269:嬉しくない出会いもありそうです!
十四章開幕。
■ジータ・デロイト
■【赤の塔】塔主アデルの神定英雄
「なんなんだお前は。狙って来てるんじゃねえだろうな」
「てめえと戦いてえって意味なら狙ってるぜ? まぁ今日ここに来たのは偶然だがな。ハハハッ!」
前とは来るタイミングをずらしたつもりなんだけどな……ドナテアの店には案の定ジグルドがいた。
ダグラがいないだけマシかもしれねえが、それでもガッカリはするもんだ。
俺は女と飲み食いしてえんだよ。むさい男はお呼びじゃねえ。
だが会っちまったら絡んでくるのがこの男。
勝手に俺の席へとやってきて隣で飲み始めた。空気を読めと言いたい。
「んで、どうよ? Bランクの塔の出来は」
「何とも言えねえな。通常営業は問題ねえと思うぜ」
「だが完成形にはほど遠いってトコか。早くに塔主戦争できるくらい整えてもらえねえと俺と戦えねえんだが?」
「アホか。整えたって【火】とはやらねえよ」
こいつは相変わらず戦闘狂だな。
仮に主の思い描く″Bランクの塔″を創り上げたところでAランク8位の【火の塔】とやるわけねえだろうが。
俺がやる気だったとしても主が止めるはずだ。
主の場合、無茶なことはやっても計算した上での無茶だからな。【火】を相手に勝算を得られるとは思えねえ。
「まあそんなもんだろうとは思ってたけどな。Bランクの塔なんて何年もかけてじっくり創るもんだからよ」
「【火】はどうだったんだ? Bランクに上がった時は」
「うちはウィリアムのヤツが優秀だからな。クソ真面目っつーか頭がキレるっつーか。ランクアップの半年後にはBランクにアジャストしてたと思うぜ」
「さすがだな。ウィリアム・エバートン」
【火】のウィリアムは元々Bランクの冒険者だったはずだ。斥候職の。
つまり、貴族でもねえし金持ちでもねえ。Bランクってことは大して強くもねえだろう。
なのに六元素の塔に選ばれ、神定英雄を賜り、この戦闘狂を制御しつつAランクにまで上り詰めている。これはとんでもないことだ。その事実だけでも塔主が有能という証拠に違いない。
うちの主には劣ると思うんだけどな。
あれほど頭のキレるヤツは見た事ないし、年中頭を使って色々と計算してるのに、行くべきと感じたならば炎の中にも足を踏み入れる度胸がある。
ここら辺のバランス感覚が俺に言わせりゃバケモンなんだよな。
同盟の嬢ちゃんたちに感化されている部分もある。
特にシャルロットの嬢ちゃんなんか向こう見ずに突っ走る時があるからな。
エメリーの姉ちゃんは塔主全肯定で手綱を握るタイプじゃねえし、結局は好きに走らせちまう。
それを主や同盟連中が止めたり、シャルロットの嬢ちゃんの勢いに飲まれたり……ってのがあの同盟だ。
【女帝】ってのは恐ろしいもんだよ。やっぱ資質で選ばれたとしか思えねえ。
俺はうちの主が一番優秀だと思っちゃいるが、シャルロットの嬢ちゃんはそもそも比べる土俵が違うんだよな。
ある意味で一番バベルの塔主らしくない塔主だと思う。
一方でうちの主はバベルの塔主らしい塔主だと。その中じゃ一番優秀だと。そんな感じだ。
ジグルドから「Bランクの塔とは何ぞや」といった講釈めいた愚痴を聞いていた時、店の入り口に気配を感じた。
俺とジグルドはそろってそっちを見ると――「チッ」とジグルドは舌打ちをした。
「おやおや、高名な神定英雄が二人もお揃いとは。たまには来てみるものですね」
「うるせえよ。こっち来んな。別の席で飲んでろ」
「まあまあいいじゃありませんか。ああ、そうそう【赤の塔】のBランクおめでとうございます、【英雄】ジータ」
笑顔が張り付いたような糸目の美丈夫が機嫌良さそうに近づいてきた。
こいつは……たしかイシュア・コルディだな。
Aランク10位【凍風の塔】の塔主に違いない。
何が「高ランクの塔のヤツはそんなに来ない」だよ。俺が来るたびに誰かしらいるじゃねえか。
相変わらず【暴食】のピロリアも隅の席でバカ食いしてるし……どうなってんだよ、この店は。
そんな心の叫びを無視するようにイシュアは勝手に俺の隣に座り、注文し始めた。
こいつといいジグルドといいダグラといい、なんでこう身勝手なヤツばかりなんだ。空気を読めよホントに。
「いやいやこれも何かの縁ですねえ。ジグルドさんは以前にもお会いしましたがまさかジータさんがいらっしゃるとは思いませんでしたよ」
「俺のほうこそ知らなかったがな。Aランクの塔主様が来るだなんてよ」
「ピロリアさんがいるのにAランク塔主だから来ちゃいけないなんてないでしょう? まぁ滅多に来ませんけれどね、私は」
どうやら来ても半年に一度とかそんなもんらしい。
ジグルドは週に一~二回、ピロリアはほぼ毎日来ているそうだから稀には違いないのか。
俺だって月に一度とかそんなもんなのに、何も今日来なくてもいいのにな……。
「ああそうだ。ジータさんにはお礼もしたかったんですよ」
「礼?」
「ええ、【魔術師】を斃して下さいましたからね。おかげで私も初めてトップ10に入ることができました。アデルさんや同盟の皆さんにもよろしくお伝え下さい」
ランキング9位の【魔術師】が消えたからその分繰り上がったってことか。
ランキングとか気にするタイプなのか、こいつは。そうは見えんが。
「どうせならもうちょっと上のをまとめて潰して頂けるとありがたいのですがね。某二十神秘とか某六元素とか某五竜王とか」
「てめえ、こっちの申請を何度も拒否してるくせに何言ってやがんだ。喧嘩なら買うぞ」
「はははっ、嫌ですねぇ。私は【火の塔】とは言っていませんよ。【聖】とかあるじゃないですか」
【凍風】より上には二十神秘が【世界】と【悪魔】、六元素が【聖】【火】、五竜王の【竜鱗】がいる。
まぁイシュアが言ってんのはすぐ上の【悪魔】【火】【竜鱗】だろうな。
「やるわけねえだろうが。こちとらBランクに上がったばっかの二年目だぞ。自殺する趣味はねえんだよ」
「ならば私のところはどうです? 【魔術師】より弱いですし。よろしければ帰って申請しておきますが」
「ざけんな。だったら【火】とでも遊んでろよ」
「ほうら、ジータもそう言ってるぜ? 大人しく俺んトコと勝負すりゃいいんだよ」
「残念ですねえ。【火】と戦う気はないのですが【赤】ならば面白そうでしたのに」
ったく食えねえヤツだな。高ランクは変なヤツしかいねえのか?
