Q2 ハマグリさん
蜃気楼の街。
そんなニュアンスが近いかもしれない。
夢なのかどうかもわからないけれど、見慣れた温泉街のど真ん中に私は立っていて、そのままそばにとめてあった愛車に乗り込み、周りには何もない国道を駆け抜けていく。
進みにつれて徐々に景色は歪みを帯びてきて、伸び縮みを繰り返すようになっていく。
「うう、酔っちゃうじゃないか、なんじゃこりゃ」と、しとねは朦朧とする意識の中でも吐き気をもよおしそうになった。
そして逆さまになった街が突然と目の前に現れる。
しとねが所属しているモンシェールクレアがある歓楽街の入り口が逆さまになったまま、陽炎のようにゆらめいている。
ただ不思議なのは実体がなく不確かなものであるはずなのに、なぜか蜃気楼の街は立体的で気味が悪い。街の中には決して入りたくないと思わせてくる――。
ただ根っからの強い好奇心が彼女の気持ちを揺さぶってくる。
中に入れば一体何が待っているのか、どんな体験ができるのか。
わくわくしてこないかい?
そう耳元で囁かれる。
しとねは誘惑に負けてしまいそうになる寸前でいつも立ち止まる。
これ以上進んではいけない。
そう言い聞かせるべく、ダンゴムシのごとくじっとする。
で、楽しいことを思い浮かべる。
そう、ハマグリさんを想像するのだ。
蜃気楼は元々伝説では「みずち」という龍が気を吐いて作り出されたという説と、もう一つは大きな大きなハマグリが気を吐いて作り出したという笑い話的な説がある。
しとねはむろん後者派であり、大きなハマグリさんが必死になって(必死なっている様はしとねが勝手に脚色している)蜃気楼を作っている様を想像するだけで楽しくなれるからその説を推していた。
ハマグリさん、ハマグリさん、どうか私を帰してくださいませ――。
何回もそう念じるように呟く。
するとしとねは現実の世界へカムバックできるのだった。
大抵それは夢であって、ベッドの上で目を覚ます。が、まれに目を覚ましても現実世界にある歓楽街の入り口前に立っていることもあるのだ。
いつ気を失っていたんだ私は‥‥。
まだ若いはずなのだが、自分がもう老いてしまったのかと怖くなってしまう。
だからこそこれが本当に入っていい街なのかどうかわからなくなることがある。
混乱だよ、混乱!
その時はめちゃくちゃ怖いの。
足ががくがく震えちゃう。
しとねはたまにこういった現象に見舞われる。
けれど彼女はあっけらかんな性格なので、「まあいつものことよね」とあっさり受け入れて日常に戻っていく。