03:魔王軍の人間の実力。
タローマティ軍に入った翌日の朝。
「食料には困りそうにないな……」
「うむ……毎日たらふく食べても一ヶ月は持つのではないか?」
二人で作った朝食を食べながら、ある方を二人でみる。
昨日の夜に確認したが、この魔王城の厨房には大量の食材が貯蓄されていた。
軍の人数を考えれば、おそらく五日持てばいいくらいの量だろうが、このタローマティ魔王城には俺とアイラしかいないから、そういう面ではメリットと、言えるのか……? デメリットの方が大きい気がする。
それに魔法具で鮮度管理がされているから食料が多くあっても、早く消費することなく食べることができる。
「今日、学園で何が起こると思う?」
朝食を終え、まだ登校には時間があるから紅茶を飲んでアイラにそう聞いた。
「ギルは何かあると思っておるのか?」
「それはあるだろ。これから軍を作って何をするとか、クラス分けもされてないだろ。俺、この学園に入学する時試験を受けてないぞ」
「わらわも受けておらぬぞ。それにこの学園は完全にスカウトか推薦だと聞いたから、学園に入る意志さえあれば、入れるようじゃな」
「それならクラス分けをする時に実力で決めるのか、はたまた所属する軍で決めるのか。……何かありそうだなぁ……」
「まあその時はその時じゃ」
「アイラ、俺は一番お前が心配なんだよ。アイラは自分の今の実力を分かっているのか?」
アイラに優しく諭す。
「うっ……じゃ、じゃが魔力量には自信があるぞ!」
「それを使いこなせなければ意味がないだろうに……」
「うっ、それはそうじゃが……そ、そういうギルはどうなんじゃ?」
「それなりに結果は出して見せる。俺は優秀な人材なんだろ?」
「う、うむ、そうじゃな」
「……待てよ。アイラ、お前は本当に俺が優秀な人材だと思って声をかけたのか?」
「そ、それはそうに決まっておるぞ!」
声を上ずらせながら目をそらすアイラに、一片の信用を置いていない。
「口からでまかせで勧誘していたのか」
「ち、違うぞ! こう、ギルを見た瞬間にピンと来たんじゃ! こやつじゃ! とな」
「勘かよ」
自惚れではないが、そこそこ実力があると思っているから、それをアイラに見せるいい機会だ。
「俺を勧誘したこと、間違いじゃなかったと思わせてやりますよ、魔王さま」
「おぉっ! 心強いぞ!」
そうじゃないと本当にこの軍は終わりそうだしな。
ここから学園まで歩いても今日の集合時刻までまだ余裕があるが、早めに魔王城を出ることにした。
だが、俺たちが出掛けたらこの魔王城はもぬけの殻になるわけだから……入り放題じゃね?
食料くらいしかめぼしいものはないが、仮にも軍と言っているわけだ。なにか対策をとっておかないといけないのか? それとも考えすぎか?
「ギル、どうしたのじゃ?」
「……いや、何でもない。行くか」
「うむ!」
やっておいて損はないか。
この魔王城に探知、撃退、防衛の効果を持った三つの結界を三重に張り、アイラと並んで歩き始める。
隠密の術式もかけておいたからその手に不得手の人ならわからずに結界に触れてしまう。
現にアイラは結界を張っても全く分かっていないようだった。
「ギル、手をつないで行くぞ! はぐれてはいけないからの」
「はいはい、仰せのままに」
これで肩車とか言われた日には断らないといけないけど、手を繋ぐくらいならその容姿と相まって断れない。
「ギル」
「なんだ?」
「呼んでみただけじゃ」
「そうか」
普通のやつなら名前を呼ぶだけだったら次の言葉を無視してやるが、アイラのはにかみ笑いには叶わない。
「……不思議な感じじゃ」
「なにがだ?」
「こうして誰かと並んで歩くのは、姉上以外におらなんだからな」
「姉上、学園長か?」
「うむ、自慢の姉上じゃ」
やっぱりそうだったのか。
アイラのこの感じを見るに、姉と不仲というわけではなさそうだ。
それにしても、アイラは節々で甘えてくる気がする。
例えば、ご飯を作る時も食器を片付ける時も一緒にしたり、お風呂に一緒に入ろうとしたり、一緒の部屋で寝たりと。
これが同世代の女の子だったらドキドキというか一線を越えていたけど、アイラだから問題ない。
「ふんふふんふーん!」
上機嫌につないでいる手を揺らしているアイラを見ても、妹や弟を見ている感じがしてならない。
学園の敷地内に入り、昨日渡された紙に書かれている場所まで足を運ぶ。チラホラと生徒たちが向かっているのが見える。
「おい、あれ……」
「あぁ、タローマティの」
チラホラといる生徒、魔人から良くない視線を受けているのに気が付いた。俺ではなく、アイラにだが。
