456:節制の塔はだんだん厳しさを増しています!
■アズーリオ・シンフォニア 42歳
■第487期 Aランク【節制の塔】塔主
「ッ! 増援!? 第二陣を……ッ!」
「な、なんだあの魔物は……! 知っている魔物が……!」
「十三体……! その全てが固有魔物だと言うのかッ!」
【節制の塔】へと入ってきた、たった十三体の増援。
それは私たちをさらに混乱させ、困惑させる陣容であった。
まずこのタイミングで増援が来たということは、やはり我々の攻撃陣は全滅したに違いない。
指揮官である眷属が全て斃されたのならそれも当然だろう。
画面に赤い霧さえ見えなくなったあの時、攻撃陣は全て消えたのだと。
アデル側からすれば【赤の塔】の安全が確保されたも同じだ。だからこそ攻撃陣の増援を図った。
敵攻撃陣の空きは三十ほどある。
普通に考えればメイドを指揮官とし直属の配下を引き連れた三十体の一部隊だ。これを増援とするのが常道だろう。
しかしヤツらはこちらの予想を悉く外してきた。
数も十三体だけ。メイドもいなければ、部隊でもない。
せいぜい部隊と呼べるのは天使四体くらいのものだ。おそらくどれもAランク固有魔物だろうが。
他には狼が三体、竜人一体、白いスライムが一体、そこまでは大体どのような魔物か想像がつく。
しかし先頭を進む弓を携えた女性、中央を飛ぶ赤いドレスを着た有翼の女性、雷を纏う馬のような竜のような魔物、これが全く分からん。
見事なまでにバラバラで、それはヤツらの同盟の在り方そのものであるようにも見えた。
足はかなり速い。地上部隊が弓の女性と狼しかいないので当然なのだが、おそらく斥候役と思われる弓の女性がそもそも速いのだ。それに合わせた行軍となっている。
敵攻撃陣の第一陣は現在、十二・十三階層を探索中。
第二陣がこのペースで進めば……十四・十五階層の後半で合流するかもしれん。
足止めをしようにも十一階層までの魔物はほとんど斃されている。
八・九階層で<蒼き鋭刃>を使うことは出来るが、それに合わせて嗾ける魔物が少ない。これではろくに足止めも出来まい。
となれば上層は第二陣が合流するという前提で迎撃を考えなければならん。
「……アズーリオ様、今のうちに第一陣を削っておかねばならないのでは。第二陣が合流すれば固有魔物が二十三体にもなります。それはさすがに厳しいかと」
「局所戦力は多大に増すが部隊としての優位性は失われる。メリット・デメリットどちらも発生するのは間違いない……が、不確定要素が増えるというのは頂けない。私も合流される前に極力削るべきだと思う」
「はい」
「ヘスペロスとビョルンドの部隊を十四・十五階層に上げる。カラドックには適当な魔物を入れ替えるよう眷属伝達をしておこう」
十二・十三階層『神殿広場』では再び<蒼き鋭刃>を使うことを想定していた。
それに合わせて私の眷属である翼人将ヘスペロス(★A)とデルトーニの眷属である雷鷹ビョルンド(★A)も投入。
ビョルンドには<魔導戦車>も使い、風と砲撃で敵攻撃陣に仕掛けるつもりでいたのだ。
そして十四・十五階層は『溶岩神殿』。【赤の塔】のお株を奪うような溶岩だらけの階層となっている。
もちろん【節制の塔】に則した階層ではない。召喚報酬の魔物たちを住まわせるための階層である。
ヤツらもまさか【節制の塔】に溶岩階層があるとは思うまい。意外性による動揺と奇襲を組み合わせて仕掛けるつもりであった。
私の眷属であるレオボルケイノ(★S)、赫騎士カラドック(★A)、そしてゾロアの眷属である嵐鷲アイロネート(★A)が待ち構えており、ゾロアの限定スキル<魔を満たせし霧>も併用する予定だ。
これは【赤の塔】の霧と同じように視界不良とする効果と、味方の魔力を高める効果がある。さすがに真っ赤で何も見えないというのは無理だがそれほど遠くは見渡せなくなる。
視界の悪い溶岩地帯、高火力の遠距離魔法、【赤の塔】にも劣らない火属性の魔物の強襲、それらを嗾け敵攻撃陣を潰すつもりでいたのだ。
