4日目:初恋だから仕方ないでしょ?(前編)
今回はリカ視点のお話になります!
きっとみんな、私のことを人形みたいに思っている。綺麗で、可愛くて、それだけで生きているような女の子だと。
幼い頃からよく、特別扱いをされて生きてきた。特に何もしなくても可愛がられたし、好かれることが多かった。
でも、成長するにつれて気がついていった。みんな私の顔を見て、そのような扱いをしているだけだということを。私自身のことなんて、誰も本当は好きじゃないんだってことを。
そのことに気がついてから人が怖くなって、あまり上手く話せなくなって、笑うことも少なくなって。それなのに、その態度が余計に偶像化を進めたらしく、次第に物を盗まれたり、盗撮されたりすることが増えた。
そんな生活に疲れていった私のことを幼馴染みが助けてくれなければ、きっとあのまま死んでいたのではないだろうかとすら思う。本当に、今だから言える話だけど。
「りっちゃん、ヒナだよ〜」
「はーい!」
支度をしながら昔を思い出していると、玄関の方から声が聞こえてきたので、急いで鞄を持って外に出る。すると、弾けるような、いつもの笑顔が目に飛び込んできた。
「おはよっ! りっちゃん!! 今日も世界一かわいいねぇ……!!」
雛森日向。明るい紅茶色のショートカットをサラサラと揺らしながら抱きついてきた彼女こそが、私の命の恩人である幼馴染みである。
「……おはよ。ってか、いつも開口一番に褒めるのやめてくれない!? 恥ずかしいんだけど!」
「やーだよっ! かわいいものをかわいいって言うのが、ヒナの義務だもーん!!」
「義務なんだ!?」
「そう。義務なの。仕事なの。だから、りっちゃんは仕方ないと思ってヒナに可愛がられてね〜♡」
大袈裟に驚いた私に笑いかけた彼女は、私をもう一度ギュッと抱きしめてから、背負っていた大きなリュックを広げて様々な小道具を取り出した。
「あのねあのね、今日のテーマは『彼女とデートなうに使っていいよ』なの。だから、このイヤリングとネックレスで、髪型はポニーテールがいいなぁ。それと、撮影場所は教室がいいから自撮りして欲しいんだけど……って、なんでそんな笑ってるの!?」
「いや、だって急に真面目な顔になったから面白くて。りょーかい。なら今日は適当に自撮りするね」
そう言って小物を受け取ると、ヒナは「私だってスキミーのことは本気だし!」と言って頬を膨らませていたので、よしよしと頭を撫でて駅への道を歩き出した。
高校入学と同時に始めたアカウントである、『好きかもしれない、君のこと』の服飾担当のヒナこそ、目の前で不服そうにしている日向のことだ。
デザイン関係に飛び抜けた才能があった彼女は、小さい頃から服飾関係の職に就きたいとよく語っていて。意思表示が苦手な私に、よく将来の夢を語ってくれた日向はキラキラ輝く憧れの存在だった。
そして、生きることすら苦しかった私に、身を守る方法を教えてくれたのも日向だった。
止まない盗難被害や陰口に塞ぎ込んだ私に、
「りっちゃんはさ、かわいいんだよ。それは1つも悪いことなんかじゃないの。りっちゃんが泣くようなことじゃないの!! ……それでも、りっちゃんが苦しいならヒナがずっと側にいるよ。りっちゃんのこと、ヒナの魔法で守ってあげる。だからヒナもりっちゃんの力にならせてよ、1人で苦しまないでよ!」
と、引きこもっていた私に泣きながら叫んでくれたことを一生忘れないと思う。
そのあと、私はすぐに日向の"魔法"という名の"プロデュース"で、今までチャレンジしたことのなかった、所謂ギャルと呼ばれるような服装をするようになった。
「かわいいのに強くてカッコよくて、それって最強でしょ?」
と、日向が言ってくれたことが嬉しかったから。それに、まるで着飾ったアクセサリーやメイクが私を守ってくれる武装のような気がして、私まで強くなったような気がしたから、というのもある。
