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狂気の沙汰

 ランチボックスを机の端に寄せ、私は椅子に座って真っ直ぐ前を向いていました。黒い大きな板が正面の壁にあり、私は少し身震いします。実はこの風景はトラウマなのです。


 昔、何かの拍子で筆記試験を受けさせられた経験が2度も有りまして、余りに意地悪な問題に私は恐れを為してしまいました。嫌な記憶です。

 まぁ、でも、しかし、所詮、ここは蛮族の学校なので低レベルでしょう。そこまで心配していません。そもそも、筆記用具がないので試験という名の試合が成立しませんからね。



 机は一人ずつ分離したタイプでして、ノートを二冊ほど広げることが出来るかな程度の幅です。正直、小さいですね。竜の神殿ではアシュリンさんが使っていた机がスタンダードサイズでして、横幅は私が両手を広げたくらいは有りました。


 つまり、私としてはこの机が不満です。アシュリンさんよりも格下みたいに思えてしまうから。大体、引き出しも一個しかなくて、不便です。

 いずれ、私専用の机を用意しなくてはなりませんね。ベセリン爺に用意させましょう。



 机の天板のすぐ下にある引き出しを開けると、本が二冊ほど入っていました。パラパラと捲ると、両方とも古典文学ですね。うん、私、読んだこと有ります。実は私、本好きですから。何でも読みます。

 お父さんが隠し持っていた女の人が縛られて色々されるサスペンス小説さえ、頑張って読了しました。それから、気持ち悪かったので、その感想と隠し場所ををお母さんに伝えました。横にいたお父さんの目が死んでいましたね。



 しかし、あれです、誰も私に話し掛けてきません。折角、皆さんのお手本となるエレガンツなシティガールが傍にいると言うのに。


 こう見えて、私はパンツ履いているんですよ?

 皆さんはきっと一枚の布でしか守られていないと思いますが、私はズボンとパンツの二枚の布が股間を守備しているのです。


 ほら、そこのお嬢さん。貴女はスカートですが、風が吹くと大変なことになりますよね。

 更に、はっきり言及してしまうと()()()()()もありますが、私はちゃんと剃っているのです。レディーの証です。積極的に見せることのできない影の努力なので、どうやってアピールすべきかですね。中々の難問ですよ。



 私が思い悩んでいると、遂に人が近寄ってきた気配を感じました。


 私は笑顔で対応します。

 相手も笑顔でした。でも、ちょっとにやついた感じの穢らわしい顔です。蛮族だから仕方ないのです。許してやりましょう。


「あん? クラス間違えてんのかよ。お前、俺の席に座ってんじゃねーよ。なんだ? 俺の女になりたいってのか、あ? 孕まされたいのか? だったら、まずは乳を出せよ。味見くらいしてやる」


 さすが蛮族。いきなりの「生殖欲求を満たしたいんです。お願いします」と煩悩の告白です。歴戦の勇士である私もビビりました。


 初対面ですよね? 昨日、短時間だけ来ましたが、ほぼ初対面ですよね? えー、これがこの土地の礼儀なのでしょうか。カルチャーショックです。


「すみません。野蛮過ぎて、私には理解できませんでした。耳が腐りかねないので、ご退出をお願いしますね」


 心に余裕があるとはこういう事を言います。私は清らかなる竜の巫女ですので、慈愛に満ち溢れています。


「あん? そこは俺の席だっつーてんだろ。殺すぞ?」


 まぁ、弱っちいのに生意気です。

 確かに歳の割りには巨体ですし、短髪と肌黒さも合わさって一見強そうですが、私が腹を殴れば、悠々と背中まで貫通する大穴ができるでしょう。はっきり言って、お外に生えている木の方が固い分、強いんじゃないかなと思います。


「誰がそんな事を決めたのですか? 今日からここは私の席になりました」


 全く図々しい。私ではなく、こいつが退学処分になれば良いのですよ。メリナ、悔しいです。歯がギリギリ鳴りそうです。



「あっ、サルヴァ様、こいつ、昨日、レジスをぶっ殺そうとしたヤツですよ!」


 生意気な背の高い蛮族に隠れて見えませんでしたが、その背後にも何人か仲間がいたようです。そいつらの一人が私を物騒で心ない言葉を用いて侮辱しました。

 更に別の声がします。


「……こいつ、滅茶苦茶ヤバイです。な、何ですかね。いきなり教室にやって来てレジスを殺そうとしたんです……。まさか今日も来るなんて……」


 もう一人は声が震えていますね。確か、昨日、私を上玉だと下品ながらも誉め称えたヤツです。昨日の威勢はなくなっています。


 お前の質問に答えるなら、退学だから来てはダメだというルールはないからですよ。おバカですね。



「サルヴァ様は昨日はお休みでご存じないでしょうが、この女、本当に狂ったヤツです」


「刺客にしても、こんなに堂々としてるなんて……。お前、どこのクラスなんだ!?」


 ふふふ、蛮族め。喚き倒しておりますね。


「うふふ、元クラスメイトですよ? お忘れになられましたか?」


「!?」


「……だ、誰だ!? ジョアンが虐めて転校したヤツか!?」


 まぁ、悪どいことをしていますね。



「気に食わねーな。仕返しかよ。俺を舐めてんな」


 きっぐう! 私も気に食わないと思っておりました!


