02:魔王の真相。
心底嬉しそうにしているアイラと共に、俺がタローマティ軍に所属することになったことを学園側に報告して、明日何時に学園に集合するかかかれた紙を渡された。
人間の俺が魔王軍に入ることを報告したところ、受付をしてくれた女性がかなり驚いた顔をしていた。
そこから考えるに、過去に人間が魔王軍に入った人はいなかったんじゃないか? そうじゃなくても珍しいとか。
どうなっているんだこの学園は。交流と言っておきながらそこで交流してないじゃないか。
「こっちがタローマティ軍の本拠地か」
「うむ、そう書いておるな」
「一つ聞いていいか?」
「何でも聞くとよいぞ!」
「どうして俺はアイラを肩車しているんだ?」
何を思ったのかは知らないが、アイラは急に俺に肩車をせがんできた。
それが家の弟たちと被ったから何も言わずに肩車をしてしまったが、一体どうして同い年の少女を肩車しているのか。
年齢で考えれば少しでもドキドキしてもいいはずが、アイラの外見でそれが一切ない。
「やはり魔王であるから人々に見下されることは我慢ならんのじゃ」
「そんなことさっきまで一ミリも思っていなかっただろ」
「何を言うか! わらわは最初からそう思っておった!」
「俺が背中を見た時は哀愁を漂わせていたくせに……」
「そ、それはもう忘れるのじゃ!」
俺の頭を軽くポコポコ叩いてくるアイラ。
……うん? あそこで哀愁を漂わせていたのなら、もしかしてタローマティ軍は結構人が少ないとか?
「なぁ、アイラ。タローマティ軍は何人いるんだ?」
「それはついてからお楽しみじゃ!」
ない胸を突き出しているんだろうなぁ。
まあアイラがそう言うんだからもうこちらからは何も言えない。
「それにしてもここは無駄に広いのぉ」
「そりゃ魔王軍とか勇者軍が狭い場所で暮らせないだろ。それに見たところ行事に使う建物もあるみたいだ」
「視察に行くのもありじゃな」
このトリニティ島は中央に十分な大きさの学園があり、十分な距離をあけた場所に学園を取り囲むように十四の屋敷が並んでいる。
至る所に何も書いていない建物があるから、これも行事で使う建物なんだろうなぁ。
そして俺たちが目指すタローマティ軍本拠地もそうだが、基本学園から本拠地に帰ろうとすればかなりの時間がかかることは目に見えているし、体感している。
「わ、わらわは重くないかの……?」
「えっ、今更そんなことを聞くのか?」
「お、重かったのか⁉」
「これくらいで重いって言うわけないだろ。羽かよ」
「そ、そうか……」
少しは歩いてほしいなと思うんだが、魔王さまを持ち上げることも学んでおかないとな。
タローマティ屋敷までの道のりは整備されているから迷うことなく進んで行く。
「あれか」
「おぉ、あれじゃな。わらわの根城としては十分じゃ」
見えてきたのは、どこからどう見ても魔王城と呼ぶに相応しい大きなお城だった。
それに壁の色合いとかも禍々しくて、絶対に魔王城を意識して作ったよな。
えっ、あれに住むのか? 絶対に違和感しかなくて寝れなさそう。
「ここから、わらわの魔王譚が始まるのじゃ……!」
「人間の方だと英雄譚が読まれているけど、魔人の方だと魔王譚なのか?」
「そうじゃが、魔王譚と英雄譚はどちらも読まれておるぞ」
「ほぉん……そういうものなのか。俺は魔王譚なんか知らないぞ」
「人間は魔王が活躍している話を見たいと思わんじゃろ。魔人と人間の感性はそこら辺がずれておるからな」
ふーん、そんなものか。暇があれば魔王譚が気になるから図書館に行ってみよ。
「……でかっ」
すぐそばから魔王城を見たら、それは圧巻されてしまう。
俺の生まれ育った場所は城下町だから城自体は見たことがあるけど、ここまで近くで見たことがないし、何ならこの城の方が大きい気が……。
「ほら、早く入るぞ!」
俺の肩から降りたアイラが嬉しそうに俺の手を引いて魔王城に入ろうとする。
「ちょっと待て。他の魔人は中にいるのか?」
「もう揃っておる。それよりも早く行くぞ!」
「はいはい……」
楽しみで待ちきれない表情と態度のアイラに引っ張られる。
魔王城の大きな扉はアイラが手を伸ばそうとする前に風魔法で開ける。
「おぉ……! ここの扉は自動なのか⁉」
「……? 何バカなことを言っているんだ。俺が風魔法で開けたんだよ」
えっ……? さすがに冗談だよな? 魔王がこれくらいのことを分からないわけがない。
「そ、そんなことは分かっておるぞ! ま、魔王ジョークじゃ!」
「それならいいんだが……」
「やはりこれくらいの冗談を言わなければ部下に親しみを持ってくれんからな!」
「まあ堅物よりかはいいが……あまり心配になるような冗談はやめてくれ」
