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Qub  作者: ソノ
《ヒコツエリア》編
34/80

Q33 パイセン

 出番前のキャストたちは先にある小部屋へ集めさせられる。


 モンシェールクレア自慢の美しさとホスピタリティを兼ね備えた女性陣が一堂に会して横一列に整列するさまは、壮観だ。


 垂水寝たるみねしとねもその列の中に参加して、横目でキャストたちの容姿をきょろきょろと窺っていた。

 その姿は少し挙動不審かもしれない。


 二十人ほどが並ぶ美女たちの列にはしとねもうっとりするほどの魅力と圧を感じられた。


 容姿端麗、スタイル抜群、気品も漂わせる彼女たちの中にどうして自分が入っているのか。

 毎回疑問とちょっとした場違い的な恥ずかしさを感じたが、それよりもこのメンバーに入っているという高揚感のほうが勝って、彼女にとってこの整列タイムは誇らしい気分になることができた。


 「あら、何か良いことでもあったのかしら?」

 

 ふいに隣から声をかけられたので、頬を赤らめて鼻息荒かったのがバレてしまったのかと思い、しとねはあわあわと平静を装うように努めたができなかった。


 「ふふ、ごめんなさい急に声かけちゃって。あなた、確か《真宵まよいあめ》ちゃんよね?レア出勤の」


 「え、あの、はい、そうです。あめです。えっと、そのう‥‥」


 「あ、私のキャスト名よね。私は松苗夏音まつなえかのんっていうの。夏音って呼んでね。私もレア出勤だから仕方ないわよ、キャスト名なんてなおさら覚える機会もないしね」


 そう言って微笑む彼女はしとねにとって理想で尊敬に値する女性だった。

 細身で上背もあり、色白で顔は幼さと品の良さが入り混じった色気があり、何より表情が緩やかで優しい笑顔がとてもキュートだったからだ。


 「夏音さんですね、はい、あのとても光栄でございます」

 

 「え、光栄なの?ふふ、面白いなあやっぱり。私ねえ、前々からあなたは私とよく似た波長の持ち主だって見抜いてたの。だから一度はお話ししてみたいなあって。それで今日たまたま横にいたから声かけちゃった。私の目利きは正しかったな」

 

 「おお、夏音さんと同じ波長ですか。何とも恐縮ですが、身に余る光栄かと。ということは、めちゃくちゃ、ド変態さんなんですね、夏音さんも」

 ぼそっと囁くようにしとねが訊ねると、松苗まつなえはぱっと晴れやかな表情をして深く頷いた。


 「ほらあ、同じでしょ?ふふ、私たち仲良くなれそうね」


 しとねは思った。

 こんな清楚の塊みたいなお姉さまが、ド変態だなんて――そりゃ世の殿方たちはやみつきになるでしょう。


 しとねは松苗夏音が淫らに乱れるさまを勝手に妄想してつい涎をたらしそうになったが、目の前でさっきから無言の圧力をかけ続けている田原の視線に気づき、しとねは姿勢を正した。


 店長の田原は兵隊たちを統制する司令官のような威圧感がある。

 キャストたちが作る列の端からゆっくりと手を後ろで組みながら、軍の規律や風紀を乱していないかと確認するかのような鋭い視線を彼女たちに浴びせていく。


 これが出番前の最終確認となる。田原はキャストの顔や体を素早くチェックしていく。

 そこに男性が女性に対して送る性的ないやらしさは微塵もなく、ただひたすら大切な商品に不備が無いかどうか、汚れや破損がないかを厳格に検品する品質保証の責任者みたいなプロ意識が感じられるのだ。


 高級商品を顧客に渡す際、もし何か不手際や不良があれば店の凋落に繋がりかねない。

 だから田原はキャストたちのメイクや髪、表情や体形のチェックを決して怠らない。


 田原はしとねの前で立ち止まった。

 そしてじろじろと彼女の頭から爪先まで昆虫を観察するみたいに見ていく。


 《え~何で私のところで?私はほとんどお化粧なんてしないタイプなんだから、何を見るの‥‥はっ、まさか今になってこのお店で働くレベルに達していないとか言うんじゃないでしょうね‥‥》


 しとねの背中は冷や汗まみれになっていたが、彼女の体質上、顔から汗はほとんどかかないので、この時ばかりは助かったと心底感じていた。


 一通りしとねを物色してから田原は「ふむ」と呟き再び動き出した。


 しとねは難を逃れて目を閉じて長い息を吐いた。


 それから田原は残りのキャストたちも確認して、部屋を後にした。


 地獄の田原チェックが終わればいよいよ姫たちの出陣となる。

 ぞろぞろと集合部屋を出て薄暗い長い通路を抜けて殿方たちが待つフロアへ向かっていく。


 全員がヒール着用を義務付けられているため、二十人が一斉にヒールの音を響かせると、ライブ前の出囃子が鳴り止んで照明が落ち、いよいよお目当てのバンドが登場するような演出になり、胸躍る男どもを最高潮に刺激する。


 まもなく会える。

 その嬉々とした緊張感が先に控えるフロアから徐々に広がっていく。


 その道すがら、松苗は「あ、そうそう」と切り出した。


 「あめちゃん、今からお相手する人って、久形くがたさんって人でしょ?」


 「え、はいはい、そうです。ご存じなんですか?」


 「うん、実は以前に何回か私にも入ってくれたの」


 「あ、そうだったんですか、うわ、何かごめんなさい」


 「ううん、違う違う、そういう意味合いで言ったんじゃないから。本当よ?私はあんまし常連さんとか新規さんとか関係なく接するんで。いや、何で訊いたかっていうとね、あの人、そのう、いいよね?っていう確認」


 「いいっていうのは‥‥ええっと」


 「顔とかじゃなくて、それはこういうお店だから、ね?」

 

 「‥‥ああ、わかりました!はい、めちゃくちゃいいかも、です」


 「でしょう?そうよね、やっぱり。なんか相性っていうのかなあ。シンパシーっていうの?そういうのがガッチリ噛み合っちゃう感じがたまらなくない?」


 「さすが夏音パイセンです。私もまさに同じ感想です。だから今からめっちゃ楽しみなんです」


 「んもう、いいなあ。このこの」と言って松苗はしとねの頬に人差し指をつんつんさせた。


 「ああ、おやめください、お代官さま。ごめんなさい、ごめんなさい」


 「ふふ、羨ましいなって思ったの。けど、さすがはしとねちゃんね。ああいう男性を虜にしちゃうんだから。‥‥にしても、彼も好きよねえ」


 「ですよねえ、人のこと言えないけど」

 

 二人は顔を見合わせてにやにやと笑い合った。

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