「ちょっと面貸せよ。もう一度、痛め付けてやるからよ」


 ふん。ごみクズが偉そうに。

 私は無言で立ち上がります。それから、大きなランチボックスを手にします。これは大切な物でして、私の目を盗んでクラスの誰かに奪われると嫌ですから。


「あ? ビビって荷物を持って帰るのかよ。許してもらえると思うなよ」



 いつの間にかクラスメイトも揃い始めているのですが、不穏な空気を察して、私たちの周囲には寄ってきません。

 視線さえもこちらに向けずで、我関せずですね。


 貴族学院と大層な学校名ですが、蛮族のガキなんて高が知れています。気品もクソも御座いません。か弱い外見の私を見捨てるなんて、最低ですよ。



 ここで扉が豪快に開いて、男性の声がしました。


「おいっ! もうすぐ朝の会だぞ! 早く着席しろ」


 担当教官のレジスでした。昨日は背骨を粉々にして申し訳ありませんでした。でも、もう両足で歩けるのですね。私の回復魔法のお陰で御座いますから感謝なさい。


「あっ! お前、メ、メリナ! どうして――」


「おっさん、すまねーな。この女、ちょっと貸してもらうからな」


「サルヴァ! 勝手な事を抜かすなっ!」


「あ? 下級貴族のクセに俺に楯突く気か? お前の妹、どうなっても知らねーぜ。良い乳してたなよな」


 ……こいつ、どうして乳に拘るんだろうか。

 しかも、衆人の前で自分の性癖を放言し続けるなんて、狂気の沙汰ですよ。前代未聞のヤベーヤツに目を付けられたかもしれません。

 早々に教育が必要でしょう。



「あ、歩けよ!」


 私は後ろから仲間の連中に肩を押されながら、どこかに連れていかれます。

 その間、レジスは無言でした。



 何かの建物の後ろに連れていかれました。


「サルヴァ様、こいつ、素直に付いて来やがりましたよ? 本当にこんな所で服を剥いで胸を見るんですか……? ヤバイっすよ」


「サルヴァ様のご命令に従えないのかよ、ジョアン。なら、お前は俺たちのグループから外れろよ」


「な、何を言ってんだよ、カークス! むしろ、興奮してきましたって意味だ!」


 ふん。戦闘前に興奮するのは素人です。


「でも、あんまり無茶するなよ。サルヴァ様でもやり過ぎたら揉み消せないからな」


 しかし、皆さん、汚ない目で御座いますね。理性や信念を感じません。単なる野獣と一緒ですよ。



 私を囲む彼らに問います。


「すみません。この様にクラスメイトを貶して脅して、貴殿方の誇りは傷付かないのでしょうか? 他のクラスメイト達もこの様な仕打ちを受けているのですか?」


「ギャハハ! こいつ、ビビってんな! ほら、土下座しろよ! そしたら、サルヴァ様も許してくれるぜ!」


 ふむ。

 むしろ、本来の目的は性的なものではないのか。彼らの妙な緊張感が緩和されて、調子に乗ってきました。

 恐らくは口汚く脅して支配下に置きたいのでしょう。

 三流で御座いますね。アデリーナ様なら、飴と鞭です。最初は飴をやるのです。



「土下座は致しません。私は土下座させる側ですから」

 

 どうですかね。

 強く言い放つ私は気品に溢れています。

 何たる崇高さでしょうか。きっと輝いています。

 今日の日記のネタができて嬉しいです。


 私は(ひざまず)いて、手にしたランチボックスを地面に置きます。

 それから、もう一度言います。



「他の生徒さんにもこんなマネをしてるなら、許しません。2度とできないように始末して差し上げましょう」


「お前、生意気だな!」


 害虫駆除です。得意分野ですね。

 下っ端の一人は顔を真っ赤にしていまして、私に殴ってきました。不意を突いたおつもりなのでしょう。


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― 新着の感想 ―
[一言] おぉっふっww タイトルどうり狂気の沙汰だね、 田舎の貴族ボンボンが都会?のメリナ公爵に喧嘩を売るとはww
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