181:魔術師の塔はとっくに動き出しています!
第十章開幕。
■ケィヒル・ダウンノーク 50歳
■第483期 Aランク【魔術師の塔】塔主
私が塔主に選ばれたのはもう十八年も前のことだ。
メルセドウ貴族がバベルの塔主に、しかも二十神秘である【魔術師の塔】に選ばれた。
それを受けて父は私に継爵し、私は正式に伯爵位となった。
父や周囲の貴族からの支援もあったが、同時にかなりの重圧もあった。
その中で私なりに頑張ってきたつもりだ。塔主としても貴族としても上位となるために。
ダウンノーク家はもともと貴族派――ゼノーティア公爵派閥の上位であったが、私が奮闘した結果、その地位を第二位まで押し上げたのだ。
とは言え貴族派筆頭たるゼノーティア公爵家には遠く及ばず、塔主にしてもCランクから上というのは魔境のようなものだ。
恐怖と我慢の毎日を送りつつ、塔を成長させていくしかない。
メルセドウの地を離れた私が貴族派の地位を維持・向上させようと思ったら塔を強くするほかないのだから。
そうは言っても簡単にはいかないのがバベル。この世で一番深い闇だ。
侵入者から毎日命を狙われ、周りの塔主は敵ばかり。
神の悪戯のようなルール、神賜、限定スキル。
塔主に選ばれた時こそ自分が英雄譚の主人公のように思ったものだが、一歩バベルに入ればその恐ろしさが次々に襲い掛かる。
塔を強くするどころか塔主でい続けること自体が難しい。
その苦労はバベルの外にいる者には分からない。私も実際分からなかったからな。
その中で数少ない良かったことと言えば、メルンゲム商会長であるコパン・メルンゲムが塔主に選ばれたことだろう。
私が塔主となってから五年後のことだった。
しかも十色彩の【青の塔】に選ばれ、神定英雄まで賜ったのだ。
メルンゲム商会はもとより懇意にしていたメルセドウの大店。貴族派全体と繋がりがある。
私はすぐさまコパンと接触し、塔主におけるノウハウを伝授すると同時に同盟を組んだ。
バベルで初めて出来た協力者。しかもコパンは商人としても有能だし、塔のポテンシャルは私の【魔術師の塔】よりおそらく上だろう。これを利用しない手はない。
コパンからしても未知なるバベルの中で貴族派上位の地位にいる私に縋りたいだろう。
これで共に協力し合える同盟になったというわけだ。
その二年後にはウェルキン子爵の長子であるノービア・ウェルキンも塔主となった。
これは【宝石の塔】というパッとしない塔ではあったが、神造従魔でAランクのカーバンクルを引き当てたというのは大きい。かなりの幸運だ。
ウェルキン子爵も貴族派の中では動かしやすい駒ではあるし、ノービアを囲っておくのも悪くない。
そうして現在の三塔同盟が出来たのだ。まぁ実質は私と配下二人という感じなのだが。
一方で悪いことの筆頭と言えばアズーリオ・シンフォニアだろう。
こいつは私の四年後に塔主となり、七美徳の一塔である【節制の塔】に選ばれた。
おまけに中立派の関係者が次々と塔主に選ばれたため、今では四塔同盟を結んでいる。
その力もあって見る見るうちに塔は成長し、あっという間に私を追い抜いたのだ。
今ではランキング5位のAランク。私の【魔術師の塔】も9位とかなり高いのだがその差は依然として大きい。
たった4位の差ではない。上位になればなるほど、一つの順位の差が大きくなるものなのだ。
バベルにおける中立派の台頭。メルセドウ貴族としてバベルのトップに立たせてしまったことで、私もゼノーティア公爵閣下から色々と言われている。
とは言え、私が塔主戦争申請しようものならそれは貴族派と中立派の戦争と同じ。
どう転んでもバベルの外で争いが起こり、メルセドウを大混乱に導くだろう。
なので私にできることは【節制】同盟の情報を集めたり、侵入者を送り込んだりといったことくらいしかできないのだ。
歯痒く思っていたところにさらなる報せが入る。
今度はアデル・ロージットが塔主に選ばれたと。王国派筆頭ロージット公爵家。『神童』と騒がれていた娘だ。
今まではバベルに王国派貴族がいないことで有利を保っていたところに楔が入る。
しかも十色彩の【赤の塔】に選ばれ、神定英雄であの英雄ジータを引き入れたというではないか。ふざけるなと大声を出したのも記憶に新しい。
案の定、一年目から破竹の勢い――それもメルセドウとは無関係な【女帝】や【忍耐】という同期の強力な塔と同盟を結び、なりふり構わず塔主戦争を仕掛けたことで急成長を遂げた。
すでにノービアの【宝石の塔】を追い抜いていてもおかしくはない。それほどの勢いを感じている。
追い抜いて先に立つ中立派。追いかけて来る王国派。
その中で私は貴族派として上位にならなければならないのだ。
塔主としてもメルセドウ貴族としても。
◆
「やはり塔主戦争申請は通らんか」
『エルフのガードは硬いですね。少しでも不安要素があれば勝負を受けませんよ』
「【宝石の塔】ならば、とも思ったのだがな」
『仮にノービア様がBランクの【聖樹】に申請したとしても難しいでしょう。警戒心が強すぎます』
「亜人故の臆病さか、厄介なものだ」
貴族派筆頭、ベルゲン・ゼノーティア公爵閣下の″エルフ飼育″は昔から少し噂にあった。ごく近い者しか知らないはずだが。
