451:敵攻撃陣は【赤の塔】を上っています!
■アズーリオ・シンフォニア 42歳
■第487期 Aランク【節制の塔】塔主
【節制の塔】ではミカエルが敗走し、ヨグ=ソトースという脅威が残っている現状だが、【赤の塔】へと入っている私たちの攻撃陣は順調に攻略を進めている。
一階層ではファイアウルフ(C)や様々な鳥が強襲を仕掛けてきた。
どれも弱い魔物で、その目的が情報収集であることは明らか。
あらゆる属性魔法を放たれ、その中には天使の神聖魔法も混ざっていた。こちらの弱点が知りたいということだろう。
なぜかスライムの群れまで襲ってきたが、それも近づく前に斃した。どういう意図があったのかは分からない。
色が様々だったので何かしらの能力をもったスライムだとは思うが、誰もスライムの種族など分かるはずがないのだ。
ヨグ=ソトースという存在を知った今となっては警戒も必要なのだが、所詮、スライムはスライム。
悪魔部隊の魔法やロイヤルジェスター(A)の攻撃であっけなく殲滅できた。
【世沸者】のスライムは不気味だが、あのヨグ=ソトースが特殊すぎるだけなのかもしれないな。
いずれにせよこれでシューディ(★A)が魔法を無効に出来ると向こうにバレてしまったわけだ。
想定内だから問題はない。敵が永遠に魔法を放ってこないということはありえないのだから。
おそらく敵はシューディに物理攻撃を仕掛けようと目論んでくるだろう。
だが斥候部隊の察知を躱し、前衛部隊の壁をこじ開け、シューディに刃を届かせるのは不可能に近い。
その為に防御主体の攻撃陣にしているのだ。特に壁役と回復役は多くしてある。
その分、攻撃に頼りなさはあるが、もし斃せなさそうな敵が現れたら防御を固めながら退けばいい。
攻撃に特化させた第二陣の到着を待って、そこから再度攻略すればいいのだ。
こちらは最初からそういう作戦を立てている。
とは言え気掛かりなこともある。――【女帝】のメイドだ。
あの神定英雄が【赤の塔】のどこかにいるという事実。これが厄介極まりない。
メイドならば強襲を仕掛け、無理矢理にでも壁を突破し、シューディを斃すことも可能かもしれない。
もちろんその際は防御を固め、退かせるが、それすら許されん可能性もある。
従って、警戒しながらの攻略というのは足も遅くなるのだが……敵攻撃陣に比べればそれでも早いほうだと感じる。
【節制の塔】の塔構成で遅延目的とする箇所が多いのも理由の一つなのだが、明らかに敵攻撃陣の足は遅い。
慎重に探索をしているのは間違いない。そして攻略の早さでこちらに一日の長があるのも事実だ。
私は多少の優位性を感じながら、画面の様子を窺っていた。
攻撃陣は【赤の塔】の二階層へと向かう。ここは『レッドクリスタルの洞窟』だ。
普段はレッドリザードマンの部隊などがいるらしいがもちろん今回の塔主戦争では配置されているわけもない。
代わりに待ち受けていたのはゴーレムの群れ。
アイアンゴーレム(C)、ミスリルゴーレム(B)、最後尾にはクリスタルゴーレム(A)がいた。
それらが狭い洞窟を塞ぐように並んでいたのだ。
明らかな遅延策であった。足を止めようという意図がはっきり見えた。
しかし正面から戦えばこちらの勝ちは揺るがない。いくら攻撃に難があると言ってもたかがゴーレムを相手に後れをとるわけがない。
ここはロイヤルナイト(A)を前面に出しゴーレムへの対処とした。
だがそこからが問題だ。アデルの狙いは足止めだけに留まらなかったのだ。
ぶつかり合うロイヤルナイトとゴーレム。それぞれの部隊で密集された洞窟。
その隙間を縫うように、ゴーレムの足元から次々に魔物が現れたのだ。
アイススネーク(E)、アイスボア(C)といった蛇だ。これがゴーレムの隙間から顔を出し、冷気のブレスを吐いていく。
高ランクで固めたこちらの部隊にダメージが通るわけではないが、周囲は凍り付き、魔物の動きを鈍らせていく様子が画面越しでも分かった。
それを対処しようにも後衛の魔法は狙いが付けられない。
