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Qub  作者: ソノ
《ヒコツエリア》編
37/80

Q36 クロスリンク②

 本日、キャスト《真宵まよいあめ》がお相手した人数は久形を含めて全部で四人だった。

 しかしどの客も彼女を満足させられるような男はいなかった。


 やはり久形とのトーク時間が仇となったかもしれない。トークで全ての時間を費やしてしまったことは彼女自身反省していた。


 とはいえ、彼との会話はとても楽しく有意義な時間で、この副業をしている上ではなかなか味わえないことだった。

 時間を忘れて異性と会話に没頭するなどなかなかないので、しとねは嬉しい反面、プロのキャストとして何もせずに帰らせてしまうのはまずいなあと思っていた。


 また彼との相性は抜群だったため、しとねはより不完全燃焼さを感じてしまい、欲求不満が残るまま帰宅する格好となってしまった。


 せめて久形と――。


 考えるだけで体が疼きそうだったので、しとねは頭をふりふりして雑念を振り払い、モンシェールクレアのスタッフたちに挨拶をして店を出た。



 外はまだ明るく、気温もほとんど下がっておらずで、むしむしとした中、吹く風が心地悪かった。


 《さて、今日は何を食べようかしら》。


 すでに思考を切り替えたしとねの晩御飯シュミレーションが始まる。


 いつもの市場で買って彼女の得意料理である魚の煮つけを大量に作るか。

 あるいは卵がけご飯をひたすら三合分食べ続けるか(彼女はなかなかの大食いで、しかも好きなものだけに特化して食べ続けるのが彼女の習性だった。ただし外食だとそうはならず、逆に色んなものを注文したくなる。ちなみに卵がけの場合、醤油と味の素を三振りするのがポイントらしい)。


 あとは、やはり贅沢な外食だろうか。


 ファミレスで様々な料理をテーブルに並べるのも一興だし、たまにはしゃぶしゃぶやお寿司なんかも想像するだけでお腹の虫が悲鳴を上げちゃう。


 あれこれ着地点を巡らしてみるが、なかなかまとまらない。


 しとねはとりあえず愛車に乗ってから考えようとした時だった、

 ふいに背後から声をかけられて今までのディナープランが頭から消え失せてしまった。


 「ちょっといいでしょうか。あなたはこの店のキャストさんで間違いないですかね?名前は、《真宵あめ》さん」


 「‥‥えっと、そうですけど、すみません予約されているお客様でしょうか?申し訳ないですがこちらは関係者以外立ち入ってはいけない場所でして。入り口は逆側になりますが」


 そう当たり障りなく答えながらしとねは相手をまじまじと観察していた。


 身長は高めですらっとした体形で、白のポロシャツにジーンズ姿でラフな格好だった。ただ髪の毛はやや長めで、顔つきは細めでチャラい感じが全面的に出ていた。


 しとねは思う。

 いつもパシリをさせられている可哀そうな駆け出しのホストだね。


 男は少しだけ顔をしかめて長ったらしい髪の毛を軽く掻き上げた。


 「ああ、客じゃないんです。あなたにお尋ねしたいことがあって。あ、俺はこういうもので」

 そう言うと男はおもむろに手帳をしとねに見せた。と同時に彼女のみぞおち当たりにざわつきが生じ始めた。


 「警察、ですか?」

 念のためしとねは訊いてみる。


 「ええ、突然申し訳ない。俺は高前たかまえ警察署の刑事をしている淡口あわぐちというものです。あなたに二、三訊ねたいことが。少しだけ時間よろしいでしょうか」


 しとねは曖昧にぎこちなく頷いた。


 《もう、何よ~私は何もしてないよ?早くお腹を満たしたいんだけど、何か嫌な予感ぷんぷん丸だね》。


 「すみませんね、仕事終わりのところ。すぐ済みますので。実はこの辺りで不可解な事件が先月までに三件起こっていまして。我々警察は秘密裏に捜査している最中です。そこで市民の人たちにも情報提供を求めています」


 「はあ、そういうことでしたら」


 《あ~嫌だ嫌だ。当たるよ、予感が》


 「助かります。では手短に。まず、あなたは三つ葉のクローバーという喫茶店をご存じでしょうか?」


 しとねは喉奥にたまった唾を飲み込んだ。同時にみぞおちに溜まっていたざわつきが一気に背筋に広がり、この質問が急に回答を誤ってしまうと下手すれば地獄を見るような尋問に思えてきた。


