Q42 捜査本部
《崎邪見温泉連続殺人事件 合同特別捜査本部》
達筆でそう記された看板が連日、高前警察署の大広間前に立て掛けられている。
部屋には県外問わず、大勢の捜査官や本部からの重役たち、そして高前警察署の人員が集まり、事件解決に向けて日夜神経をすり減らしていた。
先程この事件を指揮をする本部の田尻管理官が捜査員たちの前で引き締めのように語った。
「諸君もわかっていることだが、この事件の重要参考人である里崎清春がまだ意識が戻らないため事件解決へなかなか至っていないのが現状だ。諸君がもやもやしながら捜査を続けてくれているのは重々分かっているが、引き続き協力をしてほしい。なぜなら里崎がこの三件の殺人に本当に関与しているかどうかは何一つ証拠がないということも視野に入れなければならないからだ。だからこそ里崎の意識が戻るまでに奴の外堀を埋めてすぐにでも立件できるよう、可能な限り情報収集に努めてほしい。また里崎に対しても恨みなどを抱いているものがいないかどうかも含めてだ。淡口刑事が奴を発見した時の状況を踏まえると、この事件は殺害の異常性から鑑みてもそう単純な事件ではないだろうと考えている。以上だ、では解散」
大部屋はすっかり人の数がまばらになっていた。
各々が持ち場に戻ったり、捜査に出掛けている中、最後列の隅っこで空になった缶コーヒーを歯で咥えながら、淡口は不服そうに座ったままだった。
「淡口さん、捜査行かないんですか?ってか、めっちゃ不機嫌ですね」
二年目の後輩である小西康友が何故か嬉しそうに笑いながら言った。
「うるさい。今日はやる気がでねーの。お前一人で行けって」
「え~嫌っすよ~。コンビじゃないですか、それに二年目の奴に単独行動とか勝手なことはやめろって口酸っぱく言ってるのは淡口さんすよ?」
「はいはい、そうですね。わかったよ、もうちょっとだけ休んでから行くから」
淡口刑事は先月、崎邪見温泉の郊外にある路地裏で里崎清春を発見した。しかし意識不明の状態だったため、未だに本人からの証言を得られないため、尋問などもできない状況だった。
それに加え、本当に里崎がこの事件に関与しているのか?という疑問の声も周囲からわき出ていることも彼の機嫌を損ねる原因となっていたのだ。
里崎ではなければ一体誰が?
捜査が混乱気味になっている気配が捜査本部内に漂い始めていた。
ただ医師からの情報によれば、里崎の体調は順調に回復しているようで、もうすぐ意識が戻るのではないかとされているため、淡口は今か今かと苛立ちながら待っているのだった。
「くそ、このままじゃ俺のせいで事件が暗礁に乗り上げてる感じになってしまうしなあ。犯人が里崎っていうことは俺の勘が断定しているんだが‥‥あ~あ、とっとと解決してスロット行きてえ~」
「また負けますって。今月で二十万負けてるんでしたっけ?」
「負けるって言うな。運気下がるだろ!はあ、今月は金が要るんだよ。そろそろ勝たないとなあ」
「いや、スロット辞めたら済む話でしょ」
小西は相手を軽蔑するように目を細めて言った。
「黙れって。いいか、俺は今日は絶対に勝つんだ。さ、行くぞ」
ようやく淡口が重い腰を上げた時だった、「ホンマに飽きひんやっちゃな~相変わらず」と甲高い関西弁が聞こえたのは。
「げ、神木か。何でお前までここに来てるんだよ?」
神木と呼ばれた男は淡口よりも背丈はないものの、筋肉質でかつ自信に満ち溢れた表情のせいか、ただものではないようなオーラが漏れ出していた。
「そりゃ合同捜査本部やしなあ。それにうちの出水中瀬本部の連中もこの事件には注目してるみたいやし。なんせや、殺され方が異常やんか。なあ淡口」
「お前こそ相変わらず声がでかい、つうか、態度もでかいな。本部様の刑事は違うねえ」
神木文也は淡口と同期の刑事で、本部のエリート刑事でもあった。
元々そういう立場の人間に対して淡口は馬が合わないのだが、なぜか神木とはそれなりに話が合い、別段疎ましくも思わなかったし、むしろ居心地の良さを感じる相手だった。
「おお、せやろ?それが俺のええとこやんかあ。せやけど、さすがやん淡口。里崎を確保したのお前なんやろ?検挙率もええみたいやし、頑張ったら本部来れるんちゃうか?」
「へーんだ、そんなのこっちからお断りだね。嫌に決まってるだろ、そんな堅苦しいところ。それに、確保っていうか見つけただけだ俺は」