前がロイヤルナイトの部隊で塞がっているのだ。その状態で後衛陣が蛇を狙うことなど出来ない。
とりあえずゴーレムを先に斃すしかない。そう指示を出した直後、今度は天井からスライムが降ってくる。
「またスライムか!」と誰かの声が挙がった。私も全く同感だ。
おそらく天井に穴が空いていたのだろう。攻撃部隊に広く落下したスライムはそれもまた色とりどりで、その正体が状態異常系のスライムであるとここで判明した。
即座に斃せはしたものの毒や麻痺になった魔物もいた。
斬ったら弾けて油を撒き散らすようなスライムもいた。おそらくあれがオイルスライム(E)というやつだろう。長い塔主人生でも見るのは初めての種だった。
状態異常は天使が回復すればいいが、地面も凍り、油を撒かれた状態では戦うのも行軍するのも困難となる。
それでもランク差で押し通すことは出来たが、してやられたという印象は拭えない。言葉には出さないがな。
こちらに斃された魔物はいないが、想定以上にダメージを受けたし、想定以上に魔力を消費した。
弱い魔物を使って戦果を稼ぐ。足止めで時間を潰させる。
アデルの狙いはそういったものだろうが、それにまんまと嵌った格好だ。
若干の苛立ちを隠しながら、私は三階層へと上がる攻撃陣を眺めていた。
【赤の塔】の三階層は『岩石砂漠』。平常時であれば地上には狼、地中には蠍、空には鳥と小悪魔が出るという。
上下左右を警戒しながら進まなくてはいけない階層。侵入者にはよく刺さるだろう。
ただ連結階層ではないため、そこまで空を危険視する必要はない。塔主戦争ならば尚更だ。
さて、ここではどのように仕掛けて来るのかと思っていたが……待ち構えていたのは鳥の群れだった。
一階層は調査目的の雑多な魔物だったが、今回は違う。
ブリーズイーグル(B)に率いられたスパルナ(C)の群れや、フレスベルグ(A)に率いられたコールドコンドル(C)など部隊編成された鳥の群れ。
最後尾には鮮やかな大鳥もいたがおそらく【輝翼】の固有魔物だろう。これが指揮官に違いない。
それらが決して近寄らず、遠目から魔法を放っては退いていくというのを繰り返していた。
引き撃ちだな。削るのが目的と見て間違いない。
しかし魔法が効かないと分かっていてなぜそのような手を使うのかという疑問も残った。
おそらく塔主戦争前にはシューディの能力が分からず、魔法が有効だと思っていたのだろう。
一階層で魔法無効だと知ることは出来たが、配置数制限もあって階層移動も出来ない。
仕方なしに最初から配置していた鳥をそのまま使ったのだと、単純に考えればそういう結論になる。
もしくはシューディに<結界魔法>を乱用させ魔力切れを狙っているのかもしれないが……それは無駄だな。
シューディや他の指揮官にも魔力回復薬は大量に持たせてある。魔力が切れる心配はないのだ。
道中、地面から蠍が襲ってきたり、階層の最後にはレッドワーム(B)が襲ってきたりもしたが、そこは優秀な斥候部隊のおかげで難なく対処できた。
それも含めて、アデルの目論見は全て外れたと見ていいだろう。
鳥は大して削れなかったが三階層は完全にこちらの勝ちだ。
続く四階層、ここは『赤い砂丘』となっている。
行軍のしにくさは今までと比べ物にならないほど。単純に進むだけでも困難となる。
しかしここでアデルが使ってきた策は三階層と全く同じものだった。
鳥の引き撃ち、地面からの強襲、それのみだ。
学習していないはずがない。無意味な攻撃を繰り返すはずがない。
それは分かっているが、どう見ても同じことしかしていないのだ。他に捉えようがない。
「やはり魔力切れが狙いではないでしょうか。こちらに薬が何本あるかなど分からないのですし」
「配置替えが出来ないので対策がとれないのでは? であればあの条文は成功だったと言えるでしょう」
「それにしても不可解だと私は思いますがね。対処しようと思えばメイドを嗾ければいいのですから」
「メイドを動かせない事情があるのでは? それこそ配置数制限であるとか」