「人間に媚びへつらって、魔王としてプライドはないのか?」
「出来損ないだからプライドはないんだろ」
「でも……あの人間も長くはもたないだろ」
「あぁ、あれは――」
魔人二人の会話が俺とアイラの耳に聞こえてきたことで、さっきまで上機嫌だったアイラは急に静かになった。
「アイラ?」
「ッ⁉ な、なんじゃ?」
「大丈夫か?」
「……わらわは、大丈夫じゃ」
「そうは見えないから聞いているんだよ」
無理やり作った笑みで大丈夫だと言われても、むしろ大丈夫じゃないと言っているようなものだ。
はぁ……隠し事はなしだと約束したばかりなのに。それがタローマティ軍に不利にならないのなら、問題ないが、今のアイラの精神状況は十分に不利になる。
ただ、あの時言わなかったということはそれ相応の理由があるんだろう。
それならアイラが言うのを待つのもアリだ。一度に何でもかんでも聞いてもアイラの精神に負担をかけてしまうかもしれない。
今ここで俺にできることは、魔王のアイラを支えること。
「アイラ、お前は俺の主で魔王なんだろ? それなら堂々としていろ。魔王がそんなのだと他の奴らになめられてしまうだろ」
「う、うむ、そうじゃな……」
「心配するな、アイラの敵は俺が残らず排除する。だからアイラは魔王として振舞って、俺たち部下を夢の先に導け。それがアイラの仕事だろ?」
「……あぁ、そうじゃな。わらわはもう、魔王なのじゃ。こんなところで弱音は吐けれぬ」
「弱音を吐くのは別にいい。ダメなのは溜め込んで、自分で自分を追い込むことだ。今じゃなくていいから、話したい時にでも話してくれ」
「ギルには、お見通しというわけか……さすがわらわの右腕じゃ」
「演技でやっていると言われた方がまだ信用できるくらいに分かりやすかったぞ」
「そうか……わらわも魔王としてしっかりせねばな」
「ま、アイラと俺しかいないんだから気ままに行こうぜ」
「ギル、励ましているのか現実を突きつけているのかどちらなんじゃ?」
「励ましているに決まっているだろ。こんな状態のアイラに軍の魔王なんか勤まるわけがないんだから」
「……やはり、現実を突きつけているのじゃな?」
「考え過ぎだって」
話している内にアイラの表情は明るいものとなり、周りの視線や声など気にならないようになっていた。
俺とアイラが指定された場所に向かうと、受付が行われていた。
「所属する軍とお名前をよろしいですか?」
「タローマティ軍のアイラ・タローマティです」
「タローマティ軍所属、ギル・デヴィートです」
「……タローマティ軍は全員受付完了ですね。この先の建物で部屋分けされていますので、タローマティ軍の待機場所で着替えてお待ちください」
全員受付完了って、嫌味にすら聞こえるのは俺のせいだろ。
受付の女性の指示で建物に入り、扉に張り出されている紙に『タローマティ軍』と書かれた部屋に入る。
部屋の中はかなりの広さで、丸いテーブルとその周りに椅子が置かれているセットがいくつも設置されている。
宴会か何かをするくらい大きいが、今のタローマティ軍には不要な大きさだ。
「ギル! ここに義替えがあるぞ!」
俺の手から離れたアイラがテーブルに置かれている服を見つけていた。
それは制服よりも動きやすい服装で、俺とアイラの分の二着あるしサイズもピッタリだ。
「……これって、ここで着替えろってことだよな?」
「そのようだな。それではギル、頼む」
「……何で料理と洗濯はできるのに着替えができないんだよ……」
「ほら早くしてくれ~」
昨日の夜や今日の朝もアイラの着替えを手伝ったのは俺だ。
これだと容姿だけじゃなくて中身も幼児じゃないか! もう俺にはアイラが同い年には見えなくなってきている。
アイラの着替えを終わらせ、自身の着替えを終わらせたことで備え付けられていた魔法具で紅茶を入れて待つことにした。
……部屋に入ってから少し違和感があったが、ようやく違和感の正体が分かった。
「……ここ、魔法陣が仕掛けられているな」
「なに? それは本当か?」
「あぁ……だが、そんな魔法かまでは分からない……かなりの手練れが仕掛けている」
「……学園の仕掛けか?」
「そうじゃなければ見落とすなんかことはないだろ」
俺が見抜けているんだから、もし賊によるものでも学園側が見抜けないわけがない。
とは言え、ここまで大掛かりなのに繊細な魔法陣はかなり珍しい。
大きな魔法陣に、発動条件が複数振り分けられ条件によって効果が違うのか。
「ギル、そんなに床を見てどうしたのじゃ?」
「魔法陣を見ているんだよ」
「……床しか見えないが?」
この魔王さまには勉強してもらわないといけないようだな……!
