふう、そうねえ、そうなるわよねえ。いいわ、けど全部はまだ話せないのだけは許してね。ダビィはいわばもう一つの人間社会を構築するためを目的とされて開発された仮想世界のことよ。なぜそれを作ったかと言われれば、答えは《表世界の予備》を用意しておくためね」


 「予備?何で?」

 しとねはあからさまに怪訝な視線を送った。


 「この世界にもしものことが起こった時、表裏を切り替えて人間社会を継続させるためよ」


 「ようわからんなあ。もしもって何よ~」

 しとねはゴルゴンゾーラピザを頬張りながら口を尖らせた。

 

 「それは、何が起こるかわからないからねえ。こんなご時世だしぃ」

 

 「要するに、文明社会が何らかの大災害や戦争なんかで滅んでしまってもリカバリーできるように別の世界を構築しておくっていうことなのかな。確かによく都市伝説とかで大昔に核戦争や隕石などで滅んだ高度な文明があるとか聞いたことあるし」

 久形は少し目を輝かせて言った。


 「ニュアンス的にはそう捉えてもらっていいかもねえ」

 プモは小刻みに首を縦に振る。


 「ふうん、まあいいや。で、それを開発したのが、我がパイセンである夏音さんなのね。それが驚きというか、驚愕というか、感嘆というか、うーんだよ」


 「そうなのよねえ。もう、あの子ったら勝手にべらべら喋るんだから。まあおいおいわかることだったんだけど。あともう一人開発者がいるんだけど、その子は少々問題児だから今は省くわねえ。ちなみに夏音はシステム担当で、もう一人は技術担当よぉ。でえ、びっくりしたのが、久形さんと夏音が知り合い、というかお店で関わっていたとはねえ。むふふふふ」


 説明しながらプモは不敵ににやにやし始めた。


 「え、いやあそのう、何と言いますか、恥ずかしながら、そうです、はは」

 久形はとっさに平静を装うようにしたが、顔面がひくつくの抑えられなかった。

 

 「ふふ、大丈夫ですよ、私もそれは知ってたので。けど、まさか店外でも繋がっているとは思ってなかったなあ」

 しとねは少し不満そうに言った。

 

 「う、いやそれは夏音さんの仕事用のメールで」


 「もう、冗談ですよ。わかってます。けど、パイセンますますミステリアスでかっこいいわあ。尊敬しちゃう」

 しとねはすぐさま笑顔に戻り、松苗のことを敬うように唸った。

 

 「はは、そうですね、本当に謎だなあ、あの人は」

 久形は答えながらたじたじになってしまい、額から汗が止まらなかった。


 「じゃあ根本的な質問その二!どうしてエリアマスターは争うんですか?そもそもエリアマスターがいないといけない理由ってあるんですかあ~プモ先生」

 しとねは言ったそばから大きな欠伸をして、置いてあるコーラを一飲みした。


 「‥‥しとねちゃん、だんだん面倒臭くなってきてない?ったくぅ、ちゃんと聞いてるのよ。いい?エリアマスターはエリアを統治すればするほど、特権や恩恵が沢山もらえるわけね。そうすることによってより領地を拡大しやすくなるの。ゲーム要素的なところねそこは。で、そもそも論だけど、全部のエリアを統治できれば、何でも一つだけ望みを叶えられるとされてるのよぉ。だからエリアマスターたちはこぞってエリアを取りにくるってわけ」


 「ふぇえ、そうなんだあ。クリア後のご褒美ってやつね。けど、どうしてまたそもそもになるけど、そんな設定にしているの?わざわざ争わせる意味ってあるのかな?」


 「それはあるわよお。だってそんな危険な役回り、普通はしたくないでしょ?けどこちら側としてはエリアをしっかりと守って成長させてほしいのよ。となれば、モチベーションを上げるしかないのよねえ。しんどい仕事でもボーナスがもらえる!とかであれば人間はやる気が出るでしょ?そのためにはそれくらいのことを言わないとねえ、集まらないのよ、精鋭たちがねえ」


 「ふぅん、だけど怪しいよねえそれって。何でも願い事が叶うって、そんなあり得ない話、特に精鋭たちなら余計信じないんじゃない?だって、特別に選ばれた人たちなんでしょ?Qubが使える人たちって」


