4日目:初恋だから仕方ないでしょ?(後編)
前編に引き続き、リカ視点のお話になります!
1年前の今頃は、確か本格的に"スキミー"が人気になりだした頃だった。すれ違う人から見られることが多くなって、学校でもさらに視線を感じるようになって。
そこで話しかけてくれたら良かったのだが、その時点で"リカ様には話しかけるな"が暗黙の了解のようになっていて、ただただ見られるだけの日々が続いて、それで。
────私の、盗撮が始まった。
今の時代、スマホの無音カメラでいくらでも隠し撮りが出来る。一緒に写真を撮ろうと言ってくれたら何枚でも撮るのに、どうやら無許可で撮る方が楽だと判断したらしい。
しかも多分、本人達は盗撮だなんて思っていないからタチが悪い。
聞こえてきた話を整理すると、どうやら、『かわいいから仕方がない』とか、『ネットに投稿するわけじゃないし』とか、『むしろ先輩に写真まで撮られるなんて流石』、みたいな言葉で正当化されているようだ。
その思考は、分からなくはないけど。目立つことをしているのは私だけど。
でも、だって、私は本当のお人形さんじゃないから。そんな生活は怖いし息苦しいし、嫌だなぁ、と思う気持ちがちゃんとある。
「日向」
「なぁに、りっちゃん」
「……なんでもない」
だからって、日向に「盗撮されるから学校に行きたくない」なんて言えるわけがなくて。だって、ようやく有名になってきた、日向の夢にようやく一歩近づいてきた時だった。
それなのに、今そんなことを言ったら日向はすぐにアカウントを消そうと言い出すだろう。それぐらい、優しい子なのだ。だから大好きなんだ。
これは、少しだけ私が我慢したらいい話。きっと時間が経ったら飽きられて、"リカ様の写真を入手する"とかいう変なブームも無くなるだろう。
そう思って、ただただ友達もいない学校に死んだように通う日々が続いたようなある日。
憂鬱な登校中に、私と同じ学校の制服を着た男子生徒2人が乗り込んできた。
「光輝……もう無理、マジ眠い…………」
「お前、本当さっきからそれしか喋らないな!? イチカが提出物忘れるから悪いんだろ……」
「…………過去の俺を責めないでやってくれ! アイツも一生懸命頑張ってたんだよ!!」
「さっきまで過去の自分が許せないって叫んでたじゃん。こわ。情緒どうした? ついに壊れたか?」
最初はただ、朝からうるさいなぁ、と思って目を向けて。そしたら、光輝と呼ばれた方の人が、唐突にイチカと呼んでいた人の背中をバシバシと叩き出した。
「ちょ、おい! イチカ! あっちにリカ様がいる……!」
「…………りか様?」
「リカ様だよ! ほら、最近フォトスタグラムでめっちゃ有名なさ!!」
「ふぉとすたぐらむ?」
「あーもう、そのSNSへの無関心さは何なんだよ!? とにかく有名だってこと! てか本物めちゃくちゃかわいいな……。写真撮っていいかな、俺すごい好きなんだよな……」
あ、またこの展開だ、とこっそりため息を吐いた。仕方ないか、今流行ってるし。
別に撮りたいなら撮ったらいいじゃん。どれだけでも、撮ったらいいじゃん。だって今の私、無敵だし。日向が作ってくれた服着てるから、最強だし。
日向が武装してくれた私は強くて、かわいくて、だから。こんなことなんかで、負けたりなんてしないのに。悲しくなんてなってられないのに。
「……なんで」
喉からこぼれ落ちるように、言葉をポツリと吐き出した。あぁ、ダメだな。やっぱり、理想みたいに強い女の子にはなれないや。
日向の魔法は最強だけど、身につけている私が弱いようじゃどうにもならない。
言葉が零れ落ちてしまってからは、我慢していた沢山の言葉が頭に溢れてしまった。それがどうにも世界に1人ぼっちみたいだったから、日向が作ってくれた、世界に1つだけのカーディガンの裾を握りしめる。
見た目で決めつけないで。仕方ないなんて言わないで。さみしい。苦しい。日向に会いたい。強く、なりたい。もっともっと、強い理想の女の子に。