「ふーん、ま、報告書を見る限りそうやったみたいやけど。まあそういうのも含めて、お前の刑事としての嗅覚が優れとるっちゅーことやろ?せやけど、妙な事件やなあ、その里崎も拘束されとったんやろ?うーん、他にも共犯者がいるかもわからへんなあ」
「まあ、その可能性もあるな」
「ふん、ま、外野の声は無視して、気長に待てっちゅうことやん。お、そうやそうや、こいつを紹介せなあかんねん。ほら、自己紹介しい」
神木に促されて前に出てきた男は痩せ形で、どこか顔色が悪く生真面目そうな印象を淡口は受けた。
「新人の五六渉です。神木さんとコンビを組ませていただいています。淡口さんのことはよくお聞きしています。武勇伝とかも」
五六は自己紹介片手に不器用な笑みを浮かべて一礼した。
「おおそっか。よろしく。つうか、俺の武勇伝なんか広めるなよ、神木。五六君、全部デタラメだからね。お、ほら小西も挨拶しとけ」
「小西康友です。俺も淡口さんとコンビ組ませてもらってます、よろしくです」
「はい、よろしくお願いします」
五六はもう一度ぎこちなく一礼をした。
「よっしゃ、ほな俺たちは一旦離れるから。またな」
「うん、今度飲みに行くか」
「せやな、また連絡するわ」
神木と五六が部屋を出ていった後、小西が早速口を開いた。
「今のってあの神木刑事ですよね、かなりやり手とされる」
「そりゃ神木はあいつ一人しかいないだろうに」
「いやだって、まさか淡口さんと仲良いだなんて思ってなかったというか、いやあ、こうも違うのかって思ったというか‥‥」
「おい、こら、怒るよ、俺も」
「え、いやごめんなさい、そういう意味で言ったんじゃ‥‥あっ」
「どういう意味だよ、うん?‥‥うわ!」
淡口が視線を感じて後ろを振り向くとそこには田尻管理官と丹羽刑事が立っていた。
「えらく余裕だな淡口。お前だけもう事件が解決したような感じだが」
田尻は銀縁の細い眼鏡を指先で触りながら淡口を睨んだ。
「いやあ田尻さん、そんなことはないっすよ。ちょっと充電してただけで。力溜めないと過酷な捜査で力尽きちゃうじゃないですか?その代わり充電した後の俺はすごいんで。さ、じゃあ行ってきます。おい小西、行くぞ!
めちゃくちゃしどろもどろになりながら淡口は小西を連れていそいそと部屋を出ていった。
淡口は思う。
どうも田尻管理官だけはまともに目を見て喋れないんだよなあ‥‥と。
その後にすぐ丹羽がにやけながら笑い出した。
「いやあ、田尻にかかればあの淡口君ですら雨で濡れた鼠のように縮こまってしまうんだよなあ。うんうん愉快愉快だ」
「そんなに私は怖いのだろうか。別に彼に対して怒っていないのだが」
田尻はほぼ無表情のまま首をかしげた。
田尻と丹羽はほぼ同期の仲で、元々丹羽も警視庁の捜査一課出身だったため、若い頃は田尻とコンビを組んでいたこともあった。
今ではすっかりキャリア組と所轄の刑事課に分かれてしまったが――。
「そりゃ田尻の眼光と威厳に怖れをなしているんだろうよ。まだまだだねえ彼も」
「確かに、あの丹羽宜秀刑事にそう言われてはまだまだということだな、ふふ」
「さてとぉ、俺もそろそろ行ってくるわ。若い連中には負けていいが、どうもこの事件は俺も気になっていてねえ」
「ああ、頼む。そうだ、丹羽、一つ伝えておきたいことがある」
「お、ゴルフのスコア更新したのか?」
「はっは、違うよ。《ムホウの会》という団体を知っているか?」
そこで田尻の目つきが少し変わったように丹羽は感じたが、あまり気にせずに答える。
「いや、あまり知らないな。聞いたことはあるくらいだ。確か、この界隈で時たま街頭でチラシを配ったりしている連中だろ?あ、この前の参議院選挙も立候補者がいたな、そういえば」
「ああ、近頃その団体に所属している人間が増えているっていう話なんだが。新興宗教とまではいかないが、団体の理念っていうものがあるみたいで、それがちょっと気になってな」
「ほう、理念。ちなみにそれは何なんだい?」
「報われない人のために世をひるがえせ、だそうだ」
「‥‥ううむ、なるほど。少しばかり、きな臭い印象を受けるねえ。けど、その団体と今回の事件に何か繋がりでもあるっていうのかい?」
「いや、まだ全然わからない。ただ‥‥いややめよう。とにかく頭の片隅に置いておいてほしいということだけだ」
「わかったよ。田尻管理官の直感みたいなものは誰にも勝てないからね。じゃあ行ってくる」
丹羽は何回かその場でゴルフのスイングをしてから部屋を後にした。




