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エピローグ

 明日。いやもう今日である。反乱を鎮め、国が再び平穏の日々を取り戻し、民にたいし宴がもようされる。そのための警備はツヅキが指揮していた。雲一つなく、欠け一つない月あかりのもと会場の確認に来ていた。


「仕事熱心だな」

声にツヅキがかまえる。気配は感じていた。確認できる距離まで息をひそめていた。

「ツヅキといったな。こう話をするのは初めてに近い」

供もつれず。明かりも持たず。声だけでツヅキは判断した。かまえをとき、膝をつき、頭をたれる。

「このような時間にお一人でよろしいのですか。ユンロン様」

顔をあげない。けして合せない。会ってはいけない。無意識のなかで、ユンロンに一対一で関わることをツヅキはさけていた。

「そなたの姿がみえてな。ゆっくり話をしてみたいと以前から思っていたが、なかなか時間がとれなかった」


穏やかにほほ笑んでいる。月明りに照らされて男が二人。


一人は高級な服を身にまとい、優雅な動きをする。

もう一人は動きやすさを重視、使い込まれているが手入れが行き届いでいる槍。対照的である二人にもかかわらず、どこか似た空気をまとっているようにも見える。


「今日は大きな宴がある。スグリがヨギ将軍にかわって参列する。そなたが警備の指揮を任されていると聞いた」

「はい」

ツヅキの声には緊張の色がまじっている。そのことにユンロンは気づいた。

「そうかしこまるな。ここにいるのは同じ娘を好きになった男だけだろ」

優しく穏やかな声色がツヅキに降りている。あまりの優しさ。穏やかさに聞き逃したくなる言葉に静かに答えた。

「自分など立場が違いすぎます」

「同じ娘を好きであることは否定しないのだな」

ふふっと笑いをふくんでいる。

ツヅキは自分の答えにうなづく。誰をどう思うとその人の勝手である。生意気で乱暴な考えかもしれないが、それが自分の思いの免罪符としていた。

「私はそなたがうらやましかった」

おもわずツヅキは顔を上げた。


うらやましい。

そう口にした人物は月を見あげていた。月明りに照らされたユンロンの顔はとても優しいものだった。


ツヅキは再び顔をふせた。免罪符などとふざけた考えを悔いた。自分はこの方のように素直にそう言えるだろうか。

ツヅキは自問した。即答で無理だと自答した。

「楽にしたらどうだ。無礼講にしよう」

ツヅキと目線を合わせるため、ユンロンも膝をおった。

「いったであろう。ゆっくり話がしたいと」

先ほどとは少しだけ異なる優しい表情をうかべていた。そのまますわった。

「よごれて」

ツヅキの言葉を手で制した。

再び言ったであろうと繰り返した。少しためらいながらもツヅキも横に腰かけた。

「そなたをうらやましいといったが。それは事実だ。初めてそなたとあったのはスグリに連れられてだったな」

懐かしむように口をひらいた。


 ユンロンさま。ツヅキです。わたしのおつきだってちちうえが。


「とてもうれしそうにたのしそうにそなたの事を紹介していたのを覚えている」

「覚えております」

意識をくばりながら短く答える。気を緩めてはいけない。夜はまぎれて余計なものが入りこみやすい。

「そなたは変わらずずっとスグリの後ろにおったな。戦場でも、警護でも、日常でも」

それが役目である。スグリのそば付きとして。命にかえて守ること。

「私にはできないことだった。どれほど立場があろうと。力をもっていようとも。スグリを守るどころか、私が守られる立場だ」

それもまた役目である。

「私よりも幼く。私よりも小さく。彼女に守られることがとても苦しかった」

寂しそうに笑みを浮かべる。

「自分の弱さを恨んだ」

顔をツヅキにむける。ツヅキは少しだけ首をうごかし、表情をうかがう。

とても苦しそうに見える。

「守りたいとおもった。そばに置きたいと願った。それゆえに。彼女を許嫁にしたいと申し出た」

まっすぐな言葉。

「身勝手であろう。結局立場や力をつかって、手に入れようとした」

ユンロンは視線を自分の手におとす。

「心から求めたものは手にはいらなかったが。彼女のためにと努力してことは無駄ではなかったと思いたいな」

何もない掌にすこしだけため息をこぼす。

「わたしは」

ツヅキが口をひらいた。ゆっくり口をうごかす。

「私は、ただ後ろにいたのみ。あの方があゆまれる後を追いかけることしかできません」ユンロンとツヅキの目があう。

「ユンロン様のように、正面に立つことはできません」

まっすぐに。

「私は」

無礼講という言葉を鵜呑みにして、言葉をつづけた。ツヅキは少しだけ語気を強めた。


「私は、ただ。お二人が歩まれる道にたいして、ついていくことしかできません。スグリ様とユンロン様は正面を向き合い、それぞれの道を歩まれる。私はただ見ていることしかできませんでした」


スグリとユンロンはそれぞれが信じる道を自ら切り開き、進んでいく。一方ツヅキはただただついていくことしかできない。

「私など入る隙間などなく」

ツヅキはツヅキで抱えていた。立場の違い。スグリの感情。

「私もそなたも。ないものねだりをしていたのだな」

楽しそうに笑っている。同じ境遇であると。スグリを思っているからこそ、互いに互いをうらやんでいた。

「明日。陛下が私に王位を譲るお話をされる」

ついにその日がくるのだ。ユンロンが王となる日が。

「そうなれば。確実にスグリは私の手から離れる」

許嫁も。将軍も。スグリがどの立場になろうとも。王になることで、手に入らないことになる。

「ユンロン様」

月を見あげる横顔に呼びかける。

呼びかけたはいいものの言葉がでてこない。

何をいっても意味がないのだ。どれほど望んでも。手に入らないのだから。

ツヅキは心のどこかで、ユンロンとスグリが一緒になることを望んでいた。自分はそばにいることができなくなっても。スグリの幸せはユンロンと共にいることだと信じていたのだ。

手合わせも。戦場も。生活も。スグリの一番近くにツヅキはいた。将軍に見せる顔も。母親に見せる顔も。部下に見せる顔も。一番多くツヅキは見てきた。


「ユンロン様に見せる顔だけが、異なって見えました」

それだけがでてきた。


そうなのだ。ユンロンと共にいる時間。ユンロンと話す姿。ユンロンについて話す顔。ユンロンにかかわることすべてにおいて。

「それは。そなたに対しても、だ」

ユンロンが優しく微笑む。月の光に照らされて、より幻想的に。ツヅキは負けたと改めて感じた。同じ土俵に立っているとは思ってはいなかったが。あまりにも違いすぎた。

「俺であればあなたを選んでいます」

無礼講という言葉にのっかりほざいてみる。

「そうか」

一瞬だけ目をみひらき、より笑みを深めた。

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