鳥の数まで細かく数えられないので三・四階層に二百体の魔物がいたかは分からない。
それに近い数がいたのは間違いないが、仮に二百体で埋まっていてもメイド一人を投入するくらいなら交換するのも訳ないだろうとは思う。
とりあえず被害は出ていないし、足を止められているわけでもない。
【節制の塔】を上る敵攻撃陣よりもペースが速いのは確かだ。
私は不可解に思いながらも、五階層へと上る攻撃陣を見送った。
五階層は『溶岩洞窟』だ。ここが難所の一つと見ている。
狭く熱い洞窟は通路の端に溶岩が流れ、その地形の悪さは【赤の塔】の中でも群を抜いている。
罠の少ない【赤の塔】でもこの階層は別だ。多くの罠があると情報を得ている。
普通の罠であれば問題はない。こちらにはシャドウイーター(★A)とロイヤルジェスター(A)の斥候部隊がある。
しかし所謂<罠察知>殺しとなると話は別だ。
私の塔でも使っているような、スイッチを踏む必要のない罠であったり、定期的に炎が出るようなタイプの罠。
それがこの狭い洞窟で仕掛けられていると少々厄介に感じる。
とは言えこちらの攻撃陣はほとんどが人型で揃えたこともあって、洞窟であっても行軍しやすいのは間違いない。
強いて言えばマンティコアブライド(★S)のマンティコア部隊か。
それも低空を飛行するように進むからまず問題はないと思うのだが……。
と、危惧していたら案の定、アデルは色々と仕掛けてきた。
これまでの三・四階層が何だったのかというような攻勢を見せてきたのだ。
最初は「またゴーレムで道を塞がれているかも」と思っていたのだが、少し変えてきたらしい。
道中に『押し出す壁』を使った罠があった。右側の壁が迫って来て左側の溶岩川に突き落とすという<危険察知>が働かないようなタイプの罠だ。
本来なら侵入者がスイッチを踏まなければ可動しないであろうその罠を、魔物の群れを利用して無理矢理に稼働させてきたのだ。
最初に現れたのは通路を塞ぐファイアジャイアント(C)の群れ。
その後ろにはファイアリザード(B)、バーンレックス(A)、ファイアドレイク(A)などもいる。
どれも明らかに洞窟に不釣り合いな巨躯の魔物ばかりが群れている。他の階層から移動させたに違いない。
こちらはゴーレムの時と同じように対処しようと思ったが、敵の魔物がスイッチを踏むことで『押し出す壁』の対処も同時に迫られる事態になった。
溶岩に突き落とすように迫る壁。前からは耐久力のある魔物ばかり。
敵の魔物が壁に押し出されても問題はない。溶岩に落ちたところで火属性の魔物は大したダメージも受けないのだから。
しかしこちらは違う。溶岩に落とされればただでは済まない。
悪魔部隊、天貴精(A)、ルサールカ(A)は水魔法を使い、敵部隊への攻撃と同時に溶岩を冷やそうと躍起になっていた。
だがリザードやドレイクのブレスで溶岩はすぐに熱さを取り戻す。
そうこうしているうちにロイヤルナイト(A)は溶岩に落とされていく。
ジュウジュウという嫌な音は明らかなダメージの証だ。天使部隊が回復に回るがそれで溶岩が消えるわけではない。
巨躯の魔物の物量、絶え間ない炎のブレス、押し出す壁、それらが一気に襲って来るのだ。
これではAランク魔物であっても被害は免れない。
溶岩に落ちても生き残るロイヤルナイトもいた。回復を受け、通路に戻り、敵に攻撃を仕掛けることで『押し出す壁』を回避した者たちだ。
そこまで行ければランク差で押し通すことも出来たが、二階層と同じようにはいかない。苦戦には違いなかった。
全ての魔物を斃し終えた時、こちらはロイヤルナイト(A)七体、ロイヤルジェスター(A)五体、ライカンスロープ(B)四体を喪っていた。
他のロイヤルナイトも鎧が焦げていたり、回復しきれていない者もいる。
魔法部隊の魔力もかなり使ってしまった。これは薬で回復するのだが。
いずれにしても、ここへ来てかなりの被害を受けたと言えるだろう。
十六体分の空き……私はそれを埋めるべきかしばらく悩んでいた。




