1日目:人生アップデート完了
「あぁあああぁあ!!?! 何で現実にはログインボーナスが無いんだよ!!」
突然だが、『ログインボーナス』というものをご存知だろうか。ログインボーナスとは、「ログイン」すなわちゲームに接続することでもらえる報酬である。略して『ログボ』と呼ばれることも多い。
最近のオンラインゲームのほとんどが実装している機能であり、『ログインしてくれてありがとう。また明日もログインしに来てね』という意味を込めて、ゲーム運営からちょっとした良い物が貰えたり、通算ログイン日数ごとに豪華なキャラクターが手に入ったりする、ユーザーにとっては嬉しい嬉しいボーナスなのだ。
だから、そう、つまり。生粋のゲーマーである俺こと斉藤壱果は、現実にもログインボーナスがあったらどれだけ良いだろうかと考えている訳である。
「チカくん、朝からうるさっ。マジ近所迷惑だからやめて欲しいんですけど。その有り余ってるエネルギーをもっと生産性のあることに向けたら?」
「そこまで言う!? なぁ、ここまで満身創痍な俺にそこまでキツいこと言う!?」
────例えば朝から目覚まし時計が壊れたせいで寝坊し、電車に乗り遅れ。朝ご飯を食べ損ねたせいでフラフラしながら走ったにも関わらず、結局遅刻して先生に怒られたあと、抜き打ち小テストがあった朝なら尚更にそう思うわけで。
とりあえず小テストを乗り切り、今日のログインボーナスを貰うために最近ハマっているソシャゲにログインしながらそう叫ぶと、隣の席から厳しい声と視線が飛んできた。
「いやだって、急にそんなこと言い出したらついに壊れたのかと思うでしょ。私は純粋にチカくんの頭を心配してあげたんだよ、むしろ優しいぐらいだよ。ねぇ、感謝してくれてもいいんだよ?」
そうか。心配してくれたのか、頭を。そこは普通、俺の傷ついた心を心配してくれるところではないのか。
「誰がするか!!!」
途中まで純粋に感謝しようとしていた俺の清らかな心を返して欲しい。
そんな言葉を飲み込んで隣の席に視線を向けると、そこには想像通りの呆れたような表情があった。この、絶妙に毒舌で天真爛漫な隣人の名を、柊木梨花という。
彼女とは、つい先月隣の席になってから偶然同じソシャゲをやっていると判明して仲良くなった。
血液型はA型で、確か俺よりも誕生日が遅かったからまだ16歳で、運動が出来るくせに帰宅部な高校2年生。そして、アクションゲームで得意な武器は遠距離系。苦手なのは回復職。
…………俺の持っている彼女の情報はこんなところだろうか。
そんな彼女だったが、最近はどうにも俺に当たりがキツすぎるような気がする。どうですか、柊木さん。もっと俺に優しくしてみませんか。
「それで、ログインボーナスが何?」
しかし、なんだかんだで話を聞いてくれるところから考えると、やっぱり柊木は優しいのかもしれない。俺はそう考え直して、彼女に説明するために口を開く。
「今日のログボを受け取りながら考えてたんだけどさぁ」
「うん」
「人生にも! ログインボーナスがあってもいいんじゃないでしょうか!! 生きてるだけでログインボーナスが貰えるように、そろそろ地球運営にもアプデが入ってもいいんじゃないでしょうか!!」
地球が神運営だということは分かっているのだ。毎日平和に暮らせてるし、安全な環境を提供してくれるのは有り難い話だと思う。
そう思いはする、けれど!!
生きているだけでボーナスが欲しいのだ。切実に。
なんなら毎日学校に来るだけで頑張っているのだから、そこを評価して欲しいし褒められたい!
おまけに勉強までしているのだから、それも褒めて欲しい!! すごく!!! 当たり前だなんて言わずに!!
だってほら、今日も『普通』に生きてる。それだけで俺達って満点じゃん!! ね! 多分全人類そう思ってるよね!!!
