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Qub  作者: ソノ
《サキヤミエリア》編
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Q10 待ち時間

 送迎の車が来るまでにはまだ時間があった。

 

 久形柊斗くがたしゅうとはいつも待ち合わせの一時間以上も前に到着する習性があった。

 

 彼は単なる心配性だった。もし電車が遅延などした日には開始時刻に間に合わなくなってしまう。

 ようやく入手できたプラチナチケットをどぶに捨てるような真似は断じて出来ない。

 ライブ前には早めに会場入りするのが吉なのだ。

 

 駅前のロータリーには観光バスが一台停まっている。あとは暇を持て余したタクシーの運ちゃんたちが井戸端会議に花を咲かせている。

 

 他を見渡せば自分と同じ穴のムジナたちが蒸し暑い中、そわそわしながら送迎車を待っているではないか。初心者ではわからないであろうが、久形くらいの常連組であれば一目で判別できる。


 だって同じだもの、振舞い、姿、空気感が‥‥。

 皆、高額な天国行きの車を待っている、本当に行き先が天国かどうかは運しだいだが。

 

 とはいえ、久形もそこまでこの遊びに精通しているわけではなかった。

 どちらかといえば最近までは趣味のバンド活動に精を出していたからだ。

 

 エレキギターとボーカルは社会人から始めた。


 それまではピアノをかじった程度でロックとは程遠い音楽人生を歩んできたのだが、内心ではずっとギター片手にライブをやってみたいという野心はあった。しかしいざやってみると練習はするのだが、バンドスコアで有名バンドのコピーをする気にはなぜかなれなかった。

 

 メンバーのリードギター、吉川尚久よしかわなおひさにもそのことについては口酸っぱく言われていた。

 もっとコピーして知識をつけろよと再三お叱りを受けていた。

 それでもしなかったのはおそらく作詞作曲の世界に魅了されたからだろうか。


 作曲の知識など皆無だったが、彼にはセンスがあった。

 特にコード進行も理解しないまま、手探りで弦を押さえては鳴らすを繰り返して自分が納得できる響きを探し当てる。

 それを組み合わせてパズルを解くように曲を作っていった。

 

 加えて作曲以上に作詞においても言葉や表現のチョイスが良く、メンバーや共演者からも久形の書く詞は一目置かれていた。自分で一から作り上げた音楽をメンバーと一緒に昇華させ知らない人たちに披露する。それが何よりも格別に楽しかった。


 しかし去年の年末にバンド活動は休止となった。理由は何個かあるのだが、一番はベースの保坂英司ほさかえいじが脱退したことに尽きるだろう。


 なぜ脱退するのか、保坂はあまり詳しくは語らなかった。

 そしてそれ以来、久形は彼と連絡を取っていない。というよりも、取れなくなってしまったのだ。電話も繋がらないし、ラインにも返信がない状態が続いている。


 

 あれからもう半年が経った。

 

 三十歳を過ぎると時間の流れが急速に加速していくような焦りを感じる。

 併せて人間が堕落していくのも恐ろしくあっという間だなと久形はまた自虐的になる。


 毎週スタジオで練習していた日々が、一カ月に一度の姫遊びへとなり果ててしまったのだから、考えるだけで情けなくなってくる。

 ペースも速くなっており、以前に比べると倍以上の回数になっていた。

 

 ギターもあれ以来触っていなかったし、貯金も遊びのおかげで減少傾向にある。

 

 だってモンシェールクレアの料金はとにかく高いのだ。さすがは老舗の高級店だけあって、久形がいつも予約する百分コースで八万円ほどかかるので、お目当てのキャストが出勤数を増やしてくれたとしても、どうせ久形の給料ごときでは何回も入ることはできないのだ。


 ――さて、どう時間を潰すか。

 

 駅前にある小さなカフェでいつものように可もなく不可もないクロワッサンを食べて過ごす手もあるが、そこのコーヒーはあまり美味しくない。

 

 できれば本番前に素敵なコーヒーで身も心も整えたところだ。

 

 久形は手土産の袋を大切に抱えながら店を探すことにした。

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