202:シルビアさんはもがいているようです!
■シルビア・アイスエッジ 22歳
■第501期 Eランク【六花の塔】塔主
【六花の塔】の人気は相変わらず衰える気配がない。
【浄炎の塔】が消え、私が【彩糸の組紐】に加入して以降、嬉しい悲鳴が続いている。
それの対処については同盟の方々と相談しつつ、私なりにも考えて日々実践しているつもりではあるが、おそらく最良とは程遠く、考察・検証・実践の繰り返しとなっている。
それは正しく塔主の姿なのだろう。
しかし焦っているのも確かだ。早く満点の回答に辿り着きたいと。
このままでは皆さんの足を引っ張り続け、追いつきたくても逆に離されるのではないかという焦燥感に苛まれているのだ。
『わ、分かります。私なんかず~~っと思ってますし、もう今後ずっと思っていくんだろうなぁなんて考えているほどですから』
「そうですか……ノノア殿も」
『で、でも仕方ないかなとも思うんです。ただでさえランクが高い方がTP稼ぎには向いていますし、それに加えて皆さん天才ばかりですし……』
そんな話をノノア殿とは時々する。
私から見ればノノア殿も十分天才なのだがな。ご本人はいつも謙遜する。
ランクによるTP稼ぎの差というのは、仮に同じ侵入者数、同じTP取得効率とした場合、高ランクの侵入者の方がTP取得量が多いという話だろう。
Cランクの四塔と【世沸者の塔】も【六花の塔】も侵入者数で見れば大差ないと仰っているのだとも思う。
実際、数だけで見れば【女帝】や【赤】以上に入っているかもしれない。今の【六花の塔】は。
それでTPを稼げないとなれば取得効率が悪いか、侵入者のランクが低いが故か。そしてノノア殿は後者だろうと仰っているわけだ。
謙遜する性格と【六花の塔】がアデル様監修によるものだからというのもあるのだろうな。それで効率が悪いわけがないだろうと。
だが私は監修して頂いた塔構成を再現・応用する能力が低いのだと思っている。つまりTP取得効率を低くしているのは私だと。
だからこそ日々修正し、考察・検証・実践しているというわけだ。
納得のいく回答はまだ出ない。
焦っている原因はそうした侵入者増と同盟内での立場もそうなのだが、例の『貴族派関連』によるところも大きい。
私は私で実家と手紙のやりとりをしているわけだが、そちらからは大した情報は上がって来ない。
現状で逸早く情報を入手しているのはやはりアデル様だ。
アデル様曰く、メルセドウにおけるゼノーティア公を追い込む為の動きというのは日に日に活発化しているらしい。
もちろん秘密裡に事を運んでいるのだろうが、少なくともアデル様が″活発″と見える程度にはロージット家が動いていると。
我がアイスエッジ侯爵家がそれに付いていけているのかも私には分からないが、ともかくロージット公は本気でゼノーティア公――ひいては貴族派を追い込むつもりだろう。王国派や国王陛下をも巻き込むに違いない。
バベルに巣食う貴族派――ケィヒル・ダウンノーク伯率いる【魔術師】同盟と、それに同調すべく闇で動く【霧雨】ザリィドを逃すわけにはいかない。
それを為すのは塔主である我々の役目であり、その機は限られている。
タイミングを逃せば直接叩くチャンスは永遠に失われるかもしれないのだ。
問題はロージット公がアデル様の想定以上に本気で、活発に動きすぎているということだ。
国やエルフの為を思えばそれは何よりありがたいことに違いない。
しかし我々にとっては連中を叩く機会、その難易度を高める結果となってしまっている。
『そうは言うても「もうちょっとゆっくりお願いしますー」とか言えんやろ』
『それはそうですわね。わたくしたちに出来るのは、無理を承知で攻めるか、安全に見逃すかの二択ですわ』
『仮にアデルの実家の動きが緩慢であっても「多少の無理を承知で攻める」という結論じゃろ。無理の多寡しか変わらんわ』
『や、やっぱり攻めるしかないってことですよね……』
同盟内では今のところそういった結論が出ている。やつらを叩く以外の選択肢はなしと。
高ランクの塔というのは塔主戦争を行う機会自体が珍しい。
