6日目:君だけの私ですので
ピピピピ。ピピピピ。ピピピピ。
「…………うるさ」
休日なのにアラームをかけたのは、一体何処の誰だというのか。間違いなく、「明日はなんかいけるはず」という根拠のない自信を確実に持っていた俺である。ジーザス。
ピピピピ、と朝を告げる目覚まし時計をなんとか止めて起き上がり、とりあえずカーテンを開けた。眩しい。しかし、日光にあたるのは嫌いじゃない。
「っしゃ、今日でちょうど3年目か」
暖かい日差しを浴びながら、ほぼ無意識にシンカナにログインすると、ゲームを始めてから3年を告げる画面と共に、確定ガチャチケットがプレゼントされた。しかも3枚も。え、最高か??
「これだからシンカナ運営さんには一生ついて行きたくなるんだよなぁ……!!」
俺は迷わずその画面をスクショし、興奮を抑えながら周回活動へ移った。落ち着け、俺。一回落ち着くんだ。このまま流れに任せて引いて、欲しかったキャラが出たことがあっただろうか。ない、一度もない。そうだろ?
2周年で爆死したときの俺の叫びに耳を防ぎながら、心を落ち着けるために別のソシャゲのログインボーナスを受け取りに回る。そして、シンカナに戻ろうとして────
「……ん?」
ほとんど使っていない、LIMEという連絡アプリに通知を示す印が付いているのを見つけた。珍しい。誰だろうか。というか、登録友人数が少ないため、候補が3人ほどに絞られるのだが。
「あー、柊木か」
アプリを開くと、派手なウサギのアイコンが飛び込んできた。そういや連絡先交換したんだったな。それにしても、こんな早朝から何の連絡があるというのか。
リカ>おはよ
リカ>今、何してる?
「……何って、ログイン?」
そうか、女子ってこういう連絡をよく取るんだよな。俺は知ってるぞ、無駄にモテる光輝に聞いたことがある。
斉藤壱果>おはよう
斉藤壱果>ログインしてた
そんなことを考えながらメッセージを送ると、瞬時に既読がついた。え、早くない? JKってこれが普通なの?? それともギャルだからなの?
リカ>このゲーム中毒者め
リカ>そもそも、この時間はもう「おはよう」の時間じゃないんだよ
斉藤壱果>うるさい
斉藤壱果>12時超えるまでは朝だろ!!!!
斉藤壱果>これでも目覚ましかけて起きたんだぞ
リカ>笑
現在の時刻、11時56分。どう考えても朝じゃねーか、おかしいだろ。何が笑えるんだ。しかも、今日の俺はまだ目覚ましで起きてるだけ早い方だぞ。普段は午後1時起床だということを踏まえた上で優しくして欲しい。
斉藤壱果>ところで
斉藤壱果>柊木は今何してる?
