454:節制側が手札をきってきました!
■アデル・ロージット 19歳
■第500期 Bランク【赤の塔】塔主
【赤の塔】五階層『紅蓮洞窟』ではバーンレックス(A)のおかげもあり、敵の情報を入手した上で数を削ることが出来ました。
そして敵攻撃陣は六階層『溶岩地帯』へと足を進めます。
当初のわたくしの計画では五階層までを調査に費やし、六階層から本格的な迎撃に出るつもりでおりました。
しかし例の亜人がスキル無効に加え、魔法も無効と判明したことで予定は大幅に変更。
調査出来ることも限られ、思うように削ることも出来ず、大多数を残したままここまで進まれてしまっております。
失敗もあるが成功もある。総合的に見てやや成功と言えるかもしれない。そのような感覚ですわね。
六階層以降の屋外階層では<赤き雨の地>を常に濃霧状態にしております。
これで本格的な迎撃、大幅な削りを行えれば良かったのですが、残念ながら四階層の時点で<赤き雨の地>は効果がないと判明しました。
雨が付着することによるダメージはもとより、濃霧による視界不良も効かないと思ったほうが良いでしょう。
塔主の見る画面では視界不良となるかもしれませんが……亜人の範囲魔法で周囲の霧が晴れるなら俯瞰視点も見やすくなっているかもしれませんわね。期待はしないでおきましょう。
ただそれでも作戦の大幅な変更はせず、やるべきことをやろうと思っております。
まずは岩場に隠れたハーピィクイーン(B)の部隊による奇襲。多くのハーピィ(D)を使って大量の油瓶を投げさせます。
もちろんシャルロットさんの魔物です。投擲を訓練されたハーピィ部隊を使わせて頂いております。
敵攻撃陣は亜人を中心に布陣しなくてはいけませんし、油に関しても効果があると二階層で調べておりますのでね。それをここで活かそうと。
そもそも油+火という戦術はわたくしの【赤の塔】が一番相性は良いはずですし、それを使わない手はありません。
敵攻撃陣は案の定、油まみれになりました。瓶を防いだところで周囲が油まみれになるだけですからね。やはり油は強いです。
魔法が効かないので火魔法で着火というわけにはいきませんが、ここにもファイアリザード(B)やファイアドレイク(A)を配置しておりますので炎のブレスで代用できます。
周囲の溶岩でも同じことが出来ますね。何なら溶岩の熱だけで着火してもおかしくありません。
ちなみにこの『溶岩地帯』も塔主戦争用にかなり弄っております。
溶岩の量を多くし、通路を溶岩川が遮るような創り。歩きにくく、遠回りをしなければ突破出来ないように変えました。
それこそ水魔法などで溶岩を固めれば真っすぐ進めるとは思いますけれどね。はたしてそんな暇があるものかと。
作戦はかなり上手くいっていたと思います。
多くの魔物が油にまみれ、巨体の蜥蜴の猛攻を防ぎきれず、溶岩に落ちる者もいました。
<赤き雨の地>が効いていないことは明らかでしたが、それでも十分すぎる戦果が出せるだろうとわたくしは思っていたのです。
敵陣の中央で一つ変化が起こりました。
総指揮官である百獣騎バルバロス(★S)がトゲのマンティコアに騎乗。
そのままマンティコアは空へと上がり、亜人の魔法の効果範囲ギリギリまで上ったのです。
そこからファイアドレイク(A)あたりを目がけて突っ込んでくるのかと思ったのですがそうではありません。
さらなる変化――バルバロスとマンティコア、それぞれの両肩に筒状のナニカが突然現れたのです。
装備か何かか分かりません。わたくしたちは皆、頭に疑問符が浮かんでいたと思います。
しかし「ドオン!」という衝撃音で目を見開きました。
四本の筒から発射されたナニカでリザードもドレイクもまとめて吹き飛んだのです。
一撃では終わりません。連続して撃たれたソレで次々に討ち取られていく蜥蜴部隊。それは空からの一方的な虐殺でした。
「なんやあれ……武器か? それとも魔法を撃ち出してるんか?」
「限定スキルかもしれぬ。少なくともわしには武器を取り出すような仕草は見られなかった」
「特殊な武装を施すような限定スキル、ということですか? しかも敵の塔でも使えると?」
「であれば奥の手ですかね……確かに危機的状況ではあったかもしれませんが……まだ六階層ですよ?」