それは限定スキルや神授宝具、未確認の塔構成など、高ランクの塔になればなるほど未知の恐怖が大きくなるからだ。相手のことが分からない、未確定情報が多すぎる、それ故戦いたくないと。
だからこそ確実に勝てる塔主戦争しか行わないし、仮に戦える機会があれば逃すわけにはいかない。
ロージット公の動きによりゼノーティア公はおそらく捕らえられるだろう。
それは貴族派の衰退や瓦解を意味し、【魔術師】同盟に動揺を与えるに違いない。三塔主とも実家が深く関わっているのだから。
そこに我々が仕掛ければどうなるか。まず食らいつくだろう。
向こうからすれば貴族派の衰退を食い止め、王国派に反撃するチャンスなのだから。
より確実に食らいつかせる為には動揺し焦っているタイミングが重要なのだ。
従って我々はその機会を逃すわけにはいかないのだが、それが『確実に勝てるとは言えないタイミング』であるというのが非常に頭を悩ませているポイントだ。
万全を期しても確実には勝てない強者。それが敵であり、我らは『万全を期せない』戦いを自ら強いろうとしている。
アデル様はより詳細な情報を探りつつ自塔の強化をギリギリまで進めるおつもりらしい。
シャルロット殿はレイチェル殿と相談し、フッツィル殿もクラウディア殿に相談したようだ。最早使える手段は何でも使うといった雰囲気がある。
ドロシー殿やノノア殿もどう転んでもいいように準備を整えるとのこと。
当然、私も何かしら動かなくてはならない。新米ではあるものの同盟の一員となったのだから。
しかしメルセドウへの連絡をとろうにも速度でアデル様には敵わず、自塔の強化をしようにも戦力・保有TP共に貧弱すぎる。
指をくわえて諸先輩方の動きを眺めるしかないという、もどかしい状況なのだ。
それでも侵入者の数は多く、TPもないわけではない。
例えばAランクの魔物を一体召喚したり、Bランクの魔物を数体召喚したりと、皆様に比べれば貧弱ではあるが一応の戦力強化もしようと思えばできる。
そう思って相談をしてみたのだ。私も戦力強化しておきたいと。
『そうは言っても相手が相手じゃ。生半可な戦力では潰されるだけじゃぞ』
『フェンリルは助かるけどジャックフロストは無理やで。多分死ぬから』
『もし同盟戦となってシルビアさんに戦力を出してもらうとなったら、必要なのはAランク以上の魔物か、Bランクでも支援要員になると思います。回復や斥候、伝令などが出来る魔物ですね』
『それこそ氷貴精でもいいのでは? 神聖魔法と水・氷魔法が使えるでしょうし』
【魔術師】同盟と戦うとなれば魔物の質、ランクが重要になると言う。Cランク以下はほぼ戦いにならないと。
そうなると私の手持ちにはシルバしかいない。他の高ランクを召喚する必要がある。
確かにAランクの氷貴精ならば支援するに申し分ないだろう。
しかし少数しか召喚はできないのは確実だろうな。塔主戦争のタイミング次第ではあるがとても部隊を組めるとは思えない。
氷貴精以外となると他のAランクか……Sランクは無理だな、さすがに。
固有魔物を見ても――
=====
□氷獣ファーブニル★/S/51,000TP
□霜巨人ヨートゥン★/A/23,000TP
=====
ファーブニルは論外。ヨートゥンが召喚できるほどTPが溜まったとしても巨人というくらいだからな。その大きさと塔主戦争に使用する塔によっては全く使えなくなる。
やはり氷貴精を考えておくべきか。
召喚するのはギリギリまで待つべきだろうな。
今の侵入者数が続くのか分からないし、仮に続いたとしても仕掛けるタイミングでどれほどTPが溜まっているのかが分からない。
今は、そのタイミングで出来るだけ氷貴精を召喚すると、その心構えだけしておこう。
となれば後は日々の塔運営を頑張るのみ……となるのだが、それはそれでもどかしい。
強化もできず、準備もできず――運営によるTP稼ぎが準備のようなものだが――私でも手助けになれる仕事を探したくなってしまう。
そんな時、ジータ殿に誘われた。
