洞窟を進む
ザシザシと砂利の音が響きます。
「巫女よ、やはり準備もなく洞窟に入るのは危険ではなかったか?」
「サルヴァ、あなたは図体に似合わず、臆病者ですね。大丈夫です。魔物に襲われて腸が出てきたとしても、私の回復魔法で全快です。即死しないようにだけ気を付けてください」
「違うぞ。俺は巫女の身を心配して言ったのだ」
「サブリナを見習いなさい。彼女は貴族なのに文句も言わずに付いてきていますよ」
「私はメリナを信頼しているから」
「ほら、お前もこんな殊勝な言葉を吐いてみなさい。曲がりなりにも王族のくせに情けない。母親のおっぱいでも夢想しているのがお似合いですか?」
「なっ!? 巫女よ、何たる侮辱!!」
「えぇ、メリナ。言い過ぎですよ。サルヴァ殿下は以前の殿下とは別物です」
「やっぱり置いてきても良かったですね、こいつは」
「未熟者であっても自分のケツは自分で拭かねばならぬ」
「突然の汚物の話は止してくださいね」
「なっ! バーダを逃した失態のことだ」
「うふふ、サルヴァ殿下、分かっていますよ。メリナの冗談です」
「バーダの件は私の責任です。お前がケツを拭きたいと思うのがおかしいんですよ」
「俺は巫女のケツでも拭くぞ!」
「殺すぞ。悍ましい」
私達は楽しく会話しながら洞窟を進んでいます。
暗くはないです。私が一定距離で照明魔法を唱えていますから。
土に含まれる魔力と空気に含まれる魔力は質も量も異なります。それを利用して、入る前にガランガドーさんに洞窟の内部構造を調べてもらいました。
そして、サブリナさんが持ってきていた筆記用具で最深部までの道順、簡単に言えば、歩数と分岐部分の進む方向をメモっております。
つまり、視界は良好で、道に迷う事もないダンジョンです。楽勝で御座います。
コウモリだとかゲジゲジっぽい虫だとかは居ますよ。でも、それらは見た目が宜しくないだけであって脅威では御座いません。美味しくはないですがコウモリは食用にもなりますし。
一部、大きめの魔物もいるみたいですが、こちらに近づいていくる気配もないです。
洞窟に入ってすぐに私が殺気を迸らせましたからね。明らかな強者が来たと隅っこで怯えていることてしょう。
ただ、頭上からたまに滴る水は不快です。首筋に落ちるとビクンとしますね。
暑苦しい系の洞窟でなくて良かったです。私の田舎にも洞窟が幾つかあって、蒸気さえ吹き出している所で近所のレオン君と遊んでいましたね。二人とも汗だくになりましたが、レオン君は元気だなと感心したんです。あの子、真っ直ぐに成長したら、絶対に強くなると思うなぁ。
さて、この涼しい洞窟は緩やかな下り坂が多くて、場所によっては垂れた水の為に滑りやすくなっています。また、たまには私の背丈よりも高い岩を乗り越えたりもしました。
サルヴァの手を取って引っ張り上げるのは面倒でしたね。途中で下から放り投げる方法を思い付いて良かったです。
やはり魔物が出ないと謂えど、こんな場所に慣れない二人を連れてですので、時間は掛かります。
しばらく進んでから、サルヴァの言葉通り、食べ物くらいは持ってきたら良かったと後悔しました。奥の方にはコウモリも居ないんです。なお、水は私の魔法で出し放題でした。
「半分くらいは来ましたかね?」
私達はちょうど良い石にそれぞれ腰掛けて、休憩しています。
「はい。歩数からすると3分の2くらいは進んだと思います」
ふぅむ、これ、帰りも有るんですよね。地上に戻るのは夜中になってしまいそうです。
「巫女よ、この下にあるという魔法陣には近付いているのか?」
「えぇ。何となくしか分かりませんが、そんな感じです。でも、こんな山奥の地中に魔法陣って不思議ですね。竜の巣って呼ばれている地域らしいですから、竜の仕業なんですかね?」
「巫女よ、竜はブレスを吐くくらいで魔法は使わん」
そうなんですか。私は聖竜様とガランガドーさんを思い返します。確かにどちらも魔法詠唱をしている姿は見たことが有りません。
しかし、聖竜様は魔法を使っています。巫女との連絡は竜語で脳内に直接働きかけますし、地上の様子も魔法でご覧になっている感じでした。ガランガドーさんに至っては、先程、空を翔んだばかりです。羽があるとはいえ、あの巨体を浮かすのですから、魔法の力でしょう。
無詠唱魔法は魔法なのかどうか分かりにくいですので、皆さんがそんな勘違いをなされるのも無理ないことなのかもしれません。
体が冷えきる前に立ち上がって、休憩を終え、私達は移動を再開致します。