「な、なんじゃこの圧は……!」
「アイラ、俺が仕える魔王がそんな無知だと困るな。帰ったら魔法の勉強と特訓だ」
「……わらわ、魔法の勉強はあまり得意じゃないんじゃが……」
「そうか。たった一人の部下がいなくなるのと天秤にかければ、勉強は好きになれそうか?」
「好きになるぞ!」
さすがに魔法陣についての知識がないとは思わなかった。魔人だからそこら辺は得意だと思っていたが、どれくらい分かっているのかを帰ったら確認しておかないと。
いや、それだけじゃ遅い。時間がありそうな今話さないといけない気がしてきた。
「アイラ」
「あーあー! わらわは何も聞こえないぞー!」
俺の雰囲気で察したのか、耳を塞いで大きな声を出すアイラ。
魔力が多いだけの、魔力変化も魔力変換も魔力感知も勉強もできない魔王さまを、どうすればいいだろうか……?
全くやめる気はないが、それをネタに脅した方がやってくれる気が……だが何回もやっていたら可哀想だし。
まあ今はやる気がないということで、帰ったらみっちりと勉強会だ。
「アイラ、とりあえず今は勉強はしない」
「……本当か?」
「あぁ、だが帰ったらその分勉強だな」
「そんなのはあんまりじゃ!」
「魔法の勉強してこなかったツケが回って来ただけだ。それに、タローマティ軍が魔王じゃなくて人間である俺を象徴するものとなってもいいのか? それなら俺が魔王になってもいいけど……」
「そんなのはダメじゃ! わ、わらわは勉強するぞ! 帰ったら!」
「本当に頼みますよ、魔王さま」
一抹の不安を覚えるが、まあ二度意気込んでくれただけ良しとしよう。
『時間となりましたので、これより魔法競争及び能力テストを開始します』
「競争とテスト?」
部屋の天井から魔法具を通じて女性の声が聞こえてきた。
『魔法競争のルール説明を行います。これより転移させられる場所にて、魔法を使ってゴールまで競ってもらいます。もちろん魔法を使わずとも構いませんが、この魔法競争は順位によって得られる報酬が変わってきます』
「報酬?」
『一位には、白金貨十万枚を贈与します。二位には白金貨九万枚、三位には白金貨八万枚と、順位が落ちるごとに報酬も落ちていきます』
「……白金貨十万枚って、やばくないか?」
「相当やばいじゃろうな。じゃが、十万枚もあれば金には困らんな」
「それはいいな」
今までだと金貨しか見たことがないから白金貨とか初めて見ることになる。
『他者への妨害は禁止となりますのでご注意ください。では、五秒後に転移を開始します』
「もうか⁉」
急すぎだろ! 驚いて立ち上がったから椅子を後ろに倒してしまった。
『近くの人と触れ合っていれば転移先は同じとなります。五、四――』
「アイラ!」
「ギル!」
すぐにアイラの近くによって、アイラを抱きしめたことで条件はクリアした。
『三、二、一、転移開始』
俺が見ていた魔方陣が起動し、俺とアイラの光景は一瞬で変わった。
転移した先は俺たちと同じように手を繋いだり抱き合ったりしている人間や魔人や亜人がおり、周りに建物が一切なく木が大量にある森だった。
『目標地点は光り輝いてそびえ立つ建物です』
どこにある……あぁ、あの塔みたいな建物か。確かに輝いているけど、近くにいったら眩しすぎるんじゃないのか?
