弐
夫に案内されて先程まで居た神殿らしき場所に戻れば、そこはカオスだった。
夫がいる時点で予想はしていたがやはりというか義両親義祖父母が勢ぞろいしており、仁王立ちする我が家の女性陣の後ろには巨大な聖剣を担ぐ義父とそのまわりでオロオロと所在なさげにあたふたしている義祖父が居た。
お義父さんの聖剣は夫との親子喧嘩の時によく見るが……お義母さん、その肩に担いでいるバズーカは一体我が家の何処にあったものですか?四次元空間部屋ですか?
そんな怒れる義母義祖母が前にはあの魂が半分飛びそうなお爺さんと大きな王冠を被っている一目で王様と分かる人が正座しており、その後ろにもずらりと恐らく偉いさん方が同じく正座で項垂れていた。
「良いか異界の者共、我は昔から思っておったのじゃ。其方らは毎回毎回勝手に我の子達を連れ去っておってからに……!其方らの神へと祈りを捧げるのであれば其方らで如何様にせぇ!!我の元から連れ去ろうと言うのであれば、我に伺いを立てるのが礼儀というものであろうが!?聞いておるのか異界の子らよ!!??」
人型姿なのにいつもは仕舞っている筈の九つある狐のしっぽがまるで威嚇をするように広がっておりそれをザワザワとお義祖母さんが揺らした後、ピクリと狐耳を振るわせながらそう彼女が一喝すればお爺さんが「はいぃぃい!!お狐様の仰る通りでございますぅぅう!」と半分抜けている魂のままに叫んだ。大丈夫かあのお爺さん、なんだか燃え尽きて居ないだろうか……?
その様子を引き攣った顔で見ていた私は夫にグイグイ手を引かれて、そっとお義父さん達の後ろ側へと移動する。少し思案した彼が軽く手を振れば、どこからかガーデンテーブルとガーデンチェアが現れたのでそこへ遠慮なく腰掛けた。
再度夫が手を振れば次に現れたのはホカホカな味噌汁にツヤツヤな白米、綺麗に焼かれた焼き魚とお箸な朝食セットだった。心配の種だったお味噌汁の火は、どうやら事前にお義母さんが魔改造したコンロにより吹きこぼれは阻止できたようで私は人知れず安堵の息を小さく吐いた。一口啜るお味噌汁が疲れた体にしみ渡る。
「これは立派な拉致事件です。出るとこ出ても良いんですよ?……あら、この世界にはそういう法律は無いと?では武力行使も全く問題はないですね?可愛い可愛い義娘を助けるためですもの、致し方ないです」
そう言って手に持つ凶器を構え直すお義母さん。「神聖なる儀式により神から使わされたもので、決して拉致などと野蛮な事ではなく……」と小さな声で反論しようとする王様へとカチャリと手にバズーカを向ける彼女と聖剣をグヴィーンと唸らせるお義父さん。隣でそれを見守る夫が「俺の分も残しとけよ」と言うのに「わかっとる」と彼らから一切目を離さずにお義父さんが返答した。遠くからでも分かるほどに顔を蒼白にした王様が「申し訳ないぃぃいい!!」とそのまま素早い動きで土下座する。あ、この世界にもその文化はあるのね。
「ま、まぁまぁ二人共……そんなに怒らなくても、相手さんにも事情があったと思うし……」
そんな一同にオロオロ度が増したお義祖父さんがなんとか諌めようと声を掛けるが、それによりギロリと女性陣から視線だけで人を殺せそうな殺気の篭もったそれを向けられてしまい「ヒィイイ!?」と半泣きの悲鳴を上げた。
「ソナタは黙っておれ」
「お義父さんは黙っていてください」
お義祖母さんとお義母さんにそう言われて「はい、すみません……」としょんぼりと肩を落とすお義祖父さんに、手で合図を送り空いている椅子を勧めた私は暖かいお茶をそっと手渡した。「うぅ……真由美ちゃんだけだよ、僕に優しくしてくれるのは……!」とグズグズ鼻を鳴らしながらお茶を飲むお義祖父さん(75歳)。哀愁漂うその姿を哀れに思ったのか「爺さんは大人しくこれ食ってろ」と夫もそっと彼の好物である沢庵を渡していた。
一通り朝食を平らげた私が目の前の一触即発な雰囲気を醸し出す混沌としたその場を見つつ食後の暖かいお茶を啜っていれば、何故かお義母さんがこちらを見て手を振ったのでそれに首を傾げつつ席を立つ。
お義祖父さんの愚痴を聞いていた夫が「真由美?」と不信げにこちらを見たのでニッコリと微笑みを向ければ、何故か引き攣るその顔。解せぬ。ギロリと睨みつければ、何故か隣にいたお義祖父さんの方が「ヒィッ!?」と小さな悲鳴を上げた。
「なんでこう、この家は女の方が強いんだ……」と呟くお義祖父さんに「それは古来古くからの世界の真理だ」と訳知り顔で答える夫の台詞を背後に、私は満たされた腹に気分が上がりつつ足取り軽くお義母さん達の元へと歩み寄る。
「おぉ、すまぬな我が義孫娘よ」
当初よりは怒気の納まったお義祖母さんがシッポをユラユラと揺らしつつ少し面倒くさそうに軽く首を振った。その後ちらりと視線を正座している一団へと向けて「今後我を崇め讃えるという誓約の元に、ソナタを貸し出すことになった」と事の顛末を簡単に説明された。
お義祖母さん曰く、この世界のあちこちに”悪魔の口”と言われる瘴気を出す場所があるらしく、千年に一度それを封印し直す作業がいるらしい。それを封印するのには神の世界ーー私たちで言うところの異世界ーーから聖なる力を持った乙女を呼び寄せるのだそうだ。今回それにより召喚されたのは言わずもがな私である。
ちなみに結婚しているし初夜も終わっているから乙女と言うのは些かおかしいのでは?という私の質問は今にも火を噴きそうなほどに顔を赤く染めた多分純真な王様が「女子がこんな人前でそんなことを言うものではない!」と言いつつも、この世界の”聖なる乙女”の基準は聖なる力を持った女性だから結婚していようが孫がいるようなしわくちゃなおばあちゃんだろうが関係ないと教えてくれた。乙女とは一体……?
聖女の巡礼と言われるそのあちこちを回る旅に行く事が決まった私は、取り敢えず様子を伺っていたお爺さんによって禊の儀式とやらをする為に別室へと連れていかれたのだった。