【凍風の塔】は『寒冷の塔』の中でも現状最上位。火属性の多い【赤の塔】じゃ相性が悪すぎる。
こっちからすりゃ【魔術師】以上に戦いたくねえ相手だ。
でも【火の塔】からすりゃ狙いたいんだろうな。相反属性は戦力差がモロに出る。
【凍風】より勝っていると確信してるからこそウィリアムも申請しているはずだ。
逆にイシュアは【火の塔】には負けて【赤の塔】になら勝てると確信していると。
「それでどうです? Bランクの居心地は。住み慣れましたか?」
「苦戦してるらしいぜ~? いくら新進気鋭の【赤の塔】様でもよぉ」
「お前は黙ってろ、ジグルド」
「ははっ、まぁそうですよね。ランクアップ直後なんてどこも同じようなものですし。特にBやAに上がる時はね」
「なんだ、【凍風】もそうだったのか?」
「当たり前ですよ。私なんてしがない既存の塔ですし由緒正しき名塔ってわけじゃないんですから。私がBランクに上がった時などは――」
■ファモン・アズール 35歳
■第493期 Bランク【轟雷の塔】塔主
幸運だったな。まさかあの店に【英雄】ジータと【竜狩り】ジグルド、それに【凍風】まで集まるだなんて。
ジータとジグルドは以前にも会っていたが【凍風】があの店の常連だとは知らなかった。稀だとは言っていたがな。
それでも飲みに来ただけでなく集まって会話をしてくれたことが幸運に違いない。
バラバラの席でそれぞれ飲んでいたら会話など拾えないのだからな。
今回の会話の内容はどれも価値のあるものだった。
【火】が【凍風】を狙っているだとか、【凍風】はそれを受ける気がないとか、それでも【凍風】はランキング上位を狙っているとか。
【凍風】の性格が垣間見えただけでも収穫に違いない。
それと【赤の塔】の現状が多少なりとも知れたことが大きい。
私と同じくBランクに上がったばかりの塔……しかも才能溢れる若き同盟【彩糸の組紐】の二番手だ。
【女帝】とどちらが一番手かというのは難しいところだがランキングで見る分には二番手、ということにしておこう。
いずれにしても【赤の塔】が類稀なる才と価値を持つ塔には変わりない。
それがランクアップ後、Bランクの塔としてアジャストするのに苦労しているという。
Bランクへの順応に関して【凍風】は一年、【火】は半年かかったそうだ。それでも早い方と言っていたが。
おそらく【赤】のアデルの才を持ってしても半年近くはかかると見て間違いない。
【女帝】も同じようなものだろう。下手すれば【赤】以上に順応には時間がかかるかもしれない。
となれば、ますます【彩糸の組紐】が狙い目なのかもしれん。今は特に。
六塔のどこか一つでも斃せれば名声を得て、塔の価値は格段に高まる。
もしそれが【女帝】や【赤】であろうものなら……どれだけの集客効果を生むか想像もつかん。
やはりCランクの頃からずっと計算しておいて正解だったな。
私は【轟雷の塔】がBランクに上がったならばどうしようかと常日頃から考え、計算していたのだ。
現状の把握と将来の展望――それは商人としての気質のようなものだろう。その癖が活きたと言える。
おかげでBランクの塔への順応はすでに済んだ。
侵入者の対応に悩んだ時期もあるがそこはもう乗り越えている。情報の修正は終わっているのだ。
それはつまり【女帝】や【赤】より一歩リードしていることに他ならない。
いずれは今までの勢いそのままに私の前を走り抜けるのだろうが、今ならばまだ……。
とは言え、仕掛けるには危険すぎるか。
一番の狙い所ではあるが、一番戦いたくない相手でもある。
一先ずはカラーダイス殿とドミノ殿に相談しつつ、また試算してみよう。
この章はバトルですね。
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