その日から私は、そうやってギャル武装をして過ごすことを決めた。
最初は違和感のあったこの服装も、一緒に過ごすうちに大好きになって、きっと今では武装以上の意味を持っているのだと思う。だから、日向にこの日常をフォトスタグラムに投稿したいと言われた時はすぐに賛成した。
少し怖い気持ちもあったけれど、昔の私のような女の子が私を見て、自分も勇気を出そうと思ってくれたら嬉しいと思ったから。それに、即決したのは、『日向の作った最強の服を世界に広めたかったから』というのも大きい。
そうやって始めたスキミーは想像以上に人気になって、きっと私の人生を大きく変えてしまった。高校で孤立してるのだって、私がスキミーを始めなかったら良かったことなんだって分かってる。知ってる。
でも、それでも全然良かった。確かに1人は寂しいけど、悲しいけど、私には日向がいるから。日向さえいてくれたら、他に何もいらなかった。
だけど。
最近はもう1人だけ、隣にいて欲しい人がいる。
「ねぇ、りっちゃん。そういや最近、斉藤くんとは上手くいってる?」
「いってる、と思いたい……」
斉藤壱果くん。先月から私の隣の席になった、チカくんのことだ。昨日はちょっと気まずくなっちゃったけど、照れたってことは私のことを少なからず意識してくれているからだと思う。
というか、そうじゃなかったら泣く。泣き喚く。あれで少しも私を意識してなかったとしたら、チカくんはどんな神経をしているんだ。
私が昨日の話の一部始終を話すと、日向はケラケラと笑って私を励ますように背中をさすった。
「あはは。りっちゃんはかわいい上にカッコよくて優しいんだから、何も心配することないよ!」
「……それは幼馴染み贔屓がすごいよ」
「そんなんじゃないよぅ。贔屓目に見なくても、りっちゃんが素敵な女の子なのは本当のことだから自信持ってよぅ。……じゃあね、りっちゃん。撮った写真の確認するから、また放課後会おうね!」
「…………ありがと。またね」
そこまで褒められると少し照れてしまう。日向の言葉には裏がないから、余計に。
……そんなところが、大好きなんだけど。
私は赤くなっているであろう頬をパチンと叩いて、反対側へ歩いていった日向に手を振った。日向は服飾科のある学校へ通っているため、乗る電車が違うのだ。
そして、寒さに凍えながら電車を待ち、いつもより1つ遅い電車に乗りこむと、ぼーっとした顔で電車に揺られているチカくんの姿が見えた。
……何? もしかして私、今日の占い一位なの? 優勝なの?? 学校に着く前からチカくんに会えちゃったの?
確認するように少し近くまで行く。え、本当にチカくんだ。登校中チカくんはレアなのに。
きっと、使う電車が不規則なチカくんと同じ電車になったのは、1年前のあの日ぶりじゃないだろうか。
「……よし」
私は勇気を出すために深呼吸をして、眠そうな顔でスマホを見ているチカくんの後ろからソッと近づき、ツンツンと肩を叩いた。
「っ、わ……なんだ、柊木か」
「おーはよ、チカくん。今日も眠そうだね」
わ。かわいい。声をかけられただけでビックリしてるチカくんのかわいさ、インフィニティすぎる。すき。
「珍しいね、朝の電車一緒なの」
「んー……そうだな」
「せっかくだし、一緒に学校まで行っていい?」
「いいに決まってるだろ。友達なんだし」
「ふふ……そっか」
友達。友達。友達。
チカくんの言葉を、何度も頭で反芻する。本当は、友達だと言われて喜んだらダメなのかもしれないけど。日向には、欲が無さすぎだと怒られるかもしれないけど。
無性に嬉しかったんだ、その言葉が。だって1年前、ただの他人としてこの電車で出会った時から考えたら、信じられないぐらいの進歩だったから。
チカくんはきっと、私と初めて話したのは1ヶ月前に隣の席になった時だと思ってると思うけど。実は私達は、1年前に話したことがあるのだと言ったら驚くだろうか。