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二杯目

作者: 杉谷馬場生

 塩サバと玉子焼きとたくあんを二切れと味噌汁。塩サバには大根おろしを添えて醤油を垂らしている。

それらが今日の昼食である。我ながらバランスはいいと思う。それらを均等におかずにしてご飯を一杯食べ終えた。塩サバをはじめとしたおかずも全て平らげたあと私は「うーん、もう少し食べたい」と独り言を呟いた。

私は茶碗を持って立ち上がり、炊飯器からご飯をもう一杯注ぐと食器棚から別に椀を取り出して冷蔵庫から卵を一つ取り出す。椀に卵をかしゃと割り落とすと醤油を垂らしてまた食卓に戻った。卵を落とした椀に箸を突き立ててかき混ぜ始める。卵かけご飯を食べようと思ったのだ。

カチャカチャと椀が音を立てる。ふと頭を上げるとテレビからワイドショーが流れている。芸能人の不祥事が速報で流れて過去の映像と共にその不祥事の内容をアナウンサーが喋っていた。

「大変だなー」と私はまた独り言を呟いてワイドショーから目を離さず、卵を混ぜ続ける。速報が流れてスタジオのタレント達がそれについて色々言い始めた段になって私は混ぜていた卵に目を落とした。

「あれ?」

腕の中で卵は混ぜられていた。しかし混ざっていたのは白身の方で黄身はまだその形を崩さずに留めていた。箸の攻撃をそのぬるぬるした表面で掻い潜り、そのままの姿を残していたのだ。

「なんとしぶとい奴!」

私は箸を黄身に突き刺すように振り下ろした。しかし黄身は箸の先が表面に触れた途端にまたぬるりと攻撃を避け、箸の先は椀の底にカツンと音をたてた。

私は何度も黄身に箸で攻撃を仕掛けた。しかし黄身は「そんなこっちゃ私は何ともないですぜ」と言うようにのらりくらりと私の攻撃を掻い潜り、まるで何もなかったかのように丸くて深いオレンジ色の形をそのままにしている。崩れ行くのは白身のみである。

私は「チクショウ!」と感情をあらわにして椀の中をカチャカチャとかき混ぜ始める。中で黄身は箸によって上に下に、右に左に移動をするがやはり一向に形を崩す様子はない。まわりの白身は次第に泡立ちはじめ、メレンゲの初期段階になりつつある。その白いぷつぷつとした泡の中で黄身だけが満月のようにその形を湛えている。私はこんなにも箸でかき混ぜているのに黄身はそんな苦労を何も受け止めてくれない。

私は卵かけご飯が食べたいというのに。

二杯目のご飯から出る湯気が幾分かおとなしくなった気がする。私はどれだけ掻き混ぜているのか。そして黄身はどれだけそのぬるぬるの表面でのらりくらりと箸をかわしているのか。

「もういい!」

私は諦めてそのメレンゲに浮いた黄身をそのままご飯に乗せた。第二ラウンドだ。さらにご飯とかき混ぜることで卵かけご飯は完成する。ご飯という固形も加わることで黄身はきっと崩れてくれることだろう。

しかしそれは甘い考えだった。

やはりいくらかき混ぜても黄身は黄身のままである。メレンゲとご飯は混ざっていくものの、その「半液体」となったご飯の中でやはり黄身はのらりくらりと茶碗の中を動き続け、時にご飯の中に沈み、時にご飯の中から「やあ」と顔を覗かせる。

私はもうヤケになってその「メレンゲとご飯を混ぜた黄身だけが残ったもの」を口の中に掻き込むことにした。半液体となった白飯は歯の咀嚼という攻撃を受けたのか受けてないのかわからない様子で自然と喉へと流されて胃の中に入っていく。

そのご飯の中に確かに黄身の感触が舌に感じた。私は最後の攻撃として歯を黄身に当てるが、それは黄身を崩す効果にはならず、むしろ黄身を喉へと促す事になり、その形を留めたまま口の奥へと流れていった。

大きな丸い、柔らかいものが喉を通る感覚があり、私はそれを飲み込んだ。

結局、黄身はその形をそのままにとうとう胃の中にまで到達してしまった。果たして私の食べたものは卵かけご飯なのか、それとも別の食べ物なのかわからない。しかし気持ちは今まで感じたことのない変わった充実感で、戦いを終えたという気持ちで満たされた。黄身はある意味で私の好敵手であった。

しかしここまで苦戦した黄身である。私は一抹の不安を覚える。

果たして黄身は胃の中で無事に私の血肉となってくれるのだろうか。


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