『では、合図で試験を開始します』
周りに戸惑っている人がいるが、俺は今すぐにスタートできるように術式を頭の中で展開する。
「ギル……」
「アイラ、しっかりと俺につかまっていろ」
「うむ、任せたぞ」
「あぁ、大船に乗ったつもりでいればいい」
少し不安げな表情だったアイラだったが、俺の言葉で全面的に俺に信頼をおいているのが分かったから、その信頼には応えないとな。
アイラが防護魔法をかけられるとは思えないから俺が防護魔法をかけておく……なんだ? アイラへの魔法がかけにくい。だけど魔法はかけられた。
『試験、開始』
合図とともに、全身に雷を纏わせて、雷の速度で飛び出す。
「アイラ、大丈夫か?」
「……ギル、光景が早すぎて酔いそうじゃ」
「それは早くゴールしないとな」
あり得ないことだが雷がアイラに来てないかと思って話しかけたのに、別のことで危なくなっているとは思わなかった。
だから“雷纏”と併用して“火力足”を使って速度を上昇させた。
目標の建物まであと半分といったところで、他の場所からかなりの速度で建物に向かっている人を感知できた。
他の人たちも感知すると目標の建物から円を描くようにスタート地点が設定されているようだな。
俺の今の速度ともう一人の速度だと、同等かやや俺の方が遅いようだ。それならもう少し速度をあげるしかないな。
「アイラ! もう少し速度をあげるから踏ん張れよ!」
「なるべく早く頼むぞ!」
声色からアイラがかなり限界なのが分かったから、雷纏を二重で使用してさらに速度をあげた。
そうしたことで、もう一人の方よりも何十倍も早くなり一番に中央の建物に到着した。
『一位アイラ・タローマティ。二位ギル・デヴィート』
建物からそう伝えられたが、遠くからもその声が聞こえてくるから全体にアイラと俺がゴールしたことが伝えられたのか。
それにアイラが一位になったか……まあ問題はないか。
「うっ……ギルぅ……」
「はいはい、大丈夫か?」
抱きしめていたアイラが顔色を悪くして今にも女としての尊厳が失われそうになっていた。
アイラを解放して背中をさすりつつ、体の調子を整える魔法をかけようとするけど……まただ。また魔法がかけにくい。
アイラに魔法抵抗力が高いかもしれないが、どこか違うような気がしてならない。
『三位エリカ・アシャ・ワヒシュタ』
俺が感知していた人がゴールしたようだけど、アシャ・ワヒシュタって七大勇者の一つか。
どうりで早いわけだ。それに勝つことができたのはまずまずな出だしだな。
『終わった方は建物の中で能力テストを実施しますので、お入りください』
「終わってすぐなんだから少しは休ませてくれ、アイラを」
「うっ……すまぬ……」
「気にするな。仕方がないことなんだから」
だいぶ落ち着いたようだが、まだ少し気持ち悪さは残っている様子のアイラ。
ふーむ、魔法の勉強もそうだが、アイラを鍛えることも考えないと。いざという時にアイラが危険な目に合ってしまうかもしれない。
「あっ、ここにいた」
「ん?」
近づいてくるのは分かっていたがまさか声をかけられるとは思っていなかった。
三位のアシャ・ワヒシュタが俺とアイラの近くまで来ていた。
魔王軍に所属している人間だから七大勇者の一人に会いたくなかったし、そもそも七大勇者にいい感情はないからな……。
ここで無視するわけにもいかず、そちらに視線を向ける。
少し銀がかった金髪を肩まで伸ばした女性で、綺麗と強さを持ち合わせているような雰囲気が見て取れる。
「私はエリカ・アシャ・ワヒシュタ。エリカと呼んでください」
「……ギル・デヴィートです。この方はアイラ・タローマティさまです。それで何か御用で?」
「あなたは……人間、ですよね?」
えっ、なにその質問。見れば分かると思うし、それこそ七大勇者なら人間か魔人は分かると思うけど。
「まぁ、はい、そうです」
「そうですか……どうして魔王軍に?」
あなた方に断られたからですよ? って馬鹿正直に答えていいものか。
……なんか慮るのが面倒だから馬鹿正直に言ってやろ。
「七大勇者すべての軍に断られたところを、魔王さまに勧誘されただけです」
「えっ? ……私のところにも、来ましたか?」
「エリカさまを見てませんけど、間違いなく断られましたよ」
あなたの取り巻きが断ってきましたけどね。
「そう、ですか。それは、すみませんでした。あなたのような優秀な人材を断ることは恥ずべきことです」
「気にしないでください。それで魔王さまに出会えましたから」
「それは、良かったですね」
残念そうな顔をしてももう遅い! 少しだけ俺を断ったことを後悔させてやると思っているが、それを思うことは今に始まったことではないから遠回しな言い方はこれで終わりだ。
アイラの気分もよくなっているようだったから、能力テストを口実に彼女から離れよう。
「それでは、俺と魔王さまは能力テストに向かいますので」
「私も一緒に行ってもいいですか?」
「え、他の人を待たなくてもいいんですか?」
「彼らを待つという約束はしてませんので。それにあなたの力を見る機会を逃す手はありません」
切り替え早っ。もう敵として見ているのかよ。
「アイラ、大丈夫か?」
「うむ、もう大丈夫じゃ。……それで、こやつは?」
「私はエリカ・アシャ・ワヒシュタ、七大勇者アシャ・ワヒシュタの次期当主です」
「わらわはタローマティ家の次女にして、タローマティ軍魔王アイラ・タローマティじゃ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
魔王と勇者ってこんな感じなのか? 普通に挨拶してるけど。
俺のイメージだと、目を合わせた瞬間に殺し合うみたいな? それはさすがにないだろうが、戦っていたなんて嘘みたいだ。
「では、行きましょう」
「そうじゃな」
何故かエリカとアイラに挟まれて、俺たちは建物の中に入った。
最後まで見てくださってありがとうございます。誤字脱字あればご指摘お願いします。
評価・感想はいつでも待ってます。よければお願いします。