リカ>何もしてない
リカ>ひま。すごく
送信すると、少し間が空いて、この返信が返ってきた。よし、それなら好都合だ。俺のシンカナ3年目ガチャ実況に付き合ってもらおう。
1人でガチャを引いて爆死したときの絶望感たるや、計り知れないものがあるな。こういう時は、骨を拾ってくれる友人を頼るしかない。孤独死は辛いものである。
長年のオタク歴からそう考えた俺は、すぐに電話マークを押して柊木に電話をかけることにした。
「……もしもし?」
「っちょ、なんで急に電話かけてくるわけ!?」
「だって暇って言ってたし」
「だからって、すぐ電話かけてくるとは思わないじゃん!!」
想像以上に動揺した様子の柊木は、普段よりも高い声で俺に抗議した。俺と光輝の間では、ガチャ看取り通話はよくあることなのだが。女子の友達が出来たことがないからなのか、顔が見えないからなのか。どうにも、今日は距離感が上手く掴めない。
「……で? 何か用事でもあったの?」
「あ、そうだ。今日、シンカナ始めてからちょうど3年目でさ。実はさっき、レア確定チケットが3枚も貰えたんだよな!」
「………はぁ。切っていい?」
「ダメに決まってんだろ!? で、今から引くから爆死したら看取ってもらいたいな、と」
「それ、私の必要あった? 今、撮影中で忙しいんだけど」
「さっき暇って送ってきてたよな!?」
柊木はとんでもなく下らない話を聞いた、とでも言いたげに溜息を吐いているが、とんでもなくガチャ運のいいカリスマギャル様と、一般人である俺のリアルラックには天と地の差があるわけで。例えば、歴が2年も違うのに柊木の方が所有レアキャラが多いわけで────。
あーあ、もう生まれ変わったらギャルになろうかな。
「…………で?」
「え?」
「引かないの、ガチャ」
「付き合ってくれんの!?」
この流れは確実に無言で通話を切られるパターンだと思っていた。まさに神様仏様リカ様である。
「えー、柊木、超良い人じゃん。やっぱ持つべきものは友達だよな、マジ愛してる!!」
「────愛しッ!?」
「…………? どうした?」
「っ、なんでもない! 早くガチャ引いてきてっ!」
何故か少し不機嫌そうな柊木に急かされた俺は、急いでシンカナにログインし直した。最近の通話アプリは、ゲームしながら通話まで出来るハイテク仕様なのである。すごい。
そして、プレゼントBOXからガチャチケットを受け取り、ガチャ画面へと移る。ニコニコと可愛らしく笑うキャラクターが、俺の物欲センサーを刺激し出した。
「キャラ被りだけはしませんように、キャラ被りだけはしませんように、キャラ被りだけはしませんように……」
こうなってくると、あとは祈るしかない。必死に呪文を唱える俺に、柊木は「世の中どうしようもないことはあるからね」と最早慰めモードである。
俺のリアルラック舐めんなよ。キャラ被りしすぎて、1度も使ってないキャラが先に完凸したほどだぞ。ちなみに最推しキャラはまだうちのアカウントにはいない。おかしいだろ。
そして、キラリと画面が輝いたあとに現れたのは───
「あぁあああぁああ……!? またお前か…………」
「え、もしかしてメンダコちゃん?」
「そう。6人目、歓迎するよ……」
ようこそ、6人目。何故、使っていない戦士職のメンダコちゃんばかり来るのか。
ちなみに、メンダコちゃんは柊木が愛用しているキャラなので、電話越しに「いいじゃん、メンダコちゃん。かわいくて」と言っているが、それで許していたのは5人目の時までだったんだ。今回はついに6人目なんだ……。合成して強くできるのは5人目までなんだよ……。
「……とりあえず次いったら?」
「そうする」
危ない、思考が死にかけていた。やはりガチャを引く時は看取り役が必要である。大丈夫だ。まだあと2枚ある。2枚あるぞ!
