ディープ・スロートの日々
「明治維新の実態は、当時の”エコノミック・ヒットマン”のトーマス・グラバーの仲介で、イギリスの”クーデター学校”に留学した長州ファイブ、薩摩スチューデント達による”文化大革命”と”大躍進”だったんだよね。その順番は逆だけど、開国のポテンシャルを著しく引き下げたんだ。
ペリー来航までの日本とアメリカの国力を比較すると、五分五分か日本が少し上のはずだよ。それまでの西南雄藩の密貿易による金流出を考慮しても、ね。その頃の日本は、金銀複本位制度を採っていたけど、金流出というのは、金遣の幕府にとっては大変なことだったんだ。
敗戦後の日本は、日米地位協定と在日米軍基地の下の占領状態が続いているけど、イギリスによるクーデターで誕生した明治維新政府も、欧米列強による支配下にあったのは一緒だ。鹿鳴館という国営の売春宿にいたっては……、もう言葉も出ないよ。
娼婦をスパイに使うのは世の常なんだけど、出島のオランダ人に遊女をアテンドするというのとは全然違うよ。長崎の丸山遊廓では、日本行き、唐館行き、オランダ行きと、外国人向けもあったんだけどね。オランダ人の前のポルトガル人や、幕末のロシア人も。江戸まで来た朝鮮通信使にだって、あんな鹿鳴館のような国辱的な接待まではしないよ。
……ちょっと脱線しすぎたみたいだ。
来年、”アメリカ・ファースト”を掲げているトランプが大統領に就任するけど、もうアメリカは鎖国してやっていけるような強い国じゃないし、世界一グローバル経済に依存しているのがアメリカの実体だよ。アメリカ国内の物流網ですら、パナマ運河を封鎖されるだけでアウトだしね」
三茶は、手にしていた本を本棚に戻した。
「飲み・打つ・買うに、スパイ・暴力・金・女ですか」と、三島がため息をついた。
「薬物もそうだね。麻薬カルテルや秘密結社への入会条件が、殺人になるのは当たり前なんだけどね。たとえば日本国内の違法な臓器売買のネットワークを維持しようとしたら、どうすれば関係者全員が口を噤んだままにしておけると思う? はい、江古田くん」
「パイセン。それ、プティディアーブル事件の話すか? それとも、シャイニー事件?」
勘弁してくださいよと、江古田は顔を顰めた。
『プティディアーブル事件』とは、新聞・テレビ・ラジオを傘下に持つメディアグループの運営していた児童売春デートクラブが摘発された事件である。溜池山王の事務所から派遣されていた少年少女全員がローティーンのタレントの卵だった。その運営者の六人ともに行方不明になり、会員名簿一万人のうち一人も逮捕されなかったことでも話題になった。
『シャイニー事件』とは、男性アイドル専門の芸能事務所の社長が、その事務所のタレントに五十年近くも性接待を強要させていた事件である。その性接待を受けていたリストの中には、元総理大臣の名前もあったとされている。
「シャイニーのタレントを何十人も取っ替え引っ替えした元総理も酷いは酷いんだけど、ハニートラップに引っかかった総理大臣経験者の数だけでも何人いるかわからないし、そのお相手が外国人というんだからもう手に負えないよ」
三茶はそう言って肩を竦めた。