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Qub  作者: ソノ
《サキヤミエリア》編
21/80

Q20 ダービット

 くそ、どうしてなんだろうか。

 俺の嫌な予感はことごとく当たるのになあ。

 どうしていい予感は当たるどころか、予兆すらないのだろうか。

 まあ、いい予感なんて、他の奴らにもないのかもしれない。

 嫌なもんでもまだ当たるだけマシなのかもしれないしな‥‥。



 ――しかし、厄介なことになった。


 裏モンシェールクレアの待合室で里崎清春さとざききよはるは深く息をついた。


 表の世界に比べて建物の照明はやや暗く、艶やかな世界とはかけ離れた気味の悪さが漂っていた。従業員やキャストの姿は見当たらず、代わりに「キィー、キィー」という鳴き声が所々で響き渡っている。


 俺はただあの路地裏でいつものように《ダビィ》を起動させるためだけに歩いていただけなのに、まさかそのタイミングで鉢合わせになってしまうとはなあ。


 俺の考えが甘かったようだ。


 今思えばあの女は単なる好奇心だけで俺のあとをつけてきたのだろう。だからあのまま誤魔化してそのまま見逃しても問題なかったのかもしれない。


 だがいかんせんあれほどの拒否反応をされてしまうと、俺の素性がばれている恐れもあったし、あの行き止まりまでおびき寄せれば、あとは簡単に殺せる算段だったのだが‥‥俺の完全なる落ち度だ。


 まさかダビィを持っているとは思わなんだ。


 ということはだ、あいつは俺と同じ能力者の可能性が高いということだ。

 誰かが渡したのだろう。


 けれど一体誰が?

 一人だけ心当たりがあるが、俺がエリアマスターから脱落してしまう可能性を作ったところで何のメリットがある?

 

 いや、ないなそれは‥‥。


 駄目だ、いくら考えを巡らしてもめぼしい相手が出てこない。


 とはいえだ、あの様子だとあの女はまだ何も知らされていないのだろう、少なくともあの時点では。


 きっとあいつはまもなくここに来るだろう。

 その時には能力もこの世界のことも把握しているに違いない。


 そうさ、俺の悪い予感は当たるんだから。


 里崎は待合室のソファから重い腰を上げた。


 ‥‥いざとなれば俺には切り札がある。女にはまだ使えないはずだ。

 それに、俺はエリアマスターだ。統治者としての《特権》もある。


 負けないさ、いや、負けられないんだよ。

 簡単に手放せるか。



 *******************************

 「ふう、やっとここまで来たわねえ。ほら、あなたが今日とっても行きたがっていたお店よ‥‥って、こら、路上で寝たら駄目じゃない」


 垂水寝しとねはモンシェールクレアの入り口前で力尽きた。


 豪快に顔面から転んで、すってんころりん、ばったんきゅー、になったわけではない。

 ここに辿り着くまでに、彼女としては人生で初めての死線を乗り越えてきたからである。


 一角兎が本物のゲームみたいに、エンカウントで出現しては彼女に次々と襲い掛かってきた。

 ゲームではボタン一つで照準を合わせて敵を簡単に撃退できるあの爽快な感覚が懐かしかった。


 だがもしかすると実際のゲームキャラたちも自分のように、例えザコ相手だとしても恐怖し困り果てているのかもしれないと、しとねは路上に額をつけながら小さく、「ごめんなさい、いつも無理ばっかり命令して」と呟いた。


 いつくるかわからないお化け屋敷的な要素と、戦う際、《Qub=キューブ》を発動するまでに思いのほか時間がかかってしまうことが、しとねの体力と精神を削っていった。

 

 Qubの形をちゃんと象れないと失敗するし、脳内で鮮明な水のイメージが描けなくても発動してくれない。それらが非常に焦りを生む。


 相手はRPGみたいにターン制でこちらの攻撃を待ってくれないのだ。

 油断してたらどんどん攻撃してくる。


 その繰り返しによってしとねは限界になって現実逃避を体現したのだ、

 両手両足を真っ直ぐに伸ばし切って地面に倒れ込む形で‥‥。


 「‥‥プモさんよぉ。私はもうあきませんわあ。お腹も減ったし、動けないよぉ~」


 「なあにババ臭いこと言ってんのよぉ。そんな昔の画家みたいな台詞吐かないで。そんなんじゃこれから戦う相手に勝てないわよぉ。ここまでの戦い方なんてまだまだ子どもの水遊び程度にしか見えないし。それにあなたはまだまだきゃぴきゃぴ若いんだから、もっと頑張らないとぉ」


 「若くないわ、別に!というか、何であなたがそんな画家知ってるのよ。あなたこそおばあちゃんじゃないのかい、中身」


 「失礼だわねえ、あたしこそぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷな女の子なんだから。しとねちゃんもまだ二十代半前半でしょ?顔なんて童顔女王なんだから。ほらさっさと立ち上がるの!」


 「ぺこぺこなの~。ああ、親子丼が食べたい~。日本酒と烏賊の腹わたバター炒めが食べたいぃ~。食後は紅茶とヴィタメールのチョコで、のほほんとしたいぃ~。くそおぉ、しとねを怒らせよったなあ、ぐぬぬぬ」


 一通り愚痴を言い放ったしとねは、今まで感じたことのない重い体をゆっくりと起こして立ち上がった。


 「おお、いいじゃない、それでこそあたしが見込んだしとねちゃんよぉ」


 「うるさいな、私はあんたに褒められてもなーんも嬉しくもないんだからね」


 「ふふふ、じゃあそこまで元気ならあいつらも倒せるわねえ」


 モンシェールクレアの重厚な扉はいつのまにか開いていた。

 そして中から一角兎が三匹出てきた。しかし――。


 「ちょっとちょっと、何か今までの奴らよりごつくないかい?しかもあれ、ちゃんと二足歩行になっているし、極めつけは鬼がよくお持ちの金棒?みたいなもの握ってらっしゃるけど」


 「かなり強化されてそうねえ。そりゃそうよね、ここはエリアマスターのテリトリー内だからあの男が《特権》を使えるのよぉ。《ダービット》を凶暴化させるのもお手の物よぉ。だから、ここからは正念場よぉ。ま、それだけあいつとの距離が近いってわけね」


 「そうなの?よくわからんけど。というか、ダービットって何?」


 「あら、言ってなかった?あいつらのことよぉ。兎ちゃんのことをこの世界ではそう呼んでるのよぉ。あ、ちなみに私は違うからね、私は本当の兎ちゃん」


 「ふーん、てか、あいつら強いってことよね?やばいじゃん!最悪だあ」


 「ステップアップにはもってこいじゃない。ほら、来るわよ」


 「うわーん」

 しとねのやる気スイッチはものの見事にOFFになった。

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