432:レイチェルさんに相談します!
■レイチェル・サンデボン 71歳
■第450期 Sランク【世界の塔】塔主
「なるほど、随分と慌ただしいですね。相変わらず貴女たちは」
「すみません、色々とご心配をお掛けいたします……」
Bランクに上がった時には「これで嫌でも塔運営に注力するし塔主戦争など当分出来ないに違いない」と思っていたのですがね。
私もここまで戦い続ける人は初めて見ます。
さすがに慣れた反面、溜息の一つも吐きたくなりますよ。
塔が全く出来上がっていない状態で「鳥と水棲魔物が欲しい」と【轟雷】同盟を斃し、「斥候系の固有魔物が欲しい」と【影の塔】と戦い、ちょっと落ち着いてきたと思ったら【白雷の塔】【正義の塔】と連戦。
おかげで【聖】同盟との確執も増してきて、追い打ちをかけるようにメルセドウ王国では内乱の気配。
それに乗じて【節制】同盟との戦いも本格的に見えてきたと思ったら、横やりのようにラッツェリア公国の【空城】同盟との戦いになった……ということだそうです。
依然として【節制】同盟、【聖】同盟との戦いが目前に迫っている印象。
つまりはこれからも休む暇はなく、戦い続けることがすでに決まっているということです。
これで『戦闘狂ではない』のですから余計に困ったものです。
ただの戦闘狂ならば私もとっくに諦めているのですがね。
諫めることで反省もしているようなのですが、それでも戦いから身を離すことが出来ないようなのです。
それは本人の気質や、周囲の状況など諸々が絡んでのことなのですが、まるで延々と戦い続けることを強要されているようにも思えますね。
そんな事が出来るのはあの御方しかいませんので……内心でご愁傷さまと言うしかありません。
出来ることならば私も何とかしてあげたいものですが、非才の身ではどうにも出来ませんから。
なぜシャルロットさんなのですかね。
【女帝の塔】を授けたのも、エメリーさんを喚んだのも、500期に【赤】【忍耐】【輝翼】を並べたのも恐らく思惑があってのことだと思いますが、それでもシャルロットさんを選んだ理由が分かりません。
単に「塔主としての素養がある」とか「独自の価値観を持っている」とか「他人を惹きつける才能がある」とか、そういうことではないでしょう。
それならばアデルさんも該当しますし、他の期にも多少はおりますから。
先代【女帝】のエルレットも非常に似た人柄でしたが、ここまで塔主戦争に傾倒することはありませんでした。
一体、シャルロットさんに何を見出し、何を期待しているのでしょう……。
五十年も塔主をやっているのに未だバベルの闇は深く、私の目では見通すことが出来ません。困ったものです。
「それで具体的にはどういった状況なのです? もちろん話せる範囲で構いませんが」
「はい。【聖】同盟のほうからは塔主戦争申請が来始めました。まだ条文も定型文のままで様子見という感じですが」
「とりあえずの意思表示ということですね。それならば結構です」
「ただバベリオの創界教会付近からフゥ……フッツィルさんの噂が流れ始めていまして――」
フッツィルさんがエルフであり、特殊能力によって諜報めいた真似を行っているという噂が流れているようです。
私はセラの<人物鑑定>でフッツィルさんがエルフだと分かっておりましたがね。
しかし『諜報めいた真似』というのが気になります。少なくともスキルではないでしょう。
エルフだから持っている特殊能力というわけでもないでしょうし……。
もし本当に持っているなら、これまで同盟が勝利を続けてきた背景にフッツィルさんが大きく関わっているのは確実でしょう。
だからこそフッツィルさんご自身でも、同盟としても正体を隠してきたのかもしれません。
その噂を聞きつけてシャルロットさんたちがどう出るのかと気になりましたが、どうやらすでに街中を出歩いたようです。
自分たちからオープンにしたのですね。そこまで重要な秘め事ではないとアピールしたわけです。
市井の情報操作という意味では良い手なのではないでしょうか。
そして噂を流した張本人が誰かと言う話ですが、シャルロットさんは【聖】同盟を疑っているようです。噂の出元が創界教会だからと。
私は【節制】同盟だと思いますがね。
どちらにしても警戒が必要な相手であり、警戒が必要な時期でもありますので、私から特に言うことはありません。
【聖】同盟であろうが【節制】同盟であろうが、情報は知られていると見ておくべきです。油断はなりませんから。
それで塔主戦争に対して足踏みでもしてくれればいいのですがね……それは高望みですか。
例え諜報されていてもシャルロットさんたちは止まって下さらないでしょう。
であれば余計に警戒を強めていてもらったほうがまだマシです。
「それとメルセドウの動きですが、依然としてアデルさんもよく分かっていないのです。珍しいことに」
「中立派粛清の噂だけが流れ、そこで止まっているということですか。それは不可解ですね」