「すまぬな、以後気を付ける。ささ、中に入るぞ」
再びアイラに手を引かれ魔王城の中に入る。
「うわぁ……魔王城だ」
普通の城の内装は全く分からないが、でもこんな暗い感じなわけがない。
暗いというか……わざと禍々しい装飾にしているのか? もっと普通な感じでいいだろうに。
「うーむ、これは少し暗いのぉ。装飾を明るいものに変えるのはどうじゃ?」
「そっちの方が俺は住みやすいと思う」
「それなら決まりじゃ! 内装は休日にでも変えることにしよう」
「いいのか? アイラはこっちの方がいいとか思わないのか?」
「魔人が全員暗いのが好きというわけではないからの。わらわも明るい方が好きじゃからわらわとギルのために内装を変えるぞ」
「それならいいんだ」
禍々しい内装に囲まれながら中央階段を上がり、城ならまずある王の間の前にたどり着く。
「ここに他の魔人がいるのか?」
いるとすればここだろうが……この魔王城、何の気配もしないんだが。
それにアイラにそう問いかけても意味ありげな笑みを浮かべて扉へと進みだすから風魔法で王の間の大きな扉を開けた。
王の間にふさわしい豪華な装飾がされた玉座が赤いカーペットの先にあった。
その玉座にアイラはまっすぐと歩いていき玉座に座った。小さい体ながらかなり様になっている。
「タローマティ軍、勢揃いじゃな!」
……なんか薄々わかっていたけど、そういうことなのかよ。
確かに他に誰もいなかったらそりゃ文句は言わないし、こんなサプライズは想像していなかった。
「……本気で言っているのか?」
「うむ、本気じゃ。魔王のわらわと、魔王の右腕のギル。これが今のタローマティ軍じゃな」
「……今日付けでやめさせていただきます」
「あああああああ! やめないでくれぇぇっ!」
踵を返して扉から出ようとしたが、その前にアイラが俺の腰にしがみついてきた。
「俺を騙したのか?」
「騙してなんかおらぬ! ギルが勘違いしておっただけじゃ!」
誰もこんなこと思わないだろうが! 仮にも七大魔王のタローマティ軍なのに人が一切いないのは想定できないだろ!
「なら仲間を騙すような魔王を信用できると思うか?」
「うっ……じゃが、勧誘するまでは仲間ではないわけで……」
「そもそもバレた後にやめられると思っていなかったのか?」
「……入った後なら、もう大丈夫かなぁっと思ったんじゃ」
「何だその甘々な考えは。この状態でやめようと思わない奴がいるわけがない」
「……許してくれぇ! ギルがいなければわらわはまた一人になってしまうんじゃぁ!」
今度は泣き落としにかかってきやがった。
まあ、もう夕刻の鐘は鳴っているわけで、もう他の軍に入ることは不可能。
それならこのタローマティ軍が、俺とアイラが成り上がれれば問題ないわけだ。
その可能性があるかを一年くらいで見極めて、無理そうだったら退学して冒険者で稼げばいい。
決してアイラに同情したとかではない。
それに魔王がいるんだからそこそこはいけるだろ。……もしかしてそっちにも問題があるとか?
「分かった、タローマティ軍で頑張らせてもらう」
「ほんとか⁉」
「ただし、これから俺、というよりタローマティ軍で不利になることを隠すのはなしだ。これが約束できるなら、今回の件は水に流そう」
……おい、どうして目をそらす。
えっ……? いや、普通に考えれば一つの魔王軍に誰もいないということは何かしらの問題があるということか。
「……ギル、ゆっくりと話せる場所に移動しよう。そこでわらわのことを話す」
「あぁ」
決心したのか、真っすぐとした瞳でそう言ったアイラ。
仲間になるのだから聞かなければいけないけど、それを聞いて前言を撤回することはしない。
俺とアイラは並んで王の間から出て、居間であろう椅子とテーブル、ソファーや暖炉などくつろげる家具が置かれた場所に入った。
一応アイラは魔王だから椅子に座るのを俺が手伝って座ってもらう。
「ここって紅茶とかないのかな?」
「さてな。あったとしても今は必要ないからギルは前にそこに座るといいぞ」
アイラの正面の席に座り、正面を向く。
アイラはどこか諦めたような、けれど俺に縋っているような瞳でこちらを見ている。
あちらが口を開くまで、何も言わずにただただ待つことにした。こればかりは何か言っても仕方がない。
一分ほど経過して、ようやくアイラは口を開いた。
「ギルは、タローマティ家についてどこまで知っておるのじゃ?」
「七大魔王と七大勇者の名前くらいは知っているけど、何が得意とかどんな性質を持っているかは全く知らないな」
「そうか……ならタローマティ家について話すとしよう」
やっぱり長くなりそうだからお茶くらい入れた方が良かったんじゃないのか?