「っしゃあ!」
俺はなんとか気合いを入れ直して、回すというボタンを押した。お願いだ、クリオネちゃんをくれ。最新キャラをくれ、お願いだ────。
「あぁあああぁああ!? 物欲センサー!!!!」
「もう分かったわ。メンダコちゃんでしょ」
「そうだよ!?!?」
マジで何回来るんだ、お前。俺のこと好きすぎじゃないか。
「柊木!? もうチケットが1枚しかない!!」
「そうだね、それが現実だね」
「…………待って、一回心を落ち着けてくるわ」
こういう時は物欲センサーを殺す必要がある。よし、大仏の画像を探すんだ。とりあえず落ち着け。
「スゥーー。いきます」
「ガチじゃん……そんなことしてるからクリオネちゃんに逃げられるんだよ……」
「その通りだよ!?」
あながち間違っていない。俺は全身全霊の祈りを込めながらガチャを引いて────
「…………」
「もしもーし、チカくん?」
「………………」
「返事がない、ただのチカくんのようだ」
「……」
「あれ、シカバネの方が正しい? シカバネくん?」
「はい…………」
ありがとうございました。爆死です。とりあえず、もう2度とメンダコは愛せません。さようなら。
「ダメだった」
「改めて言わなくても、さっきから唯一それだけは伝わってきてたよ。ほら、クリオネちゃんを手に入れる機会が無くなったわけじゃないんだしさ。とりあえず元気出して!」
「出せない……」
だって3年目記念だぞ、3年目。その結果が、このメンダコフェスティバル。流石に泣いてもいいはずだ。泣かないけど。
「いやせめて新キャラSSRが欲しかった……」
「……よろしい。ならば、この私がプレゼントしよう」
「柊木が……!?」
「20分ちょうだい。あ、電話切るね」
ガチャ。ツーツーツー。
急に電話がきられた。寂しい。俺を優しく包み込んでくれるのは太陽だけだよ……。いや、嘘だわ。流石にちょっと暑い。
俺は窓のそばから離れて、とりあえず朝ご飯を食べに行くことにした。いや、もう時間的には昼ご飯か? 両親は今日出張に出かけているため、自分でチーズトーストを焼く。
しかし、柊木がSSRをくれるとはどういうことなのか。もしかして、絵を描いて送ってくれたりするのだろうか。え、絵も描けたら柊木のスペックやばくね?
柊木への期待半分、ガチャ爆死ショック半分でトーストを食べ終わり、部屋に戻る。そして、少し経ったあと。
ピコン、と。
LIMEの通知を知らせる音が鳴り響いた。
リカ>ピックアップガチャのお知らせです
「…………ん?」
リカ>今なら100%の確率でオリジナルSSRキャラが当たります
リカ>ガチャチケットは、何でもお願いを聞く券です
そりゃあ、こんなものが送られてきたら。
斉藤壱果>回します
即答するしかないに決まっている。
リカ>了解しました
リカ>しばらくお待ち下さい
そして、この文章と共にシンカナのSSR確定画面の写真が送られてきた。無駄に凝ってるな。
それから数秒後。通知音と共に送られてきたのは、シンカナのキャラクター風に撮られている柊木の写真だった。
柊木の頭にはウサギの耳のようなものがつけられており、白いセーラー服に紺色のプリーツミニスカートと、何処となくシンカナに寄せているのが分かった。なんともあざとい格好である。
リカ>オリジナルキャラの、ウミウシちゃんです
「ウミウシちゃん!?」
斉藤壱果>あまりのクオリティに驚いてる
斉藤壱果>すごすぎ
斉藤壱果>てか、どちらかというとウサギみたいだけど?
リカ>ゴマフビロードウミウシだもん
リカ>かわいいでしょ?
そう言われたので、"ゴマフビロードウミウシ"とやらの写真を検索すると、『海のウサギ』と呼ばれているウミウシがヒットした。なるほど、このウミウシがモデルなのか。
それにしても、現役フォトスタグラマーの本気はすごいな。元がいいからなのか、コスプレメイクもしていないのに、本当にシンカナの世界から飛び出してきたような完成度だった。
斉藤壱果>そうだな
斉藤壱果>かわいい
斉藤壱果>似合ってる
斉藤壱果>もし本当に実装されたら
「課金してでも引くわ、と」
このキャラになら、バイト代を全額つぎ込んだとしても悔いはない。
リカ>当たり前でしょ?
リカ>てか、そもそも
リカ>……なんでもない
「そもそも?」
言葉の続きが気になるが、ここで連絡が返ってこなくなってしまったのだから仕方がない。俺は、爆死ショックから立ち直らせてくれた柊木に感謝しながら、ガチャ結果を報告するためにイロドッターを開いた。
【燈火:3年目ガチャ、見事に爆死】
【燈火:でも、友達が慰めてくれたからいいや】
【燈火:ウミウシちゃん、かわいかったからマジで実装されないかな】
リカ>てか、そもそも
「チカくんのところにしか、行きたくないし」
リカ>……なんでもない
ゴマフビロードウミウシの写真、とてもかわいいのでぜひ調べてみてください…!!