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Qub  作者: ソノ
《サキヤミエリア》編
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Q14 ダビィ

 学生時代の頃、お母さんに一階からよく大声で叫ばれてた時のような感覚がしとねを苛んでいた。


 「しとね!早く起きなさい!起きろー、起きんかい!こらあー聞いとんのかあー!」


 連呼される母親の声がしとねをさらに追い詰めていく。


 ぎゃああと喚きながら「もっと寝たいよぉ」と懇願してベッドの上を這いずり回る。

 

 そして睡魔への誘いを仕方なく断ったのち、しとねは超倍速で支度を済ませて家を出る。

 朝食はちゃんと食べてから。


 あの感覚だ、これは。

 もう誰よ、私を起こすのは‥‥。


 「こらこら、しとねちゃん、いい加減に目を覚ましなさいよ」


 はっきりと耳に届いた声と、さっきからニの腕をぺしぺしと叩かれているのをはっきりと認知したしとねは観念して体を起こし目を開いた。


 「うーん、もう。嫌な記憶を呼び起こすのは誰なのよぉ。というか、タニーでしょ。ここはどこなの‥‥?」

 

 しとねのぼやけた眼前には見慣れた景色があった。


 「え、ここって、温泉街の入り口‥‥なの?」


 彼女がいつも通い慣れた温泉街の入り口。

 そこには「崎邪見温泉さきやみへようこそ!」と書かれたアーチ状の看板がいつものように元気なく横たわっていた。


 けれど何かがおかしかった。

 やがてそれはある既視感に繋がる。


 しとねは得体の知れない悪寒に襲われた。それと同時に温泉街の実態はやがて歪み、ゆらめいて、そして逆さまに姿を変えていった。


 「蜃気楼の街‥‥え、何で‥‥うん?」


 足元で柔らかいものを踏んでいるのに今更気づいたしとねは慌てて足を上げた。

 彼女はどうやら白い生き物を踏んでしまっていたようだ。


 「うわ、ごめんなさい。えっと、大丈夫、かな?」


 「‥‥ぐううう、大丈夫、な、わけないでしょうに!相変わらずしどいわ」


 しとねの靴あとがしっかり白い体に刻まれた生き物は兎だった。


 「あ、兎ちゃん!かわいい!え、でも声は‥‥なぜタニー?」


 兎の体は雪のように白く、顔にいたっては前歯が1本これ見よがしに飛び出ていた。

 耳は細長いが左右で長さが全然違っている。左耳が長く、右耳は極端に短い。そして左耳には黄色のリボンが結ばれていた。よく見ればリボンの中心には三角形のようなマークが刻まれている。


 何よりも兎のサイズは小さかった。ざっと50㎝くらいだろうか。

 ぬいぐるみだと言われても遠目からだと疑わないかもしれない。


 あと、ほとんど顔で埋まってしまっている首元には半円が描かれたチョーカーをつけていた。

 目は少し吊り目な感じで、兎だけど猫っぽい感じも受ける。

 

 「だからあ、タニーなの、あたしが!もっともその名前は偽名だけどねえ。しとねちゃんがいる世界だけはその名前を使ってたけど、この世界じゃあたしの本名があるんだから。いい?あたしの名前はタニー改め、プモっていうの。そう呼んでねえ」


 タニーことプモはその場で1回ターンして何回も飛び跳ねた。


 「‥‥ちょっと待ってよ。全然頭に入ってきても理解が追いつかない。わけわかんないんだけど。まず、何であなたがタニーで、今は兎なのか。あとこっちの世界って何の話?あの入り口が逆さまになってるのも、私見たことあるし‥‥。というか、火急の疑問は私は一体どうなっちゃてる状態なの?というか、タニー、あんたって男、女?」


 しとねは喜劇俳優のように大袈裟に肩をすくめた。


 「もうしとねちゃん、質問が多過ぎる。まずあたしの名前はプモね!ここでは!あと、あたしは見ての通り女の子よ!」


 「ややこしいなあ。まいっか。プモね。ふうん、女の子なんだ。じゃあまた新たな疑問がわくわくさんだわ。何であんな気持ち悪いおじさんの格好してたの?しかもおむつ履いて」


 「え、そりゃあ、あっちの世界に馴染もうとした結果よぉ。だってしとねちゃん、年上の男性好きでしょ?しかも結構離れたおじさんとか。だからあえてああいう姿にしたの。そうすれば心を許してお願い事聞いてくれると思ったの」

 プモはそう言って踏まれた箇所を毛繕いするかのように丸い手でさすった。


 「いやいや、確かに私はおじさんがどちらかといえば好みですけど、あれは無いわ。ただの変態じゃん」


 「‥‥え、そうなの」


 「うん、ド変態ですよね」


 「がーん!そうなんだ、なぜもっと早く言ってくれないの」

 プモはあからさまに口を尖らせた。


 「いや、言ったら何されるかわかんないじゃん、すんごい変態なんだから」


 「しどいわねえ、容赦ないんだから。まあもういいわ。んで、何だっけ‥‥ああ、そうよね、しとねちゃんの状況を教えてあげないと。簡単に説明すると、あなたは絶体絶命の境地からは脱することができた、一旦はね。ほら、あたしがあげたやつ‥‥ってあれ、しとねちゃん、持ってるちゃんと?」


 「え、あのゲーム機みたいやつ?あ、あの光った時に眩し過ぎて、落しちゃったみたいね‥‥ないわ」


 「え‥‥何しちゃってるの!えらいことだわそれ。帰れないじゃないの!」


 「いやいや、そんなこと言われても、私全然悪くなくない?タニー‥‥じゃなかった、プモがもっと早く出てきてくれてちゃんとあの変な機械のことを説明してくれたら良かったんじゃないの。はあ、最悪だよね正直。どう責任取ってくれるのよ」

 しとねは軽蔑するような目でプモを睨みつけた。


 「ひょええ、怖い。‥‥おほん、まあ仕方ないわよね。うん、仕方ない。それにどうせしとねちゃんはこれからクリアしないといけないことがあるから一緒よ」

 プモは開き直ってぎこちなくドヤ顔をしてみせた。


 「はい?」

 

 「あなたは今からあの逆さまになった入り口に入って、そこにいる《エリアマスター》っていうやつを倒さないといけない。そいつはあなたを襲ったあの男よ」


 「あのう、もう疑問がベンジョンソンくらい追いつけない存在になってるんだけど。ああ、夢なら早く醒めないかしら」


 しとねはこのまま寝転んで爆睡してやろうかと思った。

 何もかもが面倒臭くなるとはこのことだった。

 

 しかしよく喋る兎はそれを許してはくれなかった。


 「無理ねえ、これは現実。この世界もあっちの世界も現実。あなたはあいつを倒さない限りここからは出られないの‥‥ま、とりあえず入りましょう。そこで説明した方がわかりやすいと思うしね。案内するわ、《ダビィ》の世界に」

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