「いやダメに決まってんだろ。バレるバレない関係なく、それ盗撮だからな。犯罪だぞ」
そんなことを考えながらボヤけた視界で窓の外を見ていると、話が珍しい展開に進みだした。
「うぅっ……いやでもみんなリカ様の写真持ってるし」
「じゃあそれ全員犯罪者じゃねーか。許可とれよ。てか、撮影料払えよ。写真撮りたいならお願いしに行けばいいじゃん。同じ学校の生徒なんだし」
「いやいやいや!? 直接お願いしたって、あのリカ様が写真なんて……」
「……はぁ? どうせ無理なら言ってみた方が良くないか?? …………よし、ならちょっと行ってくるわ」
「なんで!? やめて!?!? なんで急にアグレッシブになった!?」
「いや、このままお前に面倒くさいこと言われ続けるぐらいなら、サクっと頼んで来た方が早いじゃん。お前の騒ぎ声、朝一寝起きの俺の脳にダイレクトアタックしてくるんだよ……」
そう言った彼は、必死に止める友人に構わず、迷うことなく私の方へ歩いてきて。そして、眠たそうな顔で世間話でもするようにあっさり口を開いた。
「あの、すみません。写真撮ってもいいですか、俺の友達がリカ様?のファンらしくて」
「…………へ」
びっくりした。こんなに真っ直ぐに、声をかけられたのは初めてだった。
「……あー、やっぱタダはダメですよね。それならこの飴玉と引き換えとかどうですか? これが撮影料ってことで」
だから、上手く言葉を吐き出せなくて、それで。何故だか、無性に嬉しくて。
「なんで」
「え?」
「なんで、そんな」
私の絞り出すような声に、目の前の彼が不思議そうに首を傾げた。それでも、意味もわからず泣きそうで、だって。
「……そんなことを、聞くんですか。仕方ないって言わないんですか」
だって私、盗撮されても仕方がないんでしょう? かわいいから、目立つから。少し我慢するぐらい、仕方がないんでしょ。
そう思って、そう言われて生きてきたのに、急に違うことを言われたらどうしていいのか分からない。今ならこの考えがおかしいって分かるけど、あの時の私は多分、こんな感覚だった。それぐらいきっと、壊れかけていた。
すると彼は、私を見て不思議そうに首を傾げたまま、空は青いのだとでも言うように言葉を吐き出した。
「何が仕方ないのか分かんないけど、写真撮るのに声をかけたことなら普通じゃないですか? むしろ盗撮したら犯罪でしょ」
「……でも私、こんな格好なのが悪い、し……」
「…………? そのかわいい格好をしてるのは盗撮されるためなんかじゃないでしょ。自分のために好きな格好して何が悪いんですか?」
そして、当たり前みたいな顔して、今までずっと欲しかった言葉をくれた。
そうだよ。私、かわいいの。日向の服が大好きなの。
決して目立つためとか、写真を撮られるためにかわいいんじゃないんです。自分のために、強くてかわいくいたいだけなんです。
ただずっとそれだけで、私は。
ぼんやりと見ていた世界が急にクリアになった。どこか焦点の合わなかった視界に、眠そうな男子生徒の顔がハッキリと見える。
あぁ、ダメだ。弱ってて、悲しくて、人恋しくて。初対面なのに、なんてチョロいんだと言いたくなるけれど。もうなんだか、気になって仕方ない。
名前が知りたい。趣味が知りたい。クラスが知りたい。学年が知りたい。好きな食べ物も嫌いな物も、いつも聞いてる曲も、全部全部。
これこそ、本当に仕方ないじゃないか。気になるから。ときめいたから。恋の始まりだって、どうしようもなく思ってしまったんだから。
ねぇ、早く。気になっても仕方ないって言ってよ。初恋だから、仕方ないって。
「……すき」
言葉が、ポロリとこぼれ落ちた。それと一緒に、多分人生で初めて恋に落ちたのだろう。
彼のことが好きだと思った。日向以外何もいらなかった世界に、新しく色がついた。
花は赤くて、空は綺麗で、空気は美味しくて。そんなこと前から知ってたはずなのに、急に世界が色付き始めたような気がした。
だから。
「今何か、」