「中立派筆頭のスーロン侯爵が【節制】同盟を動かしたのと、ラッツェリア公国に話を持ちこんだのは予想がついているのですが」
「だからこそ【節制】同盟から申請が来て、【空城】同盟と戦うはめになった、ということですね」
一年前の貴族派粛清――【魔術師】同盟と戦った際は、アデルさんとメルセドウの間でかなり頻繁に情報交換が行われていたと聞いています。
それに比べると今回の中立派粛清は明らかに鈍い。
アデルさんで分からないということは【節制】も分かっていない可能性が高いですね。
単純に考えれば情報封鎖されているか、中立派粛清の噂自体が罠であったか……というところですか。
しかし【節制】同盟からすれば真偽が分からなくとも仕掛けないわけにはいきません。
座しているだけでは死ぬだけです。火中であっても飛び込まなくてはいけないでしょう。
一方でアデルさんからすれば座していても問題はないはずですが……機を逃すとは思えませんね。叩ける時に叩くべきと思うはずです。
そしてそれはアデルさんに限らず、同盟全体の意思でもあるはずです。
戦いに関して過剰なほどに協力的になるのはこの同盟の良いところでもあり悪いところでもあるのですから。
「いずれにせよ【節制】同盟とは近々戦う未来になるということですね。まったく……私はせめて数年後と思っていましたよ」
「私もせめて一年後と思っていたのですが……。レイチェル様から見ても今戦うのは無謀でしょうか?」
「いくつかの点で有利なところもあります。しかし不透明な部分が多すぎるのと、確実に負けている部分もありますので、総合的に見れば不利だと言えるでしょう。少なくとも私がアデルさんの立場であれば絶対に申請は受けません」
「そうですよね……」
最も重要なのは不透明な部分……つまり限定スキルですね。神授宝具も怖いのですが限定スキルに比べればだいぶマシですから。
【節制】同盟は四塔合計で、少なくとも六個の限定スキルを所持しているでしょう。
全てが塔主戦争で使えるものだとは思いませんが、最低でも二~三個は塔主戦争で使ってくるはずです。
私でしたらその時点で戦いたくはないですね。
それは私が誰よりも限定スキルを警戒しているからというのもあるのですが、客観的に見てもシャルロットさんたちが苦戦するのは目に見えています。
それを承知で申請を受ける塔主など普通はおりません。
君子危うきに近寄らず。高ランクの塔主など誰もがその考えでいるのですよ。
あとは絶対的な戦力差ですね。
【女帝の塔】の戦力が【節制の塔】に迫っているのは大体予想がつきますが、現段階で抜かしているとは思いません。
総数や高ランク魔物の数で言えば【節制】同盟に分がある。
数は力、それは戦いにおける常識です。それを考慮すれば、やはり戦うのは時期尚早だと言えるでしょう。
ただ現段階で勝っているところもあります。
エメリーさんを始めとする局所的な戦闘力であったり、魔物の多様性であったりといったところなのですが、私が一番″有利″だと思っているのはアデルさん、ドロシーさん、フッツィルさんの三名ですね。
頭が切れる者が三名もいる。これは【節制】同盟より確実に勝っています。
【節制】のアズーリオも相当な切れ者です。それは私がよく分かっています。
しかしそれに勝るとも劣らない切れ者が三名も固まっているというのが非常に大きい。
今回は特に、ですがね。
メルセドウの一件で窮地に立たされているのはアズーリオの方です。
ならば自慢の策も時間的制約を受けてろくに練ることも出来ませんし、危機感や焦燥感といったもので頭が働かなくなることもありえます。
一方でシャルロットさんたちには余裕がありますし、三名が協議することでアズーリオの策を上回ることも出来るでしょう。
同盟戦で重要なのは事前に決める条文です。ここで勝敗が決まると言っても過言ではありません。
条文のやりとりは思考の読みあい、騙し合い。
そこでアデルさんたちがアズーリオを上回れば、勝ちは見えてくるかもしれません。
例え限定スキルをいくつ持たれていても、です。
まぁシャルロットさんに希望を持たせたくはないので黙っておきますがね。
ここで私が優位性を言ってしまうと「じゃあ戦っても大丈夫か」と思われてしまいそうですし自重しておきます。
応援はしますけれど慢心させてはいけません。
誰かが諫めなければならないのですよ、この娘たちの場合は。そしてそれは年寄りの役目なのです。
「ただやめろと言ってもやるのでしょう? 私もさすがに慣れてきましたよ」
「はは……そうですね。【聖】同盟は無理ですけれど【節制】同盟とは戦うことになると思います」
「その為に何か準備などはしているのですか?」
「塔主総会次第のところもありますが、私としては【空城】同盟戦から見えた課題の修正ということで、同盟全体を部隊化しようかとクイーンたちと話していました。同盟の戦力が集まるとごちゃごちゃしすぎるのが気になったので」