だが第二陣が合流する前に可能な限り削るのであれば、一気に殲滅を狙うくらいの陣容が必要だ。
だからこそ私はヘスペロスとビョルンドを『溶岩神殿』に上げた。
単純な戦力増強というだけではない。<魔導戦車>を<蒼き鋭刃>でなく<魔を満たせし霧>と併用しようと思ったのだ。
視界不良の中、超遠距離からの砲撃を受けるとなれば、いかに強い固有魔物であっても無事では済まない。それは今までの戦果が証明している。
これでヨグ=ソトースか総指揮官である海姫ハルフゥを落とせば大戦果だ。
ジータやゼンガー、ウリエルでもいい。強力な局所戦力はここで可能な限り削っておくべきだろう。
そして仮に第二陣が合流し、十八・十九階層にまで進軍される事態となっても恐れることはない。
メイドが来ないというのがほぼ確定しているのだ。
私の<制圧節義>は他の局所戦力に使える。それでまた優位を築くことが出来る。
そうした策を私は皆に説明した。
もう困惑した様子もない。その表情は決意に満ちている。
出来ることをやるしかないのだ。
必ず巻き返せる。必ず勝てる。――私は自分自身にもそう言い聞かせていた。
■シルビア・アイスエッジ 23歳
■第501期 Cランク【六花の塔】塔主
一年と少し前、私は【彩糸の組紐】に加入して初めて同盟戦というものに参加した。
相手は【魔術師】同盟。当時Aランク9位の【魔術師の塔】が率いる格上すぎる強敵だった。
あの時はただ慌て、混乱し続け、何も出来ないまま終わってしまったという感覚がある。
玉座を並べたアデル様も画面に映る同盟の皆も、声を張り上げ、忙しなく指示を出し、正しく命を賭けて戦っていた。
それとは反対に私はただ自分の不甲斐なさを嘆いていただけだ。なんと情けない。
そして今、相手は再びメルセドウ貴族の一派。中立派の集団、【節制】同盟である。
【魔術師】同盟より強い相手には違いない。
しかし皆の様子はあの頃よりも落ち着き、私の目からは頼もしくも見える。
たった一年でベテラン塔主の風格を持てたのか、度重なる塔主戦争で色々と慣れたのか、塔が成長したことによる自信の表れか……いずれにせよ昨年とは比べ物にならない塔主になったのだと、身近にいながら感じていた。
私も昨年に比べかなり落ち着いている。緊張感と冷静さがちょうどいいと思えるほどだ。
相変わらず三軍師の頭脳が大きすぎて驚くことはあるが、それでも何とか理解し、時に口を挟み、塔主戦争に参加しているという実感があった。
【六花】の戦力をちゃんと使って頂けているというのも大きい。もちろん皆と比べれば微々たる戦力ではあるがな。
あの時は四体しか出していないので論外なのだが、それでもペロやシルバは攻撃陣に入れてもらえたし、【赤の塔】の防衛でも各所に私の魔物を配置した上で役目を頂いた。
そこはアデル様の手腕なのだが、私としては塔主戦争に携われている現状を嬉しく思っている。
【赤の塔】の防衛は一応の終結を見た。
固有魔物五体を含む敵攻撃陣二百体を殲滅。配置数制限がある以上、どこかに隠れ潜んでいるということもないだろう。
アデル様は限定スキルによる反撃攻勢も警戒していらっしゃるが、とりあえず【赤の塔】の攻略は阻止したと言えるはずだ。
一方【節制の塔】を攻略中の攻撃陣に目を向ければ、二十体ほどの被害と魔力の消耗はあるものの、順調に攻略出来ていると思う。
十一階層では固有魔物と思われる蟷螂と蛇も斃した。
しかし限定スキルに苦しめられているという印象もある。
塔主戦争を始める前から危惧していたことではあるが、数多く所持している限定スキルをすでにいくつも使ってきている。
【赤の塔】では遠距離・超火力の攻撃を受けたし、【節制の塔】では風を操るようなスキルを使われている。
最終盤ならばともかく、まだ中盤と言えるこの時点ですでに二つの限定スキルを仕掛けてきているのだ。
この分ではあとどれほど使われるものか……【節制】同盟はいくつの限定スキルを持っていて、いくつ塔主戦争で使うつもりなのかと頭を悩ませていた。
