5日目:本当に連絡取りたいし!
7:12 【燈火:眠たい。とても】
7:14 【ヒイナ:わかる。めちゃくちゃ分かる】
7:38 【燈火:このままサボりたい】
7:39 【ヒイナ:でも今日行ったら2日休みだよ】
8:13 【燈火:そっか、今日金曜日だ】
8:14 【ヒイナ:そうだよ。明日一日中ゲームするために一緒に頑張ろ……!】
「そうだね、と」
通学中。どうでもいい俺の呟きに返信をくれたヒイナさんに励まされながら、何とか学校まで辿り着いた。
柊木からのログインボーナスを考えると、学校へ来ることは、今までほどの憂鬱でもないのだが、最早「学校行きたくない」が口癖のようになってしまっているのだ。ヒイナさんは、こんなダメ人間にも優しい。
ちなみに、この“燈火"というアカウントネームは本名の『サイトウ イチカ』から"トウ"と"カ"を取ったものである。
馬鹿正直に本名でイロドッターを始めた俺を見た光輝が、溜息を吐きながら考えてくれたものだ。当時は違和感しかなかったものだが、今となってはわりと気にいっていると言ってもいいだろう。
そして、イロドッターの上に表示されている現在の時刻は"8時38分"。学校は45分始まりなので、俺にしては頑張っている方である。
今日も頑張って学校へやってきた自分を褒めながら、必死に携帯と睨めっこしながら返信を打って教室の扉を開ける。良かった、教室に入る前で。この姿を見られていたら、どうせまた柊木に「SNS弱者じゃん」とディスられていただろう。
そんなことを考えながら席へ向かうと、こちらを見つめてくる、一際輝く瞳と目が合った。このクラスに柊木以外の友達はいないので、勿論柊木である。俺は席への足を早めて、背負っていたリュックを下ろしながら柊木に声をかけた……のだが。
「柊木おはよー。今日も来るの早いな」
「…………ッ、チカくんのばーかっ! 学校来ないかもって、朝から心配したじゃん!!」
「バカ!?」
開口一番にとんできたのは、"バカ"である。しかも少し涙目で睨まれるというオマケ付きで。
おかしい。今の何処に失言があったというのか。いやむしろ昨日か? 昨日も揉めた記憶はないぞ??
それに、他の誰でもない柊木と約束したのだから、5日目にして早々に学校を休むつもりはないのだが。もしかすると昨日、『明日学校行きたくない』みたいなことを言っただろうか。
「……えーと、俺なんかした?」
昨日、一昨日と遡って心当たりを探すが、何処を探しても見つかりそうになかった。しかも柊木は"朝から"と言っていたが、今日会うのは初めてのはずである。
すると、そんな俺の様子を見た柊木は、やってしまった、とでも言いたげな視線を下げ、慌てたように口を開いた。
「…………ごめん、つい」
「いや、別にいいんだけどさ。それよりも言われた理由が気になるというか」
俺が席に座りながらそう言うと、柊木は申し訳なさそうに両手を合わせながら、小さな声でポツリと言葉を吐き出した。
「……いや本当にごめん。チカくんは別に何もしてないし、全然関係ない話なんだけど。だから心から申し訳ないというか、むしろチカくんじゃなくて友達の話なんだけど」
「…………ん?」
「私にとっては1日が決まるぐらい大事な会話なのに返信遅すぎるし、ってか次の返信まで30分空くのは重罪だし、会えないかもみたいなこと言うから心配で仕方なかったのに本人は全然そんな感じじゃない……みたいなことが朝あって」
「…………はい?」
「で、それがいつもギリギリ登校のチカくんの姿に何故か重なって、不意に口から言葉が出たというか」
「それは理不尽な話だな!?」
「……でも、チカくんも今より早く学校に来るといいし、もっとネットに強くなるといいよ。主に文字の入力速度面で。かなーり数少ない、チカくんと連絡とってる友達が心配するでしょ?」
「さらに飛び火がすごいな!? しかも、俺の友達の形容詞に"数少ない"って当然のようにつけるじゃん!?」
話を聞く限り、完全な八つ当たりである。しかし、怒りよりも、本当に嫌われたわけではなかった、という喜びが勝ってしまった俺はどうなのだろうか。
多分、想像以上に話し相手がいる生活というのが楽しいからだろう。今年に入ってからはずっと、既に出来ているグループに入る必要性を感じずに、ほとんど誰とも話さない生活をしていたから余計に。
そう考えると、これだけ気軽に話せる友人が短期間で出来たことは奇跡である。そして、柊木がログインボーナスの話を持ち出してきた理由もそうなのだろうと考え…………ん?