「タローマティ家は肉体面で恵まれない代わりに、高い魔力と術式構築力、そして魔力性質に『背教』を持つ一族じゃ」
「背教?」
「背教は信じているものを強制的に背かせる力じゃよ。具体的に言えば、仲間と思っているものを敵だと思わせたり、向かう方向を分からなくさせたり、広範囲で使える魔力性質じゃ」
「それは……恐ろしい力だ」
つまり何も信じれなくなるってことだよな? よくそんな奴らを相手にできていたな、勇者たち。
「わらわは、歴代で最高の魔力を持って生まれた」
「それはいいことだな」
「だが、術式構築力が著しく低く、魔力性質も『背教』ではなかった」
「ということは魔力性質は持っているということか?」
「そうじゃ。わらわの魔力性質は『王』」
王!? なんだその選ばれたものが手にいれることができる強そうな性質は!
「強そうな魔力性質だな……」
「そんな大層なものではないぞ。この『王』という性質は仲間がいなければ力を全く発揮しない代物じゃ」
「……王だから、民や家臣がいないとただの人ということか」
「そうじゃ。わらわの魔力性質『王』は心より信頼している者同士がいてこそ力を発揮し、世界の法則すらねじ曲げる王の力を使うことができるとされているのじゃ。……じゃが、わらわにはその仲間が一人もおらぬ」
「タローマティ家とかだったら仲間の一人や二人どころか、数えきれないくらい集まってきても良さそうだが、さっきの勇者とか魔王の一族みたいに」
「その理由が、わらわの軍に全く人がいない理由じゃ」
どんな理由だよ、魔王一族なのに人がいないのは相当な理由だろうな……。予想は呪いだな。
「わらわは、魔力変化も魔力変換もろくに扱うことができぬのじゃ」
「……は?」
……えっ、そんなやつこの世にいるのか?
「さらに言えば、術式構築もできぬ。……まあ魔力変換ができなければ意味はないがな……」
「ほ、本当にできないのか?」
「うむ、今までいくら努力しようが一切その片鱗を見せることはなかったの」
……えっ、つまり今のアイラは、魔力性質『王』を持っているだけの幼女姿の少女ということか? しかもそれすら今は使えない、魔王の肩書きを持ったただの少女。
……そんな少女と、俺一人で他の軍と戦えって言ってんのか? ……無理じゃね?
「魔王は圧倒的な強さとカリスマを有していなければならない。一人で何もできないわらわに、ついてきてくれる魔人などついぞ現れなかった……だから、ギルを仲間にできたことが本当に嬉しかったのじゃ。騙して軍にいれてしまったことはすまないと思っている」
俺に頭を下げて誠心誠意謝罪してくるアイラ。
「こんなわらわでも、ギルについてきてほしいと思っておる。この学園で、いや、この学園を始まりに、わらわの存在を今までの魔王以上に知れ渡らせたいと思っておる! その夢の手伝いをギルにしてほしいと思っておるのじゃが……どうじゃ……?」
……ふぅ、軍に勧誘されただけなのに、とんでもない夢を手伝わせてきやがった。
最初に魔王軍として将来もいい関係を築くと約束したんだ、この軍に入るからにはそれ以上のことをしてもらわないとな。
「そんなんじゃダメだ」
「……なにがダメなのじゃ?」
「そんな将来の夢じゃダメだということだ。やるなら世界征服だろ!」
「うへぇ!? お、おおお、お主は何を言っておるのじゃ!? この平和になった世界でもう一度戦争を起こすつもりか!?」
「そんな志だからダメなんだよ。魔王なら虎視眈々と全世界を支配することと考えていないとダメだろ!」
「……ギル、お主は本当は魔人ではあるまいな?」
「そんなわけあるか。要は、この世界を種族間の抗争をなくすには世界を一つにするしかない。それなら世界征服をして、世界を一つにすればいいだけの話だろ? 飢え死ぬ人たちも救って、誰もが笑顔になる世界を作っても世界征服だ。俺の主になるのなら、これくらいのことはしてもらわないとな」
ちょっとハッタリが過ぎたか?
でも、アイラは呆気にとられていた表情を笑顔を浮かべた。
「あぁ、そうじゃな。わらわは魔王なのじゃから、そんなところでは止まってはおれぬ」
「それでこそ魔王さまだ。これからよろしく頼む、我が魔王」
「うむ、わらわのために動いてくれ、我が半身」
少し忙しそうだが、これくらいのことじゃないとここに来た意味はないよな。