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Qub  作者: ソノ
《ヒコツエリア》編
36/80

Q35 クロスリンク

 淡口雄基あわぐちゆうき刑事はモンシェールクレア裏口の駐車場から少し離れた場所で張り込んでいた。

 むろん、店内の人間には知らせていないし、警察内部にも報告していない。

 里崎清春さとざききよはるの時と同様、単独での捜査だった。


 偶然ではあったものの、ある程度見込みを立てていた結果だった。


 行きつけの喫茶店、《三つ葉のクローバー》である人物を張り込み、というかほぼサボりに近いかもしれないが、朝六時の開店から淡口は店に居座り続けていた。


 その間モーニングセットを注文しただけで、約四時間が経とうとしていた。

 だからかその間ずっとマスターには嫌味を言われ続けたものだ。


 税金泥棒だの、これ以上居座るならもっと注文しろだの、無能デカだの――。だが彼には全くもって効かない。彼の神経は完全に麻痺しているのだ。


 「へっへーんだ。そんなこと言っても無駄無駄よ。俺様はこの喫茶店の平和を守ってるんだから。笑える冗談にしか聞こえないし」

 そう切り返す淡口に対して、マスターは「通報してやろうか」と彼の近くを通るたびに耳元で終始囁いていた。


 まるで自分の家のようにくつろいで、追加注文も一切せず、紙煙草を咥えながら延々とスポーツ新聞に精を出す。

 そのまま緊張感が無さすぎで何度も爆睡してしまいそうになったが、そのつどマスターの小言で起こされていたのだった。



 そしてようやくお目当ての人物が店内に入ってきた。


 先日マスターの言った通り、こんな平均年齢高めの古びた喫茶店には似つかわしくない若い女性だった。

 雰囲気も確かに独特な印象を受けた。


 幼い容姿とは裏腹に大人びた目をしているようにも見えたし、体つきからしてあの手の業種の人間かもしれないが、そうとはなかなか断定できない不思議な空気を醸し出す女性だった。


 女性はBLTサンド(ベーコンレタスたまごサンド)を注文し、嬉々とした表情で黙々と食べていた。

 その食べっぷりは見事で、一口に入る大きさが淡口から見てもなかなか半端なく、みるみるうちに平らげていった。

 それから食後のミックスジュースを堪能して店を出ていった。


 淡口も少し間を置いてから席を立ったが、すぐさまマスターに捕まり、「これ、全部ツケですからね、はい請求書」と彼に手渡しでメモ用紙を渡してきた。


 「げ、八千円?ぼったくりクローバーだなこりゃ。はいはい、払いますよ、出世払いね~」と半笑いで彼は請求書片手に店を出た。


 で、後をつけた結果、辿り着いた場所がこの店だったというわけだ。


 モンシェールクレアとは少し驚きだった。


 外見はチャラく女たらしな淡口だが、中身は意外と違っており、あまり女遊びのような類には興味がなかった。

 いつも頭の中にあるのはいかに早く仕事を切り上げてどうスロットで勝つか、今日はいくら投資するか、しか考えていなかった。おかげで彼の財布はいつもぺらっぺらであった。


 そんな彼でもモンシェールクレアの名前は知っていた。

 この界隈では最高級のお店であり、敷居の高さでも有名だった。同僚や上司などもたまに行ったりしているようだが、やはり価格の面でハードルが高いようだ。


 そんな名店のキャストがあの女とは――。


 彼女に目を付けた理由は里崎清春の一件が大きく関わっていた。


 あの日、奇妙な光に路地裏で遭遇した淡口は、その光の先で里崎清春を発見した。里崎はご丁寧に両手を縛られた状態で、全身黒焦げになっていたが、命に別状はなかった。

 ただ意識不明になっているため、現在は高前たかまえ警察署に留置されている。

 だから崎邪見温泉で起きた不可解な殺人事件のことをまだ聞き出せていなかった。

 

 なぜあの場所に里崎はいたのか。

 誰が里崎をあのような状態にしたのか。

 そしてなぜこの店のキャストがあの路地裏の行き止まりの方向へ歩いて行ったのか――。


 それを明らかにすることが一連の事件解決に辿り着く最善の策だと彼は考えていた。


 《真宵まよいあめ》。


 キャスト名もホームページを見れば一目瞭然で見つけることができた。

 珍しくキャストたちの顔がある程度わかるような宣材写真だったからだ。


 先ほどの童顔な雰囲気もありつつ、スーツ姿に身にまとった彼女は少し妖艶さと色気が入り混じっており、少女と大人の境目を自由に行ったり来たりできそうにも思えてくるほど、その絶妙なアンバランスさが一部の男たちにはたまらなくなってくるのかもしれない。

 

 とにもかくにも淡口は彼女が出てくるのを待つことにした。


 もう一度ホームページを確認すると彼女の出勤時間は十一時三十分~十六時三十分だった。


 長丁場に備えて彼はまずコンビニに行くことにした。



 **********************************

 眠たげで惚けた表情は変わらないのに、口調がそれとマッチしないほど冷淡だったので、久形は見えない縄で縛られたかのような束縛を感じていた。


 なぜこの子がそのことを知っているのか。

 しかもピンポイントで俺にどうしてそのことが訊けるのか?

 誰かがこの子に話したのか?誰かって誰だ?

 

 頭の中で疑問と恐怖が目まぐるしくぐるぐる回って、彼は卒倒しそうになった。

 

 ――何か喋らないと怪しまれる。

 ただどう答えていいかわからず、変な汗だけが額から出るばかりだった。


 何か反応をしなければ‥‥意を決して彼はイエスともノーともとれる非常に曖昧なジェスチャーをしてみせた。頭を斜め四十五度くらいに傾けながら縦に振りつつも、左右にも些かの動きを混ぜた。


 彼は自分で思った。

 「どっちやねん」と。


 まあこれだと見方によれば全く身に覚えのない人間に映るかもしれない。ワンチャンそれに賭けたかったが、現実は甘くなかった。


 「ふーん、鎌かけてみたけど、結構脆いんだ。顔色が悲壮感に包まれちゃってるよ。はっはっは、けど、あなたはエリアマスターじゃないね、きっと。そんな器じゃなさそうだし。ははは、多分だけど、あなたの知り合いがそうね。伝えてくれる?私がここ、《サキヤミ地区》のエリアマスターになるから、近々殺しに行くって」


 そこで初めて久形は冷静になることができた。

 

 体中の動かし方や声の出し方を思い出したかのように、すぐさま体を横にして「どうしてそんなことを」と大声で叫んだが、すでに彼女との距離は離れていた。


 そのまま駅のほうへ歩いて行ってしまうのかと思った矢先、彼女は振り返って薄っすらと惚けた笑みを浮かべた。そして少し似合わない大きな声で言った。


 「私の名前は冷矢笥ひやしゆあ。理由は一つ。エリアを拡大するため。ちなみに私は《ヒコツエリア》のエリアマスターだから。じゃ、そういうことで」


 彼女は軽く手を振って駅へと消えていった。

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