「み、見せても問題ないと判断したのですかね……」
困惑したままではありますが、わたくしも一旦、あれは限定スキルであると結論付けておきます。
そうでも思わなければろくに考えることも出来ませんので。
バルバロスとマンティコアはそのまま両端のハーピィ部隊も狙いました。
岩場に隠れていたので難を逃れたハーピィたちもいましたが、何体かは屠られたでしょう。
あっという間に安全を確保した敵攻撃陣は悠々と進軍……するかと思いましたが、まだ終わってはいませんでした。
バルバロスが視線の先に捉えたのは階層後半に布陣していたリッチ(A)のアンデッド部隊です。
彼らは蜥蜴部隊の後詰めとして配置しており、敵飛行部隊を<闇魔法>の<重力魔法>で溶岩に落とすという役目を担っていたのです。
入口付近にいる敵攻撃陣からはかなり遠い距離。
アタランテの弓矢でも届くかどうかというところでしょう。
だからこそわたくしたちも油断していたのかもしれません。
再び鳴り響く「ドオン!」という轟音は距離など関係ないとばかりにアンデッド部隊に襲い掛かり、しかも的確に部隊の最後尾であるディーゴを撃ち抜いたのです。
「ディーゴ!!!」
ノノアさんの悲痛な叫びが最上階に響きます。それはわたくしたちも同じ気持ち。
届くはずがない。数あるアンデッド部隊の中でディーゴを狙えるわけがない。仮に届いても神聖魔法以外効かないリッチを斃せるはずがないのです。
しかしわたくしたちの画面に見えるのは上半身が消し飛び、光と消えるディーゴの姿――。
バルバロスたちの攻撃は連続し、やがてアンデッド部隊が消滅するまでそれは続きました。
わたくしたちは歯噛みしながらも頭を冷静にと言い聞かせ、状況の分析に時間を費やしたのです。
ノノアさんを慰めるドロシーさんを置いて、わたくしは口を開きました。
「……つまりアレは限定スキルで、魔法でも物理攻撃でもなく、リッチだろうが一撃で斃せる……ということですか」
「ついでに言えば超遠距離でも狙いを外さず、連続して攻撃できる……といったところじゃのう」
「くっ、なんと厄介な……! 限定スキルとはこんなにも……!」
おそらくは【戦車】の限定スキル。眷属に付与するような攻撃型限定スキルと見ておきます。
純粋な攻撃型限定スキルというのは初めて見るかもしれません。
こんなにも厄介なものだとは思いませんでしたわね……。
「エメリーさん、あれをどう見ます?」
「わたくしには球状のナニカが発射されたように見えましたが着弾した瞬間に消えたようにも見えました。おそらくスキルで具現化したものを飛ばしたのだと思われます」
「筒も球もスキルで出しているということですか……」
「盾や壁系魔法で防げるものかも分かりません。加えて言えば破壊力だけで見ればジータ様の攻撃力より上でしょう」
何とも絶望的に聞こえますわね。
限定スキルが反則的なものだとは理解しているつもりでしたがここまでとは……。
ジータ以上の攻撃が遠距離から連発されるというのは悪夢にしか思えませんわ。
「あれを相手とするならばわたくし以外では危険でしょう。ブリングとパルテアのコンビであってもやられかねませんから」
「お主は勝てる見込みがあると?」
「四本の筒の正面に立たなければいいだけです。位置を変えながら近づけば刃も届きますので」
「はぁ……簡単に言うのう。しかしそれしかないというのも分かる」
攻撃の方向さえ分かれば避けられると、そう仰るのですね。
そんな芸当はエメリーさんにしか出来ません。ターニア様やクルックーなら出来るかもしれませんが攻撃陣におりますし、アタランテやパルテアでは危険ということなのでしょう。
ならばエメリーさんをどのような形で当てるか……また作戦変更しなければなりませんわね。
出来れば最後までエメリーさんは動かしたくなかったというのがわたくしの本音です。
皆さんは迎撃に使うか攻撃陣に合流させるか、と考えていたでしょうがね。
どうしてもわたくしたちのいる最上階を最後まで警戒しておきたいと思っていたのです。限定スキル対策として。
しかしそうも言ってられませんわね。
随分と前倒しになりますが敵攻撃陣の殲滅に切り替えましょう。
