Q38 決意
妹は誰とでも気さくに話せるタイプだ。
私が真逆の人間だからといってそれを傍目で見ていて羨ましくはなかったけど、純粋にすごいなあとはよく思ったものだ。
それに妹は人との繋がりをとても大切にしていたし、ちょっと苦手な相手に対しても存外に扱うことは一度もなかったように思える。
私は一人が好きだったし、余分な人間関係を広げたくはなかった。
関われば関わるほど億劫になるし、気が滅入ってしまい大切な人と接する態度にも影響を及ぼしかねないのは、今までの経験上よく熟知している。
だからこそ妹のことを尊敬していたし、誇りすら感じていた。
絶対に幸せになってほしいと今でも願っている。
物心ついた時には両親はいなかった。
事故死だと聞かされているが、私はひそかにずっと両親は殺されたのだと思い続けている。
遠い親戚に引き取られた私たちは言うなれば不遇の時代を過ごしてきた。
幸いにも虐待などそういったことはなかったものの、心からは受け入れられていないという空虚さがあった。
加えて親にすがりたい、好かれたい、ねだりたい、そんな子どもの無邪気で切実な権利は全てにおいて自由を奪われていた。
高校を卒業すると私と妹は家を出て各々で一人暮らしを始めた。
互いの高校時代はバイトに明け暮れていたので、ある程度の貯金はあった。
それからというもの、私は窮屈でいたたまれないような空間から解放され、悠々自適な一人ライフを送っているわけだ。
妹も最初は一人暮らしを楽しんでいたようだが、徐々に雲行きは変わっていった。
ストーカーというべきか、誰かに付きまとわれるようになってしまったのだ。
ただ目の前に現れたりはせずに、どこかしら気配を感じる、見られているような程度で最初はあまり気にしていなかったようだ。
けれど私は嫌な予感しかなかった。
私のそれはよく当たるから――。
すぐに警察に相談するように促したし、何ならしばらくの間一緒に暮らさないかと打診してみた。
でも妹はいつものように「大丈夫だよ、お姉ちゃん」と力強く微笑んだ。
だから私はそうかなと思った。
妹の「大丈夫」にいつも助けられていたから。妹のポジティブな言葉には言霊が宿っているんだと信じていたから。
だがその考えは私の最大の落ち度だった。
大寒波がやってきた去年のクリスマスイブの日、妹は襲われた。
幸いという言葉は使いたくないが、命に別状はなかった。
しかし激しく争った形跡があり、衣服はボロボロに破けて、外傷も見るに堪えない状態で発見された。ただ致命傷になる傷はなく、わざと相手をいたぶるかのような陰湿さと残虐性が垣間見えるやり口だった。
おそらく妹は拷問のような地獄の時間を味わったに違いない。
そしてその反動で妹は今も意識が戻らず病床で寝たきりのままだ。
どうして、どうして妹なのか。
腸が沸点を超えても煮えくり返って、悔しくて、何度も咽び泣いて、流れた涙はすぐさま蒸発しては燃えるような怒りが一瞬で蘇る。
不思議で初めての感覚だった。
いつも氷のようにひんやりしているような性格が彼女の売りで、注文したかき氷が溶けていく様をさほど興味なく焦らずに眺めているような無頓着さも併せ持っていた自分からすれば、暑苦しいにもほどがある。
別に氷のようだからといって、クールなわけではない。
見た目からそう判断されることは多々あるが、全然中身は違う。そりゃ燃え滾るものなんてこれっぽっちもなかったけど、その日その日をぼけーっとして過ごせたらそれが幸せなんだって思うタイプだった。
けれど今は違う。
唯一の家族。
大好きな存在。
私は妹が報われない人生を送るのが許せない。
私はどうなってもいい。妹さえ幸せになってくれたら――。
まずは妹を助けないといけない。
そのためには私は何だってできる。
本当に何だってできる気がしている。
このままだと妹は報われないまま終わってしまう。
そんなことは私が絶対に認めない。必ず救ってみせる。
そして、私は妹を襲った奴を絶対に許さない。
絶対に殺してやる。
これは私の決意表明のようなもの。
ただしいつも思う、
これは本当に現実の時間の中で考えていることなのか?と。
夢を見ているだけなのではないか。
そうであれば私はまだ覚悟がないということになる。
焦って私は目を覚ます。
胸の中にはちゃんと使命感と殺意が変わらずにあるのを確認できると静かに胸を撫で下ろす。
大丈夫、私はこの気持ちを忘れていないし、逃げてもいない、恐れてもいない。
今は妹のことだけを考えて生きればいいのだ。
地元の氷笏沢市では例年通り一月に催される「氷笏川祭り」の準備が夏が終わればそろそろ始まるだろう。
氷笏川温泉を会場として開催される氷のお祭り。
それまでには妹を元に戻してあげる。
そしてまた一緒に温泉にゆったり浸かって、たわいもない会話をして、明け方まで日本酒でちびちびやりたいんだ。
そのために、私は手段を択ばない。