『だったら訓練に付きあえよ。俺ら神定英雄連中なんてそれこそ訓練するくらいしか準備できねえんだしよ。爺さんも姉ちゃんも暇だろうし』
「よろしいのですか? 私程度で訓練の相手が務まるとは思えないのですが」
『仮に最上階まで攻め込まれたら塔主だって戦うかもしれねえんだぞ? そうなったら前線張れるのはシルビアの嬢ちゃんくらいだろ。やっといて損はねえんじゃねえか』
それは一理ある。最後の砦は塔主自身なのだ。
アデル様とフッツィル殿は魔法で応戦するだろうが前衛は私しかいない。
そこまで攻めて来る相手に対し戦っても無意味なのかもしれないが、むざむざ殺されるつもりはないからな。
というわけで『訓練の間』に集まった。
神定英雄の御三方だけではなく他の塔主の方々も一緒だ。
一応前衛と後衛に分かれての訓練となったが、前衛である私とジータ殿はエメリー殿に稽古をつけて頂くという格好になった。
そこで初めて、エメリー殿が戦うところを見たのだ。
最初はエメリー殿とジータ殿の模擬戦から始まった。
模擬戦と言ってもお二人の得物は真剣であり、エメリー殿がミスリルの双剣に対し、ジータ殿はアダマンタイトの特大剣で応戦する。
しかし私の目から見ても分かった。
――エメリー殿は全く本気を出していない。ただ稽古をつけているだけだと。
ジータ殿は確実に本気。エメリー殿を殺すつもりで必死に攻撃し、守り、動いている。
それは「これが英雄の戦いか」と感動を覚えるほどの剣技と体捌きであった。私など足元にも及ばないだろう。
が、そんなジータ殿の剣が子供の手習いに見えるほどエメリー殿は余裕を見せていた。
四本腕のうち二本は全く使わず、素材的に劣るミスリルソードで応戦し、尚且つその場からほとんど動かない。
それでジータ殿の剣を捌き、押し返し、反撃しているのだ。
瞬きを忘れていた私だったが、ジータ殿の剣が吹き飛ばされたところでやっと我に返った。
「だあああっ! くそっ! 結構いけたと思ったのによおっ!」
「初戦と見れば上々なのではないですか? 日々の自己鍛錬の成果は見えますから強くはなっていますよ」
まさに師と弟子の関係だ。英雄ジータが完全に弟子扱いなのだ。
そして師たるエメリー殿がとてつもなく高い壁だと理解した。
エメリー殿は私を見て「シルビア様、次どうぞ」と誘う。
ジータ殿との模擬戦を見せられて臆す気持ちもないではないが、それでも私は剣を抜いた。
「よろしくお願いします」
「全力で来てください。水魔法を使っても結構です。わたくしを殺すつもりで」
模擬戦で真剣を使うこともないし、魔法を使うこともない。
しかしエメリー殿にそう言われてはやらざるを得ない。
私は大きく息を吐き出し、意を決して仕掛けたのだ。
結果は言うまでもない。完敗どころかただ一太刀の可能性も見えなかった。
魔法は避けられ、避けた場所に剣を振っても防ぐ・捌く・弾くとお手本のような対応。
最初こそ守りに徹して私の力量を見極めていたようだが、攻撃に回れば何度も剣で撫でられた。
ここが隙だ、いつでも殺せるぞ、そう教えられるように何度も何度も剣で触れてくるのだ。
「魔法と剣戟の連携が甘いのと、身体の芯がぶれていますから体勢を崩しやすいですね。もう少し体幹を意識してコンパクトに振るよう心掛けましょう」
「ハアッ、ハアッ、はい、ありがとうございます」
「筋はいいですよ。一年くらいやればジータ様といい勝負できるかもしれません。まぁその時ジータ様が成長していなければ、ですが」
「ざっけんな! 俺よりシルビアの嬢ちゃんのが成長する見込みがあるってのか! 冗談じゃねえぞ!」
悔しい気持ちと嬉しい気持ち、どちらもある。
エメリー殿は私を伸ばすのと同時にジータ殿に発破をかけたのだろうがな。
私がジータ殿に追いつくのは難しいだろう……が、私は私なりにやるしかあるまい。
――そうしてこの日、私は『師』を手に入れたのだった。
一応Aランク冒険者パーティーのメインアタッカーです。もっと鍛えてもらいましょう。
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