そしてその危惧は正しいものだったと、すぐに知ることとなる。
攻撃陣は【節制の塔】十二・十三階層まで進んでいた。
八・九階層と同じような塔構成だが神殿建築が目立つ屋外階層。
まさかまたあの風が使われるのか、そんな予感は見事に当たり、向かい風と竜巻という少し前に見た光景がここでも見られたのだ。
私は眉間に皺が寄っていたのだが、隣に並ぶ皆からはこんな声が出てきた。
「……おかしいですわね。なぜ同じ手を二回も? ここで使うなら八・九階層で使った意味がありませんわよ」
「八・九階層で予習したことを十二・十三階層で活かすだけですしね。現にダメージは減っていますし」
「だ、第二陣が【節制の塔】に来たのなら余計に何とかしそうに思えますけどね……」
「第二陣が来たからではないのか? 本来、十二・十三階層に布陣しておった強敵を上層に上げたのではないかのう。それで風のみの単純な仕掛けになってしまったと」
「ありえるなぁ。であれば上には強いのが固まってるちゅうことか。仕掛けるんなら第二陣が合流する前を狙うはずやし、そうなると十四階層か」
なるほど、そう考えられるのか。非常に勉強になる。
言われてみれば確かに風は強烈だが、魔物が強いわけでもない。
いやもちろんAランクの魔物などは混じっているのだが、指揮官や固有魔物と見られる魔物がいないのだ。
十一階層で固有魔物を二体も出してきて、十二・十三階層で何もいないというのも不自然。だからこそ移動したと考えられる。
警戒は強くなり、十四階層に上がる前には階段下から調査を行った。
そして私たちはその情報に驚かされた。
十四・十五階層は連結階層になっているそうだが、まず全体的に霧がかっているらしい。
<赤き雨の地>のように赤くはないので全く前が見えないということもないらしいのだが、せいぜい10mとか20mとかその程度しか見えないそうだ。
私たちが見る画面でもほとんど見えない。部隊配置は何となく分かるが、誰がどこにいるのかは分からない。
しかもどうやら溶岩階層のようなのだ。それこそ【赤の塔】にあるような、荒野と溶岩川が組み合わさったような地形。
さすがに【赤の塔】を真似たわけではないだろうが、限りなく似ていると言えるだろう。
少なくとも【節制の塔】らしくない塔構成であるのは確かだ。
【女帝の塔】の海階層と同じようにかなりのTPをかけたに違いない。
「【節制】は四年前に【炎獣の塔】という当時Aランクの塔を斃していますわ。おそらくそこの魔物を召喚したのでしょう」
「使いたい固有魔物でもおったんか。ハルフゥのために海階層を創ったシャルちゃんと同じ思考やな。配下の魔物もまるごと【炎獣】の魔物ちゅうことやろ」
「つまりこの階層に関しては対【節制】ではなく対【炎獣】ということじゃな。敵にやられると厄介な事この上ないのう」
「わ、私たちも他人のことは言えないですけどね……召喚報酬の魔物が多いですし……」
自塔の魔物を中心に全体の編成をし、要所や切り札として召喚報酬の魔物を使う。これが正しい魔物の使い方と言えるのかもしれない。
私たちは様々な固有魔物を軒並み召喚するような戦力増強を六塔共に行っているので色々と不都合も出て来るのだが。
一長一短だとは思うがな。実際私たちはこういった戦力増強をしたから強くなったと言える部分も多い。
「いずれにしても火属性の魔物は多いでしょうね。その上、霧に溶岩ですから本当に【赤の塔】と戦っているような感覚になりますけど」
「益々負けるわけにはいかんな。本家はこっちなんやから」
「限定スキルですでに負けておるわ。溶岩と霧があって何も仕掛けてこないわけがないじゃろ」
「その通りですわね。魔物も脅威でしょうがどちらかと言えば限定スキルのほうを何とかしなければなりません。それこそ例の長距離攻撃でもされたら堪りませんわよ」
油断はなかった。私たちも攻撃陣となっている眷属たちにそれぞれ伝達し、警戒を密にするよう注意を促した。
しかし……悪い予感は的中するものだと思い知ったのだ。