今の話から考えると、柊木にはそれだけ仲の良い友達が俺の他にもいるということじゃないか? そして、それが同じ学校の人間なら、俺に頼る必要はなくなるのでは……?
それは何というか、何処か悔しい。だってそれなら、なんか、なんか。なんか、なぁ?
言葉では言い表せない気持ちが、心の中で燻り始める。
「……その友達は学校の人なのか?」
だからなのか、不意に言葉が口をついて出ていった。やばい。完全なミスである。こんなことを言ったら、何だか気にしているみたいだ。
「いや、その、それなら俺も知り合いの可能性あるかなって」
しかし、吐いた言葉は戻らないのが現実である。
クラスでさえぼっちの俺が、柊木の友達と知り合いな訳がないと心の中では冷静にツッコミを入れられているのに、聞かれてもいない言い訳が口からスラスラとこぼれ落ちてくる。
あぁ。コミュ力を、コミュ力をくれ。今となっては、光輝の爽やかさが欠片でもいいから欲しい。
そんな俺の願いを神様が聞き届けてくれたのか、柊木は俺を不審に思うことなく、普通に言葉を返してくれた。
「学校の人じゃないよ。SNSで知り合った人」
「へー……。どんな人なんだ?」
「えーとね。なんかいつも眠そうで、ほぼゲームのことしか呟かないような人。あと、学校をよくサボりたいって呟いてる人」
「……なるほど」
何がなるほどなんだ。むしろこの会話の着地点は何処にあるんだ。そして、何故ここまで俺がホッとしているんだ。
見つかるはずもない答えを探しながら目線を彷徨わせていると、そんな俺に救いの手が舞い降りてきた。
「チャイム鳴ったし、また後で」
朝のHRを知らせるチャイムである。それを機に前を向いた俺は、先程までの会話を振り切るように先生の話に耳を傾けた。
「ついに今日は金曜日ですけども」
「そうですね」
「つまり、明日は会えないわけなんですけど!」
「……そうですね」
「ということは、つまり、ログインボーナスが渡せないということなんですけど!!」
周りから見えないように、いつも通り教科書を立てながら話す柊木は、昼休みに突入した瞬間この話を振ってきた。
柊木は何処か申し訳なさそうにしているが、俺からしたら平日にログインボーナスが貰えるだけで大満足である。今日だって、朝から何度も学校をサボろうかと考えたが、何とか来たのは柊木から貰える今日のログボが気になったからだ。
逆に、休日は学校がないからこそ、俺にボーナスを渡す意味がないのではないだろうか。
そう言って柊木を見ると、柊木は何処か不満そうな顔でこちらを見ていた。
「……それはそうだけど。そうなんですけどね!」
逆に、俺が休日もボーナスをくれと迫るのは強欲が過ぎないだろうか。そもそも、登校したら柊木という話し相手が隣にいることがすでにボーナスみたいなものなのに。
むしろ、何故柊木が不満そうなのか。そこは学校生活から解放された土日を祝福する方が、反応としては正しいような気がする。
そんなことを考えながら、今日のログボとして貰ったココアを飲んでいると、隣から呟くような、独り言にしては大きめの声が聞こえてきた。
「あーあ。『シンカナ』の新ステージ、難しいなぁ。私1人でクリア出来るか不安だなぁ」
「……………」
「休日もチカくんと連絡が取れたらいいんだけどなぁ。でも無理か、チカくんネット弱いし」
