ガランガドーさん、頑張る
ショーメ先生とタフトさんは公爵閣下とかいう小太りのおじさんを締め上げていました。いえ、物理的な意味ではなくて、もちろん、言葉や剣での脅しの事です。
ここにある書類は解放戦線のメンバーでも中枢の者しか知らないものでしたので、これを公開されると、公爵閣下の立場は非常に悪くなります。また、こんなのが知れ渡ったら、当然にナーシェルを裏切ったのですから報復もあり得ます。
そんな状況ですので、公爵閣下は意外に早く陥落しまして、ショーメ先生の指揮下に入ることが決定しました。
ショーメ先生は公爵閣下に血判状を要求されました。今後はデュランではなく王国と直接に連携することと、デュランからのコンタクトは随時タフトさんに連絡するように約束させたのです。もちろん、ショーメ先生への忠誠も。
それらの約束を違えた日には、この血判状を表に出し、アバビア公爵の信用を地に落とすとも仰っていました。
「メンディス殿下を捕らえている場所はどこですか?」
「……知らぬ」
明らかに不審な目の動きをしました。血判状を書いても、まだ心の奥では反逆心を持っているみたいですね。
「メリナさん、口の聞き方を知らないようです。お願いします」
へ? 私をご指名ですか?
「拷問とか苦手なんですけど?」
「躾で御座いますよ」
あぁ、そうでしたか。ならば、得意です。何しろ私は曲がりなりにも教職希望者ですからね。
「ショーメ先生、分かりました。では、公爵閣下、ここでは、何ですから廊下に出ましょうね。汚れますからね」
私は公爵の首根っこを持って、扉の向こうへと引き摺って連れていきます。普通に歩いて頂けたら、私もこんな抵抗する罪人みたいに扱わなかったのですけどね。
この部屋の扉は分厚いので、廊下で発せられる公爵閣下の悲鳴がサブリナさんに届かないのは大変に都合が良かったです。
「メンディス殿下は……ハッシュカの地下牢に監禁しています」
はい、躾を終えた公爵閣下は完全に我々に服従しました。
「メリナは不思議な力があるの? サルヴァ殿下に次いで、アバビア公爵閣下まで素直にするなんて……」
「サブリナ、これは私の人徳です。実は、昔から数々の男を更生してきた経験を持つのですよ」
「凄い……。さすがブラナン王国からの留学生ね」
そんな私とサブリナさんとの友人トークを邪魔したのはタフトさんでした。
「行きましょう! ハッシュカならば馬を走らせば半日で到着するでしょう!」
気合い入りまくりのタフトさんです。
私は気が進まないので、彼の意気込みが不愉快で御座いますよ。
「そんなことより、お腹が空きました。アバビア公爵よ、飛びっきりに贅沢なお昼ご飯を用意しなさい」
「はい! 喜んで! 今すぐにっ!」
「……メリナ、あなたは凄いけど、そんな横暴なお願いは礼儀が……」
「サブリナさん。メリナさんも、こう見えて公爵閣下なんですよ。今の無礼な口も公爵同士の友情の表れかもしれませんね」
「メリナ殿! 飯など私が用意させます! 馬車の中ででも食べたら良いではないですか! 公爵閣下もこの部屋を去ることは許しませんよ!」
むぅ、タフトさんは強引ですよね。しかし、お食事を頂けるなら、私は問題ないです。
「メリナさん、ガランガドーさんはどんな感じで御座いますか?」
「ガランガドーさんですか? ショーメ先生のご依頼通りに、ノリノリで南に飛んでいきましたが、どうなんでしょうね。ちょっと待ってください」
ガランガドーさん、もう終わりましたか?
『おぉ、主よ。楽しんでおるぞ。だが、少々待ってほしい。――グハハハ、弱き者共よ! 世界の支配者たる我に平伏すが良いっ!』
盛り上がっていますねぇ。
あれ? でも、今日の朝、ショーメ先生は南方にいるシュライド軍を蹴散らせて欲しいと、私に依頼してきたのです。
解放戦線とシュライドは連携していて、ナーシェルを外と内から攻撃するつもりだったのだと思います。ですので、解放戦線を手にしたショーメ先生にとって、シュライド軍は味方のはずですよね? どうして襲わせたのでしょうか。
「メリナさん、ガランガドーさんはもう終わっていますか?」
「あっ、ちょっと待ってください。まだ戦っているみたいです」
ガランガドーさん、さっきので終わりましたか?
『ククク、実に脆い。我の力を歴史に残そうぞ』
ガランガドーさん、独り言はお止めください。もう終わりましたか?
『おぉ、主よ。うむ、今、5個目の街を落としたところである。無論、主の指示通りに、誰も殺してはおらぬぞ。自力で回復できる程度に瀕死にしておるだけである』
5個目かぁ……。まさかですねぇ……うーん……良くない事だと思うなぁ。
「グハハハ、まだまだ南に進むのである!」
そっかぁ、南の敵って言ったから、1つ目で止まらずに直進しちゃったのかなぁ。うっかりさんですよ、本当に。
「メリナさん? 意外に時間が掛かっているのですね」
ショーメ先生は普通の顔です。張り付いたような笑顔ですが、まぁ、友好的な態度なんでしょう。
しかし、先生に伝えるのは嫌だなぁ。いや、仕方ないか。悪いのはガランガドーさんだし。
「ガランガドーさんは、現在、5個めの街を落としました。順調ですね! ショーメ先生の指示通りです!」
まずは勢い。勢いで「あれ? そんな指示出したかな?」って不安にさせましょう。
「はい?」
「ガランガドーさんは、現在、5個の街を落としました! 諸国連邦的には5ヶ国と表現した方が良いのですかね。何にしろ快進撃です! 我が方の完勝も近いですね!」
「……すみません。アバビア公爵閣下、地図有りますか?」
ショーメ先生は教えてくれました。
ハッシュカは内乱が進行してから、シュライド側に寝返った国でして、ここを攻撃して、これ以上、他の街がナーシェル陣営から脱落しないことを狙ったのでした。また、シュライド側の軍も叩くことで、一旦戦局を落ち着かせたい思いもあったそうです。
その目的は達成したでしょう。
ショーメ先生は、解放戦線を中立的なポジションに置き、ナーシェルとシュライドの両側が疲弊するのを待つ作戦でした。そうなってから、両者の間に立って影響力を行使するのですね。
「5個となると、ハッシュカから延長して、えーと……。ん、まぁ、シュライド側ばかりか……」
「えっ、じゃあ、良かったじゃないですか。一気に戦力均衡ですね」
私は喜色満面です。ガランガドーさんの失態でなくて良かったですよ。そして、私の管理責任も問われないのです。先程までシュライド側に肩入れしていたサブリナさんには悪い気がしなくもないですが。
「ハッシュカはもう陥落しているのですね? ならば、なおのこと急がないといけません!」
タフトさんは公爵さんに馬車を用意させました。昼ごはんも積むように言ってくれたので安心しました。