なるほど。局所戦力の集合体とも言えるシャルロットさんの同盟は、個体や小隊の強さがウリのはずです。
しかしそれを大隊とした場合、バラバラになってしまうというわけですね。
気持ちはよく分かります。
そしてそれは高ランクの塔になればなるほど悩まされる問題でもあります。
強力な局所戦力、固有魔物を優先して召喚してしまうと全体で見た時にちぐはぐになってしまうのです。
一見強くは見えるのですが大隊とした時にその強さが発揮出来ないのですよね。
ですから多くの塔は自塔で召喚できる配下を基準に考えます。
固有魔物という個の強さより、全体のバランスであったり、補充のしやすさを重視するので、結果としてそれほど固有魔物を召喚していないという塔が多くなるのです。
塔の創り方としてはそれが正着なのですよ。本来は。
塔の個性に沿わない固有魔物を召喚するのは、それこそAランク最上位やSランクの塔などでやっと解禁される考え方。
それだけの余裕を持てますからね。TPも、配置場所も、配下戦力も。
シャルロットさんの戦力を全て知っているわけではありませんが、おそらくはそのような召喚を今まで行ってきているのでしょう。
多少ちぐはぐであってもエメリーさんがいればまとまってしまいますからね。それに気付かずに甘えていた部分もありそうです。
そしてその考えは同盟全体にも広まってしまった。
優先して戦力を増やしているのが筆頭のシャルロットさんなのですから、それを真似しようとするのは必然です。
結果、同盟全体が固有魔物を優先して召喚するような戦力増強の仕方になってしまっている、のだと思います。
一概に間違いとも言えないのですがね。十分に強みと言えるわけですし。
あくまで現時点で正着とは言えないと、ただそれだけです。
単体の塔で見た場合、同じような戦力増強をしている最たる例が私の【世界の塔】でしょう。
魔物の数とバリエーションの多さは群を抜いていると思います。まぁそれが塔の特性でもあるのですが。
私の戦力の、規模を小さくした状態が今のシャルロットさんたちの戦力と同じ感じですかね。
であればその苦労は私にも少しは分かります。
「つまり大隊、中隊、小隊と分ける形ですか。そしてそれぞれに指揮官を」
「大体そのような感じになるかと」
それは賛成ですね。私の軍もまさしくそのような形なので。
ただそうなると指揮官が非常に重要になってきます。
大隊長、中隊長、小隊長、それぞれに適した魔物がいなければ軍は成り立ちません。
「エメリーさんが大隊長ということですか」
「いえ、エメリーは中隊長……になるのですかね、そのあたりと考えています」
「では【英雄】ジータですか?」
「いえ、ジータさんは中隊長か小隊長ですね。総指揮官は海姫ハルフゥと考えています」
はぁ~、なるほど、そう来ましたか。それは意外ですね。
同盟の部隊全てを束ねる総指揮官、大隊長は全ての魔物に影響力がある者……つまり神定英雄が適任です。塔主に一番近い存在ですから。
エメリーさんもジータさんも総指揮官となれる素質はあるはず。
しかしシャルロットさんは指揮よりも武力を優先させたわけですね。本陣で指揮をとらせているだけでは勿体ないと。
小隊や中隊の指揮であれば、自らが戦うことも両立出来る。
その中でもエメリーさんは指揮重視、ジータさんは武力重視としているのでしょう。
そして代わりの総指揮官に海姫ハルフゥですか……その魔物については召喚した直後から相談を受けていたので知ってはいましたが、まさか同盟全体の総指揮を任せられるまでに成長しているとは思いませんでした。
私の塔で言えば【海王ポセイドン】は中隊長ですからね。軍全体を指揮するなどとても出来ません。
【女帝の塔】に沿わない海の魔物をよく召喚しましたし、よく育て、よく運用できたものです。まぁ育てたのはエメリーさんかもしれませんが。
シャルロットさんにしてもエメリーさんとハルフゥを絶対的に信じていなければ育てることも運用することも出来なかったでしょう。
やはりシャルロットさんの感性は他の塔主とは一線を画しますね。
「エメリーさん、ハルフゥさんはそれで大丈夫そうですか?」
「おそらくは問題ないと思います。わたくしもフォローしますし、塔主の皆様の眷属伝達もあります。塔主六名のまとまりがあれば部隊が乱れることはありません」
「それもそうですね。ではシャルロットさんたちの仲の良さが重要になってくるわけですね」
「ハハ……責任重大ですけど、しかしそこは私たちの得意分野でもあるので連携はしっかりとれると思います」
ならば大丈夫そうですね。
稀有な同盟の在り方がここでも活きてくるというわけですか。
常識外が重なり過ぎて見ているこちらは疲れるのですがね……今に始まったことでもないですが。
とにかくそれならば私も少しは希望が見えてきました。
絶対的に不安な部分も残っているのですが、多少は前向きに考えておきましょう。