「まぁ、その気持ちは分からなくもないけどさぁ」
そんなことを柊木に語ると、柊木は意外にも肯定的な反応を示してくれた。
どうせまた呆れたような視線を送られるかと思っていたので、驚いて柊木を見つめると、柊木は俺から目を逸らして大きなキーホルダーが沢山ついた赤色のリュックを漁り始めた。
そして、その中から何かを取り出して俺に差し出す。
「……よし、仕方ないなぁ。この優しい優しい私が、今日もちゃんと学校に来たチカくんにプレゼントをあげよう」
「え、マジで!? いいんですか!?」
そう言って慌てて受け取った俺の手に、コロンとした飴玉が転がる。大きな苺が描いてある包紙で包装されたそれは、なんとも今時の女子高生が食べていそうで可愛らしかった。
「まさかこれは……!?」
「おめでとう、チカくん。『今日もちゃんと出席出来て偉いですね』のボーナスだよ」
「やったー!! ありがとうございます!!」
▽ イチカ は ログインボーナス を 獲得した。
そんなふざけたテロップを頭に流しながら喜ぶと、柊木はそんな俺をニコニコと見つめていた。その視線に、少し小学校低学年男子を見るような優しさと哀れみが混じっているのは気のせいだろうか。気のせいだということにしよう。
俺は頭の中で強引に疑惑を破り捨て、早速貰った飴を口に放り込んだ。甘い。苺みるくの味がする。普段自分では絶対に買わないこの味が、こんなに美味しいとは思っていなかった。
「最高かよ……」
「飴1つでよくそこまで喜ぶね……?」
柊木は呆れたようにそう言っているが、貰える物はどちらでもいいのだ。どちらかというと、『学校に来たらボーナスが貰えた』という事実が嬉しいのである。
しかしこの制度、マジでいいんじゃないか。なんかもう楽しいし、気分どん底だった今日も頑張れそうな気がする。本格的に地球運営には、このログボ制度を取り入れないかと打診したいぐらいだ。
そう思って次の授業の準備をしていると、クイクイと少し制服の裾を引っ張られるような感覚がして横を向く。すると、俺の服の裾を握った柊木が上目遣いでこちらを見上げていた。
「あのさ、チカくん。もし、もしだけどさ。私がささやかなログインボーナスをあげたら、毎日ちゃんと登校してくれる?」
驚きの提案だった。なんだ、その条件。俺にしかメリットがなくないか。
「俺そんな学校休む方じゃないし、その条件は俺に有利すぎないか?」
むしろ、この提案のどこに柊木のメリットがあるというのだろう。そう思って柊木に尋ねると、柊木は言いづらそうに口を開く。
「そう、だけど。でも、保険が欲しいというか。突然休まれると困るというか。えーと、つまり、その……。チカくんが休んだら、寂しい、し」
「…………し?」
「ま、毎日会いたいじゃん! チカくんと!! ね、私達友達じゃん!!」
「本音を言うと?」
「………………本音とかじゃないけど、全くないけど! チカくんに休まれると私、授業中のペアワークやら何やらを全部他の人と組まされるんだよ!? そしたらボロが出やすくなるというか、ですね……!! ね!?」
そう言って俺を見つめている柊木をこれ以上見ていられなかったので、目を逸らして静かに頷いた。
「やろう、人生ログインボーナス。絶対に毎日登校するって約束するわ」
そうだった。忘れていた。あと1つ、先程挙げていなかった柊木梨花の情報があった。しかも、とびきり重要な。
「有名人ってやつも大変だなぁ……」
────それは彼女が、かなり寂しがりやで人見知りのくせに、世間や学校ではクールなカリスマギャルをやっていることである。
2人の日常を1日ずつ投稿していくので、ぜひブックマークをして2人の進展を一緒に追いかけていただけると嬉しいです。よろしくお願いします(๑>◡<๑)