 《ほらあ、やっぱりだ》


 とりあえず彼女は素直になろうと決めた。変な誤魔化しは逆効果だと思った。


 《この質問をしてくるということは、私があの店に行ったことがあるということを知っているに違いない。くそう、なんて小賢しいんだ、このホスト野郎。ぷんぷん丸が破裂しちゃうじゃないか!》


 「えっと、あのちょっとここから離れた路地側にあるお店ですよね?はい、何度かは行かせていただいたことがありますけど」


 「そうですか。ではもう一つだけ。一か月前の時間は午前十時頃、あなたはそのお店に行かれましたか?」


 《くわああああ。ほらねやっぱりだ。ううむ、一体どこまでこの人は見てたんだろうか。いや、あの時ダビィから戻ってきた時には周りにはいなかったはずだけど‥‥たまたま壁越しからのぞき見されてたとか?うーん、取り合えずさっさと答えないと怪しまれるよね。変にあのナイフおじさんと結び付けられちゃうと嫌だし。私まで重要参考人みたいな扱われ方は嫌だわ!》


 「えっと、ごめんなさい、確かに一か月前からあのお店には通わせてもらってますけど、その日かどうかは記憶があいまいです。何回かは行ってますね。あの、それが何か?」


 「そうですか。いや詮索するような真似をしてすみません。実はですね、あの界隈である男が意識不明で発見されましてね。命に別状はないようですが」


 平常心、平常心。

 しとねは心の中で唱え始める。


 「そうなんですか、怖いですね」


 「ええ、で、その男の名前が里崎清春さとざききよはるっていうんですが、その名前に心当たりはないですかね?」


 《ほい来た~。平常心だよ、しとね!》


 「ええっと、そういった方は存じ上げていないですけど‥‥」


 そう言うとしばしの沈黙が場に流れた。


 淡口と名乗った刑事は彼女の顔を活字をなぞるように見つめた。


 《平常心なのよ!私はだって何も悪いことなんてしてないんだから!》


 めちゃくちゃ気まずい空気の中、淡口は口元を緩めて沈黙を破った。


 「そうですか、わかりました。すみませんでした、お疲れのところ」


 しとねは安堵した。

 淡口刑事は軽く会釈し、踵を返してその場を離れようとしたが、すぐさま立ち止まり、口を開いた。


 「そうそう、最後にお訊きしたいことがあったんだ。あなたは、あの喫茶店を出て路地を右に歩いていきましたよね?それを証言する人がいるんですが‥‥どうしてあなたは右に行ったんですかね。右には行き止まりしかないはずなんですが‥‥いや、どうしてかなあと思ってね」


 《くっそおお、こいつは油断したぜ。なんて外見とは裏腹に狡猾なんだ。もし顔見知りだったら「見損なったよ」と断罪してやりたいわ》。


 《落ち着いてしとね、最小限に抑えねば、動揺と焦りを――というか何で私がこんな目に、とほほだわ‥‥いかんいかん、怒りも抑えねば》。


 「‥‥ああ、そういえば行ったような、ああ、はいはいじゃあ、多分ですけど、私が初めてあのお店に行った日かと思います。私、まだここの土地勘が無くて、働き始めて間もないので。だからちょっと周囲にどんなものがあるかとかを散策してたんです。だけど行き止まりだったんで、すぐ引き返しちゃいました。クローバーだってたまたま見つけられてラッキーって思ってました。けど‥‥どうしてそんなことを訊くんですか?あまり意味がわからないというか」


 「なるほど、確かに知らない土地は歩いてみないとわからないですからね。そうでしたか、度重なるご協力ありがとうございます。いやね、実はその行き止まりでその里崎という男が倒れていたんですよ。だからあなたがそこにいたとき何か不審な人間とか見かけていなかったかなあと少し期待したまでです。その感じであれば、逆に里崎があの場所で誰かに襲われた時間が特定しやすくなりましたよ」


 「いえ、お力になれてよかったです。……ちなみに、その里崎っていう人は何かされたんでしょうか?」


 「ええ、もしかすると殺人事件に関与している可能性があって。では」

 淡口刑事はあっさりと答えて、颯爽としとねの元から離れていった。

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