 「普通に考えればね。けど、しとねちゃんもわかっているように、ダビィの世界そのものが非現実的でしょ?しかもマスターになればそのエリアでは自分の好きなように理想を形にすることができるからねえ。Qubだってあなたたちから見れば魔法や超能力のように感じるでしょ?だからねえ、信じるようになるのよぉ、みんな」

 プモはまたしてもニンジンをポリポリさせながら自信ありげに笑みを浮かべた。


 「むう、でもその言い方だとやっぱり嘘なんじゃない?」としとねは反抗的に笑ってみせた。


 「失礼ねえ、ま、限りなく近い形で願いは叶う、とは思ってもらっていいんじゃないかしら」


 「あっそ、私にはどうでもいいけど‥‥願い事かあ‥‥うん?けどそれを聞いてるとまたおかしいなって思うことが出てくるよね。それであればすんごく優秀な人間にさっさと全部のエリアを統治してもらったほうが早くない?であれば揉め事もなくなると思うし」


 「それも一つの方法ね。けどぉ、それだと成長が見込めなくなっちゃうのよねえ。ダビィの目的は有能な人材の育成と確保もあるから。最悪の場合、世界を任せないといけなくなる時に人材不足になりかねないしねえ。こちら側としては、そうやってエリアマスターたちが互いに競い合って切磋琢磨して成長してもらうのが希望なんだけど」


 「というかさ、その人間を選ぶためにダビィをみんなに渡して回ってるのはプモなの?」


 「違うわよぉ。あたしはあくまでも監視する側。それを決めるのはまた別にいるの」


 「はあ、話がおっきくない?わかんないよぉ」

 しとねは顎をテーブルにつけて眠たそうに頭を振った。


 「だよね。俺も全然追いつかないけど‥‥ただ一つ言えるのは、プモだっけ。プモが望んでいるような結果にはなっていない。むしろ現状は悪化しているってことだよね?」

 久形は残っているマルゲリータを口に含みながら訊いた。


 「そうなのよぉ」とニンジンサラダを飽きずにポリポリさせながらプモは続ける。


 「結局はしとねちゃんが指摘したとおりなのよ、悔しいけど。みんながみんな、我が強くて困っちゃうわ、本当に。ここ数年においてはルール違反なんて何とも思わない連中さえ現れてきてるからまじで参ってるの。そうなっちゃうと誰か一人に任せてもいいかなってなっちゃうのよねえ」


 「で、しとねさんにその状況を変えてもらうために協力を依頼したってことですかね」


 「大まかには合ってるわ」


 「ええ?ほらあ私やっぱり利用されるんじゃない、ひどいわ、プモ。末代まで祟ってやるとはこのことね!くそう、そのために何年もかけて私を勧誘してたのね。まあ薄々感づいてたから私も無視してたんだけどね。はっ!さては私とあのナイフおじさんを鉢合わせたのも、あなたの仕業?埒が明かないから私を無理やりエリアに連れていったのね」

 しとねはこれでもかと言わんばかりに大袈裟に体を震わせてみせた。


 プモはそれを見ていきり立ったように声を上げた。

 「いや無理無理!それはあたしにもできないわよぉ!あれは本当に偶然だった。逆にあたしに感謝してほしいくらいだわ。あたしがいなかったらあなた殺されてたんだからね!」


 「それはできない相談だわね。恨みのほうが勝っちゃってるんもん」

 しとねは意に介さず肩をすくめた。


 「か~減らず口だこと!ふう、今は張り合っている場合じゃないか。あのね、遅かれ早かれあなたならどこかのエリアマスターに襲われてた可能性が高いのよ。いつでも狙われているってことを理解しなさい。だってあなたにはQubの素質がとてつもなくあるんだから」


 「仮にあったとしても、私にはそんな野心なんてこれっぽっちもないんだからね。もう、何でわかってくれないのよ~白旗しか上げてませんぞ、私は」


 「だから、ヒコツエリアのマスターにも狙われたってことか」

 久形はテーブルの横にあるドリンクバーでコーヒーを淹れながら呟いた。


 するとプモは痺れを切らしたのか、維持していた体勢を解き、飛び跳ねた。


 「まさしく!久形さん、飲み込み早くて助かるわあ。じゃあ次は近々の問題である、ヒコツエリアとそのマスターである冷矢笥ゆあについて話すわね」

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