問題はどこでどうやって仕掛けるか、ですが……皆さんとよく相談しなければいけませんわね。
■アズーリオ・シンフォニア 42歳
■第487期 Aランク【節制の塔】塔主
【赤の塔】六階層では十体の魔物を喪い、それ以外にも多くの魔物がダメージを負った。
油瓶を投げつけるという戦術は塔主戦争で使うなど見た事も聞いた事もない。
言われてみれば極めて単純。そして極めて効果的である。特に火を多用する【赤の塔】で効果的なのは間違いない。
しかしそんな戦術を予測など出来ないし、対抗策を持ち合わせているはずもない。
それもあって部隊は混乱し、バルバロスは<魔導戦車>を使わざるを得なくなったのだろう。
逸早く事態を収拾せねばと、限定スキルを使った。
それは私たちにとっての切り札でもあった。
適度に弱い攻撃陣を編成し油断を誘う。シューディの<結界魔法>を最初から見せてそちらに警戒の目を向けさせる。
そうして隠し続けた限定スキルを、最後の最後に使いたかったのだ。
おそらく最上層で待ち受けているであろう、局所戦力の群れを一方的に斃せるようにと――。
六階層という低層で見せていいものではなかった。計画は大きく崩れたのだ。
だからこそ攻撃陣を七階層へと上げる前に、私たちは作戦会議を行った。
間違いなくヤツらは<魔導戦車>の対策を打ってくるだろうし、そうなればメイドが出張って来る可能性が高い。
バルバロスがマンティコアブレイドに乗って空に上がればその手から逃れることも出来るかもしれないが、連結階層でもなければメイドの攻撃は届くかもしれない。
シューディとてやられては困るのだ。召喚報酬の魔物を喪うわけにはいかん。
従って、メイドを近づけさせることもしたくないし、確実に斃せる手段を持たなければならないということだ。
斃すのは<魔導戦車>でいいだろう。これが我が同盟で一番の破壊力を持つことは間違いない。
<魔導戦車>の砲撃を一撃でも耐えるには竜並みの体力・防御力が必要だ。
いかに規格外の神定英雄であろうとも人には違いないのだ。当たれば死ぬ、それは変わらない。
だがヤツらには【忍耐】の神授宝具の盾がある。
どのような性能かは分からないがメイドがその盾を構えながら突貫してくるという可能性もあるのだ。
その場合に接近を抑える手段に乏しい。
シューディの<結界魔法>だけでは無理だ。シャドウイーター(★A)が察知して接近に気付くことは出来るだろうが、ガングラン(★A)部隊ではおそらく抑えきることが出来ない。
私の眷属に守りの要というべき鎧巨人デュラント(★S)という魔物もいるが当然のように防衛陣として配置している。
今から【赤の塔】に送り込むことも一考の余地ありだが……二階層の狭い洞窟などが厄介だな。はたして通れるものか。
デルトーニのアーマードレイク(★A)も同じだ。攻撃陣とするには不向きすぎる。
「そう考えるとやはりバルバロスとマンティコアブレイド自身が一番抑えられそうに思えるのですが……」
「一番防御力があり機動力もある……確かにそれはそうかもしれません」
「Sランク固有魔物二体でも対抗できないものなのでしょうか。私にはこれ以上ないメイド対策に思えるのですが」
ふむ……確かにそれはそうだ。考えれば考えるほど、バルバロスとマンティコアブレイドの組み合わせが適任に思える。
仮にメイドが仕掛けて来てもバルバロスたちならすぐにやられる心配もない。
天使の回復もあるし、魔法部隊のバフも入るだろう。
一方でメイドはシューディの結界魔法によりスキルなどが封じられる。
その状態であればさすがに……勝てるのではないか?
アデルたちはバルバロスとマンティコアブレイドを脅威と見ているはずだ。何とか対処しなければと早めにメイドを仕掛けさせることもありうる。
もしそこでメイドを斃せば脅威はなくなると思っていいだろう。あれ以上の戦力を抱えているわけがない。
【赤の塔】を半分も上らず、そこで勝敗が決するのだ。
そう考えれば、警戒させつつも進軍させたほうが利は大きいかもしれん。
「……よし、攻撃陣はこのまま進ませよう。しかしバルバロスは常に騎乗させ、シューディとシャドウイーターにはより警戒を強めるよう言っておく。デルトーニ、伝達は任せる」
「ハッ」