「連絡取るぐらいなら俺にも出来るわ! ……えーと、連絡先交換する? 確かまだしてな」
「する!!!!」
想像以上に圧が強い。そして分かりやすい。パッとこちらを向いた時に、綺麗に巻かれた髪の毛がふわふわと揺れた。
しかし、今までもこのストロングスタイルな誘い方で連絡先を獲得してきたとしたら相当な猛者である。いや、そもそも向こうの方から交換して欲しいと言われるからこその、この不慣れさなのだろうか。
「じゃあ私がQRコードだすね」
そう言った柊木は、慣れた手つきでQRコードを取り出して俺に見せた。それを読み取ると、友達という欄に『リカ』という文字が追加される。
「よし、ちゃんと追加出来たぞ」
「逆に今ので追加出来なかったら怖いでしょ。てか、チカくんのアイコン初期設定じゃん。ウケる」
「逆に分かりやすくて良いだろ、俺の連絡先ってすぐ分かるし」
「……その考えに行き着くことがそもそも無いよ。何その、ワザとです、みたいな感じ出してくるの。どうせ面倒くさかっただけでしょ」
そんな柊木のアイコンは、耳にリボンの付いた、よく分からないウサギのイラストだった。おそらく流行りのキャラクターか何かなのだろう。
確認しようかと思ったが、また自分の世の中への遅れを感じるだけなのでやめておく。いつか流行の先端を走ってみたいものだ。
「てか、よく考えたらクラスメイトと連絡先交換するの、何気に初だわ」
光輝は中学からの友達なので、中学時代に交換していたし。純粋に、今のクラスで考えると柊木と交換するのが初めてである。
むしろ今までは柊木の連絡先すら持ってなかったわけだから、数秒前まではクラスメイトの連絡先が0件だったということに────いや、虚しくなるからこれ以上考えるのはやめておこう。
「……私も。この学校で、連絡先交換したのチカくんが初めて」
そう思って横を向くと、柊木は意外すぎる言葉を吐き出した。
「マジで!? 流石の俺でさえ、お前以外にもあと1件連絡先待ってるぞ。他クラスだけど」
「ッ、うるさいっ! 私は、本当に連絡取りたい人としか交換しないからだもん!! チカくんみたいにただ単に友達が少ないからじゃなくて…………あ」
本当に連絡取りたいのか、俺と。その言葉に自然と口角が上がる。
そんな俺を見た柊木は、わたわたと手を動かしながら慌てて言葉を続けた。
「ち、違うし。連絡取りたいのは、シンカナの話したり、安否確認したりするためだけだし!ただ、チカくんに何かあったりして、急に学校来なくなったら話せなくて困るからってだけで……」
「ちゃんと困ってくれるんだな」
「へ!? いやそうじゃなくて、いや困るけど、困るけどね!? 困るんだけど、そういう話じゃなくて……!!」
いつもはからかわれている側なので、慌てている柊木をいじるのが楽しくて仕方がない。ただ、これ以上いじると報復が怖いのでこの辺にしておくことにしよう。
「俺も柊木じゃなかったら連絡先交換してないよ」
「……知ってる」
「返信遅いけど頑張って返すわ」
「…………っ、返信遅いのは、朝言ってた友達で慣れてるから許す!! だから、既読スルーしたら呪うからね!?」
そう言って照れ隠しをする柊木が、前に光輝に見せられたSNSの写真の100倍かわいく見えたと言ったら殴られるだろうか。
そんなことを考えながら、俺は柊木に返事をして、スマホに新しく追加された、よく分からないウサギのアイコンを見つめた。