ゼノーティア閣下ほどの人物であれば国中の至る所に顔がきく。それが闇商人であっても。
閣下はその伝手を使い、闇奴隷のエルフを買い付け、自宅で秘密裡に飼っているのだ。
だが年々その御趣味への熱意が増加しているように思う。どういう心境の変化かは存じないが。
それを受けて下の者たちは動き始めた。
エルフを捕らえ閣下に献上する。それによって閣下の覚えめでたくあろうと。
他の者が動いているのに第二位の私が胡坐を掻いているわけにもいかない。何もしなければ地位が下ろされて終わりだ。
バベルでもアズーリオ・シンフォニアに抜かされ、貴族派内でも抜かされるなど恥以外の何物でもない。
メルンゲム商会にはすでにゼノーティア閣下からエルフの調査依頼があったらしく、コパンもそういった動きをすでに掴んでいた。
当然、同盟である私と協力関係になり、同時にノービアも知ることになる。
ウェルキン子爵家もエルフ争奪戦に乗り出したわけだ。
ノービアは年若く頭がキレるわけでもない未熟者だ。
今回のような密談めいたものに呼ぶことはないが、私とコパンで話がまとまれば話を通し同盟として動かす。
それは十数年変わることはない、我々の同盟としての動きだ。
それぞれ家を使ってメルセドウ内を捜索する一方、私たちはバベリオでも探し始めた。
バベリオに巣食う闇商人に接触しエルフの捜索依頼をしつつ、【色欲】のドナテアにも依頼した。
あの売女は顔の広い闇の住人だ。こちらが貴族である以上、尻尾を振って手伝うだろう。
そして私たちは独自にエルフ塔主を狙う。
塔主戦争を仕掛け、最上階へと攻め込み、殺す前にエルフの里の場所を吐かせる。
どう足掻いても死ぬとなれば命乞いくらいするだろうからな。まぁ吐かせた後でちゃんと殺すが。
エルフの里はどこかの深い森の奥と言われているが詳細な場所は誰も知らない。
その場所さえ突き止めれば、ゼノーティア閣下は喜んで捕まえに行くだろう。
情報を手に入れた私が勲功一等なのは間違いない。もちろんコパンとノービアにもおこぼれをやるつもりだ。
だが、そのエルフと塔主戦争すら出来ないというのが現状。
コパンの言うようにエルフは警戒心が強く、滅多なことでは塔主戦争などしない。
おそらく自分から仕掛けるくらいしか塔主戦争をしないのではないだろうか。そう思えるほどだ。
闇商人からの連絡もなし、ドナテナからの連絡もなし、その上エルフ塔主とも戦えないとあってはどうにも出来ん。
せいぜいコパンを使って調べさせるくらいだが……。
「コパンよ、ゼノーティア閣下のご様子に変化はないか?」
『ございませんね。相変わらず楽しんでおられます。しかし私の<青き水鏡>も限定的ですので妄信はできませんが』
コパンの持つ限定スキル<青き水鏡>はいわゆる諜報型スキルだ。
指定した人物か自身の眷属の様子を、水鏡を通して覗き見ることができる。
しかし使えるのは一日に十分程度。一度の発動で複数人の切り替えもできない。
見知った人物であればバベルから遠く離れたメルセドウの人物をも見られる。
それを使ってゼノーティア閣下のご様子を見させていたのだ。
もし先んじて誰かに動かれでもしたら大事だからな。いつのまにか負けていたなどということもありうる。
『しかしゼノーティア閣下ではなく他の塔主を調べたほうがよいのではないですか?』
「エルフの塔についてはすでに調べはついているだろう」
たった十分間でも塔主が画面を操作しているところを覗き見れば、その塔の構成や魔物の情報は容易く手に入る。
それを使ってすでにエルフの四塔の塔構成・戦力は丸裸なのだ。
4位の【緑の塔】が相手でも私の【魔術師の塔】ならば負けることはない。そう言い切れる。
『それなのですが、最近【緑】と【春風】、それと【輝翼】が『会談の間』を使っていたという情報が入りました』
「【輝翼】だと? 例のアデル・ロージットの同盟のか?」
【緑】と【春風】というのは分かる。共にエルフだからな。
同盟でなくとも協力体制にあるのだろうと。
しかしそこに【輝翼】が絡む意味が分からん。
まさかアデル・ロージットがこちらの動きを掴んで先んじてエルフと接触したのか?
だとするともうエルフ塔主との塔主戦争など絶対に無理だ。
いや、そう言い切るのはさすがに早計か……。
『アデル・ロージットともいずれ鉾を交えるのが確実なれば今のうちに探りを入れておくのも手かと愚考します』
「なるほどな。その様子でエルフより先にロージットを潰すというのも悪くない」
派閥は違えどもメルセドウ貴族同士で戦うというのは風聞も悪いし、国内での争いに発展するから避けたいところだ。本来は。
しかしアデル・ロージットは馬鹿なことに自身を貴族ではないと公言し、同盟にはドワーフや獣人を引き入れている。
この貴族らしからぬ行いに鉄槌を入れるというならば名目も立つだろう。
「よし、ではエルフの塔を探るのと同時にロージットの同盟も探れ。数が多いから時間はかかるだろうが致し方あるまい」
『かしこまりました』
思えばずっと名前だけは出ていた【魔術師】ですがやっと登場ですね。決して無能ではないです。
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