「何も言ってないです。いいですよ、写真。その飴玉1つで」
近づきたい。もっと知りたい。そんなことを思いながら、受け取った苺みるくの飴玉を握りしめた。
それからは、パシャリと1枚写真を撮って。そこから話しかけようとしたけれど、2人は急いで立ち去ってしまったから、ただただ私の中に彼への恋心だけが残った。
どうしたらまた会えるだろうか。話せるだろうか。全く私に興味が無さそうな彼の視界に入れるだろうか。
そんなことをただただ考えて、支えにして学校へ通っていた。しかもラッキーなことに、一緒に写真を撮った彼の友人が人気者だったらしく、"自分で頼めば写真を撮っても良い"という風潮になり、盗撮も徐々に落ち着いていったことが本当に救いである。
そして、同じクラスになれたときは、神様が私に味方してくれたんだとまで思った。
だから、隣で欠伸をしながら窓の外を見ているチカくんは欠片も知らないだろう。
────私があの後、必死でチカくんのSNSのアカウントを特定して、情報を集めるためにわざわざ『ヒイナ』とかいうアカウントを作って近づいたこととか。
───その投稿を見て、今まで興味を持つこともなかったソシャゲを始めたこととか。それを口実にして話しかけようにも話しかけられずに1年が経って、みるみるうちに本気でハマってしまったこととか。
────そして何より、今の席だと黒板が見えにくいと嘘をついて、強引に隣の席になったこととか。別に、他の人とは一言も話さなくても寂しくないこととか。ログインボーナスも、チカくんにもっと近づきたいから提案したことだとか。
────最初は少し気になってただけなのに、気づいたらもうチカくんのことしか見えなくなっていることとか。
そんなことは、チカくんは一生知らなくてもいい。だから、何かの偶然でもいいから、私のこと好きになってくれないかな。気になってくれないかな。いつの間にか、チカくんの世界の片隅に私の居場所が出来てないかなぁ。
「……今日、めちゃくちゃ寒いよな」
「っ、ねー。一気に寒くなったね」
祈りを込めて見つめていたのがバレたのか、無言が気まずくなったのか。急に口を開いたチカくんに返事をして、必死に話題を探す。
そして、少しの沈黙の後に良い考えが思い浮かんだから、勇気を出して話しかけてみることにした。だって、席が離れたらまた話しかけられなくなってしまうかもしれない。
「でも私、実は冬でも手あったかい派なんだよね」
「うわ、いいな。基礎体温高いと冬はいいよな……」
「ふふ。いいでしょ。夏は嫌がられるんだけどね」
だから。だからこれは、おかしくないことでしょ。誤魔化しきれるでしょう?
「よし! じゃあ今日のログインボーナスは、駅に着くまで凍えそうなチカくんの手をあっためてあげることにしよう」
私は緊張を隠すように自分で手を抓ってから、こっそりカイロで暖めていた手で、空いていたチカくんの左手を握った。
そして、まるで指先に心臓があるのではないかというほどバクバクとうるさい脈を必死で押し殺して、何でもないような顔をしてチカくんの冷たい指先を包む。
人が多い電車の中では、私達が手を繋いでいることなんて少しも気づかれないだろう。
「……うわ、あったか。てか、そーゆーのもありなんだな。ログインボーナス…………」
「そうだよ? ソシャゲでもよくあるでしょ、30分だけクエストで貰える経験値が2倍になるログボとか」
「たし…かに……?」
「いや違うんだよ、決して今日のログボを忘れたからとかじゃなくてね」
「ん!? その反応は怪しいな?」
そう言って笑ったチカくんはきっと、私が万が一ログボを忘れた時に備えて、大量のお菓子をリュックに詰め込んでいることなんて気がついていないはずだ。願掛けみたいに、苺みるくの飴を毎日持ってることなんて知らないはずだ。
そして、ただ単に手が繋ぎたかったからこうしたことなんて。
「へへ。……しあわせ」
私はニヤけそうになる口元を隠して、チカくんに聞こえないように呟いた。