Q15 ダビィ②
周りをきょろきょろしながら久形は忍び足で、真宵あめ姫(キャスト名)こと垂水寝しとねのあとを追いかけていた。
ただでさえ人気のない路地裏でうろちょろしているだけで不審者扱いになってしまうのに、若い女性をつけ回すなんてことになれば、もはや逮捕されてもおかしくないかもしれない。
久形は眼鏡を外して汗ばむ額を掌で拭い気持ちを落ち着かせた。
極力誰かに見られないように、怪しまれないように彼は尾行を続ける。
こんな場所で堂々と歩けるのは野良猫くらいだろうなあ、と彼は鼻で笑う。
先程の腹立たしいあの猫が羨ましかった。
それにしてもあいつはどこに消えたのか‥‥。
あめさんはすでにこの先の曲がり角を曲がっていて、姿はもう見えなかった。
久形は少し歩を早めることにした。
彼女がどうしてこんな場所にいるのか、恐らく間違いなく彼女だったに違いない。お店以外で出会えることに彼は一種の奇跡的な幸せを感じていた。
このまま彼女を追いかけて声をかけて、嫌がらないだろうか。
ただどうしても声をかけたかった。そうすることで彼女との距離が運命的に縮まってくれるのではないかと、安易で邪な展開に胸を躍らせていたのだった。
うきうき感を隠せないその姿はもはや誰が見てもどん引きの対象になり果てていた。
曲がり角までようやく辿り着いた久形はおそるおそるその先を覗き込み、思わず気が抜けた声で「あれえ」と呟いた。
目の前には行き止まりしかなく、彼が思い描いていた理想(最愛の女性とばったり会ってしまう)はあっさりと崩れ去ってしまった。
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「その手には乗らないわよ、プモ。とりあえず入ってみようなんて、一番怪しい誘い文句じゃないの。私は行かないからね。だって、あの温泉街、めちゃくちゃ気味が悪いもん。私のそういう感覚、舐めちゃいけないよ」
しとねは頑として首を横に振り続けていた。
「もう、ここまで来ちゃってるのに何怖気づいてるの、しとねちゃんったら。あのね、要は慣れなの。経験が大切ってことよねえ、習うより慣れよ、だっけ?先人の言葉は胸にじっと響くじゃない。さあさあ、まずは現地に赴いて、色々と手ほどきしてあげるから。行くわよ」
プモは腰に丸い手を当てて、「やれやれ」といった感じで得意げに目を細めた。
「くわああ、なんじゃその顔は。やっぱりあなたタニーだわ。心底腹立ってきた。もう帰りたいよ。恨んでやる」
「ほっほっほ、痛くも痒くもないわねえ。今回はあたしの方が立場は上だからねえ。さ、覚悟を決めてついてらっしゃい」
そう言うと、ピョンピョンと兎らしくプモは飛び跳ねながら温泉街へと向かっていく。
しとねは目を瞑ってかぶりを振り、ため息を空に向かって吐き出した。
逆さまになった温泉街の入り口。
間近で見るとやはり逃げ出したくなるほどのおぞましい恐怖がしとねをたじろかせる。
「さてと、入る前にざっと説明してあげるわねえ」
「何、そのさっきからゲームのチュートリアル始めます的なノリ」
「え、だってゲームみたいなものだもん、この世界は。ほら、しとねちゃんに渡していた機械、ゲーム機みたいだったでしょ。さっき言ったように、このゲームのような世界の名前は《ダビィ》っていって、あの機械からこの世界に行ったり戻ったりできるの。このダビィの世界ではエリアが複数存在していて、しとねちゃんが住んでいる世界とほとんど同じような世界が広がっているんだけど、大きく違うところはそのエリアごとにエリアマスターと呼ばれるいわば統治者のような人間がいるってこと。そいつはそのエリアでは無類の強さを誇る。でもね、そいつを倒すことができれば晴れてあなたはこのエリアの統治する側に立てるってわけ。さ、じゃあ説明はおしまい。行きましょう」
「こらこらこらー!全然わかんないわ!何故私がそのエリアなんとかっていう奴を倒さないといけないのか説明が乏し過ぎるでしょうがあ!あ~もう嫌だわあ」
しとねはおいおいと嘆き悲しんだが、プモは意を介さず続ける。
「もう甘えたちゃんねえ。いい?あの男がこのエリアの統治者ってわけ。んでもって、あいつがあなたを標的にしちゃった。ということはね、あなたが死ぬまであいつは付きまとってくると思うなあ」
「それが一番わかんない。私何一つ悪いことしてないのに」
「理由は簡単、しとねちゃんが特別な力を持ってるっていうこと。ま、例えばエリアマスターになれるくらいの力があるって言えば理解できますかな?」
「ないない!ないないの十乗くらいないわよ、そんな力」
しとねは両手で掌を左右に動かした。
「それがあるのよねえ、残念ながらぁ。だからあの男はいち早くそれに気づいてあなたを殺そうとしたの。だって放っておくと脅威になるし、エリアマスターの座を奪われるかもしれないからねえ」
「そんなのタニーの存在くらい興味ナッシング!」
「本当にしどいわね、おっとしてるのに、しどいわあ。ま、ということでしとねちゃんはあの男を倒さないと、どうせあっちに戻っても襲われちゃうわよ。エリアマスターの能力には《マーキング》があるから、恐らくどこに行っても居場所がある程度わかっちゃう」
「そんなあ。何それ、最悪だわ。はあ、やっぱりすぐにお店に向かうんだったなあ。これ、まだ夢の可能性とかないの?」
「ないない!ないわねえ」
「はあ、一回寝たい気分。我が愛猫、もろみに会いたい」
「さ、あとは中で実体験といきましょうね‥‥あら、ちょうどいいタイミングねえ。しとねちゃん、いつまでも俯いてないで、見てあれ」
しとねが渋々顔を上げると、温泉街の大通りにプモと同じく、白い兎が立っていた。
プモは「レッツゴー」と叫んでしとねの背中に勢いよく飛び乗って、彼女を温泉街へと押し入れたのだった。