徐々に空間に浮遊する魔力の量も増えてきます。サブリナやサルヴァも心なしか疲れを感じているように思います。外から魔力が侵入してきて体内の魔力の動きが阻害され始めているのかな。
私は彼らの肌の表面に魔力障壁をこっそり作って対処致しました。
しばらく進むと広間のようになった空間に出ます。もちろん、照明魔法て煌々と照らしているので安全は確認済みです。
「巫女よ! この様な美しい空間も有るのだな」
サルヴァが言うのは、前に広がる池の事です。壁から滝と呼ぶには少し小さいですが、チョロチョロと水が落ちていました。灯りがそれに反射して、幻想的に見えないこともないです。
「ここは真っ直ぐでしたか?」
私はサブリナに確認します。
「えぇ。でも、通路が見当たりませんね」
「あれではなかろうか?」
サルヴァが指差したのは、池の向こうの壁。確かにぽっかり人が入れるだけの穴が開いています。
「メリナ、泳げますか?」
「大丈夫です。ただ、私達の服が濡れたらエロい奴が喜ぶ可能性が有りますよね」
私は隣の男をジロリと見ます。
「巫女よ、俺を見くびらないで欲しい! このサルヴァ、サンドラ以外の女には欲情しない体となっている!」
それはそれで問題ですね。病気や呪いかもしれません。
「サルヴァはそう言いますが、池を凍らせて渡りましょう」
「えっ、はい。えっ、サンドラ? サルヴァ殿下には想い人がいらっしゃったのですか」
「副学長ですよ」
「…………驚くのは失礼かな。でも、ビックリしました」
「ふっ、驚くのは仕方がない。俺が真実の愛を知ったのだからな」
私達が会話をしている最中、突如、前方の池の上に魔力が集まりだしました。そして、その偏りが揺らぎながら光を発し始めます。
「サブリナ! サルヴァの後ろへ。サルヴァ、気合いを入れて守りなさい!」
「おうよ!」
私は前へと出ます。間違いなく敵ですから。
ガランガドーさん、魔法の準備! 火炎魔法はダメですよ! 息のできない空気が出来ますからね!
私は既に高く跳んでいます。
魔力の偏りは四肢のある動物の形になろうとしていました。それが何かは分かりませんが、実体化するんでしょうね。
『主よ、今である!』
了解っ!!
腕はもう大きく振りかぶっています。
目標は頭部と思われる箇所。魔力の塊が発する光が弱まり、敵が出現する間際なのが私にも分かります。
「粉々になって――」
ほぼ同時でした。
実体化が完了し大きな口が私を捉えていました。しかし、私の拳は止まりません。
「――死ねぇい!!」
私の腕は口の中に突入します。でも、咬まれるのかもしれないという虞は御座いません。
無詠唱で出した氷が敵の口に挟まっているのです。私の拳は、それを打ち砕いきます。拳の突進力は割れた氷の欠片を通じて様々な方向に分散し、予定通りに敵の頭部を破壊しました。
出現したばかりにも関わらずバランスを崩す敵の体を蹴り上げ、私は方向転換します。空中で一回転してから、シュタッと私は岸辺に立ちました。
水の跳ねる音が収まると、敵は力なく池に浮かんでいました。生命活動は感じません。
あっ、これは竜でしたね。太くて白い胴体に比して細長い首とヒレみたいな足が特徴的です。水竜ってヤツかな。初めて見ました。
「鮮やか。流石は巫女である」
「誉めても何も出ませんよ」
「凄い……。これが拳王と呼ばれるメリナの実力なのね」
「サブリナさん、拳王って言うのは嘘なんですよ。神殿の先輩のイジメの結果なんです。デマですよ」
拳王の謂れについて、遂にちゃんと伝えることが出来ました。
「そうなんですか……。でも、巫女より拳王の方が実際に近いような……」
「えっ? ほら、ガランガドーさんとか従えてますし、私は竜の巫女っぽいじゃないですか」
「でも、巫女って感じはしないかな。ごめんね」
…………巫女っぽくないって事ですか?
それは……うん……1年近く竜神殿に居ましたが、巫女って何なんでしょうね。私、分かりません。皆、好き勝手に生きていて、イメージしていた巫女みたいにお祈りとか皆無なんです。
王国中のクセの強い女性を集めた集団ではないかと思わなくもないです。
「巫女よ、急ぐぞ」
「あっ、そうですね。でも、ラッキーです。帰りに、この竜を食べましょうね」
「食べられるの?」
「肉なら何でも食べられますよ。意外に人間の胃袋って丈夫なんです」
「でも、普通の魔物と違って急に現れたのよ?」
「瘴気の多い所だと、たまに居ますよ」
言いながら、私は氷の魔法を心の中で唱えます。水竜の体ごと池が凍りつきました。冷凍保存です。
そして、先へと進むのです。




