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Qub  作者: ソノ
《サキヤミエリア》編
23/80

Q22 やばいよね

 モンシェールクレアに入ると受付がすぐに現れる。


 普段は不機嫌な黒服のおじさんと補助のお姉さんが欲望爆発寸前の殿方たちを相手する場所だが、誰もいなかった。


 というか人気が一切感じられない店内はひっそりとして、いつもは緩やかに聞こえてくるガムランの音楽もなかった。


 人っ子一人いないお店は薄暗いだけで、怪しい洋館に迷い込んでしまったかのような気持ち悪さがあった。


 「さてとぉ、この奥に入ればいよいよ対決よぉ。エリアマスターをやっつけて早く帰らないとねぇ。ここの出勤に間に合わなくなっちゃうでしょ」


 「あのね、もう無理でしょ、結構経ってるよ、時間。ああもう、せっかく楽しみだったのに‥‥無断欠勤したらかなり怒られちゃうよぉ‥‥クビかも」


 このまま奥の扉を開ければ、殿方たちの待合室が広がる。

 そこで彼らはキャストたちの登場をそわそわしながらドリンク片手に待つというわけだ。


 「あ、そうそう。対決前に言っておかないといけなかったわ。とにかくねえ、エリアマスターは強いんだからってこと。今のままじゃあ、しとねちゃんは勝てないわよぉ。あ、あたしも含めてねえ」


 「‥‥はあ?何でそんな無理ゲーを予感させること言うの」


 「だって、本当のことだもん」


 「いやいやいや、プモですら勝てなかったらどうしたらいいの」

 しとねは深く息を吐いて項垂れた。


 「あたしはこの場所じゃ勝てないってこと‥‥ま、色々あるからねえ、このダビィの世界は。大丈夫よぉ、あたしも次からは加勢してあげるから」

 プモはふわふわした手でしとねの足をさすった。


 「でも勝てないんでしょ?じゃあお手上げじゃん」


 「悲観的にならないのぉ。そうねえ、あたしが前々から言ってたことができれば、まだチャンスはあるんじゃないかしら」


 「ええ、うんと、あれか、《力の~》なんとかってやつ」


 「解放ね!解放!もう、あれだけ口酸っぱくお伝えしてるのに、ほんと興味持ってくれないんだからぁ」


 「そらそうでしょうが。意味わかんないもん。んで?どうするのよぉ、それ」


 「さあ?それはあなた次第ねえ、しとねちゃん」

 プモはあっけらんかんとそう言い放って、奥の扉へと向かった。


 しとねは目を細めて天井を見つめた。


 やばいよね、こりゃ。

 ややあって、観念した彼女はプモを追いかけた。


 

 「たのもう、たのもう!」

 プモは大声を張り上げて扉を開けた。

 

 しとねは「くそ兎め」と呟いてプモを睨みつけた。


 奥には想像していた待合室はなく、代わりにだだっ広い倉庫のような、無機質な空間が広がっていた。


 無造作に置かれたダンボールや木製のパレットなどが置かれてある。


 あとは巨大で横長の機械が何台かあったり、用紙を束ねたものが床にたくさん積まれてあった。

 機械は静かに稼働しており、どうやら印刷機のようでどしどしと紙に印刷を行っているようだった。オペレーターはおらず、自動化みたいだ。


 「何、ここ‥‥」

 モンシェールクレアとは対極のようなイメージにしとねはたじろいだ。


 「恐らく、あの男のイメージで作られた場所ね。エリアマスターは特権を使って、自分のテリトリーやエリアを好きに作り変えることができるのよぉ。何かしらあるんじゃない、こういう趣が好きとか、特別な思い入れがあるとか、ね」


 「やっぱり来たか。はあ、当たるなあ、勘は」

 

 倉庫だからか、男の声が反響する。

 大きな印刷機の裏手から顔を出した男はやはりしとねを襲った張本人だった。


 しとねの脳裏に再度あの恐怖が舞い戻る。が、寸前のところで彼女は歯を食いしばり、眼前をしっかりと見据えた。


 「へえ、成長してるじゃない、いいわよぉしとねちゃん」

 プモは感慨深く頷いた。


 「うるさいなあ、私は早く帰って、お店に連絡して、家に帰ってたらふくご飯とお酒を飲みたいのよ。だから必死なの!」


 「どちらもうるさいな。俺も早く終わらしたいんだ。さて、覚悟しろ」


 男は右手で立方体を作り始めた。


 まもなくして、男が象る立方体の中からカチャカチャと食器同士がぶつかり合うような金属音が鳴り始めた。


 しとねはやっぱり思う。

 ああ、やばいよねえ。



 *********************************

 その頃、久形は落ちていたゲームダビィを拾って歓楽街の中へ入っていた。


 いつもは送迎車でこの辺りは素通りのような形になっていたから、あまり正確な記憶がなかったが、微妙な景観の誤差が彼を戸惑わせていた。

 

 あいまいだが、違和感を感じる。

 それに、建ち並ぶ店すべてにおいて、人の気配がなかった。


 今日は土曜日で、お昼時だと店の駐車場にはたくさんの車が停まっているはずだが、それも見当たらない。出待ちの黒服たちもいないし‥‥。


 まさに無人の歓楽街でさまよっている心地だった。


 少し歩いていくとモンシェールクレアが姿を現す。


 やはりこの界隈では一際存在感があるように思えた。高級感もそうだが、威厳と歴史を兼ね備えているなあと久形は改めて感嘆した。


 正面出口があるところへ差し掛かった瞬間、久形は口をぱくぱくさせて思わず声を上げそうになった。


 眼鏡を外して、ハンカチでふきふきしてもう一度見てみる。


 モンシェールクレアの壁の一部が破壊されている。

 そしてその下に得体の知れない、初めて見る生き物が横たわっていた。

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