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拳王

 いきなりの展開に私はビックリしました。殺してはない。殺す気もなかった。なのに、退学なんておかしいです。ただの瀕死です!

 その辺りを私は主張します。


 しかし、顎が尖って三角眼鏡を掛けた目の前のおばさんは許してくれません。


「はあ? 殺人未遂ですよ! いえ、たまたま保健室のベラ先生が居たから良かったものの、殺していたのかもしれません!」


「手加減しました。死んだとしたら、弱すぎるんだと――」


「あなたっ! 大国であるブラナン王国の威光を笠に着ているのですね! 本学はそういった政治的な立場を越えて、友情と博愛を育む場なのです! 貴女は退学です!」


 えー、退学なんですか……。

 正直、そんなに困らないですね。イルゼさんが再訪した時に、連れて帰って貰えば良いですし。


 ……違うっ! 学校に通わないとアデリーナ様に拷問を受けるんでした! それは絶対に避けないといけません!!



「そもそもですよ! これ、あなたの経歴書です! ご覧になって下さい!」


 アデリーナへの恐怖のせいか、無意識に少しばかり手が震える私の前に、一枚の紙がテーブルの上に置かれます。


 あっ、アシュリンさんの筆跡ですね。部署の小屋で何か書いていましたが、これだったんですか。


「シャールの竜の巫女見習い、聖衣の巫女、デュランの先代聖女、王都の解放者、ラッセンの一代公爵」


 ふむ。半年前くらいの業績ですね。私、色々と頑張ったなぁ。天才パン職人が抜けていたりしますが、アシュリンさんはご存じなかったか。


「よくもこんなに盛りに盛った出鱈目をお書きになられますね!? 大体、王国って何ですか! 世の中には多くの王国が有るというのに、貴女方、ブラナン王国の方々は、大国である思い上がりから、自分達の国だけが王国だと考えているんでしょうね!」


 王国の件はよく分からないですね。


「出鱈目ではないんですよ」


「それから、今の職業! これは何ですか!?」


 竜の巫女ではない?

 アシュリンさん、何を書いたんだろう。

 ……あいつ、巫女戦士か戦巫女とか適当に書いたのか。ったく、どうしようもないクズですね。


「拳王って、人を舐めているんですか!?」


「けんおう?」


「拳の王と書いて、拳王です!」


 !?

 はあ!? アシュリン、ぶち殺すぞ!!

 巫女ですらないのかよっ!


 私は紙を見詰めます。

 マジで書いてるよ、あいつ。


 こんな公式書類で誹謗中傷をされるとは思ってもいませんでした。

 これはパワハラそのものです。最近設置された神殿の巫女さん相談室にチクらないといけないですね。帰国が叶えば……。



 中年のおばさんは怒鳴ります。日頃の鬱憤を私で解消しているのではと思うくらいにキーキー喚いております。


 シャールの副神殿長もメガネおばさんでしたが、眼鏡を誉めれば仲良くなれました。その作戦は、この人に対しても有効かもしれません。


「そ、その眼鏡、素敵ですね……?」


「拳王とは何ですか!?」


 はい。完全に私の言葉は無視されました。


「こっちが知りたいです。あっ、そうです。その拳王はどうやって稼ぐ職業なのか、この学校で教えてください」


 うまい! 我ながらにトンチの効いた返しだと思いますよ。これで、目の前のおばさんも「まぁ! それもそうですね! 是非、我が校で一緒に学んでいきましょう!」と私の手を取って喜んでくれるのではと、一瞬思いました。


「学院長には私から説明します。お帰りなさい」


 もちろん、私が思い描いた展開にはなりませんでした。冷たく帰れと言われただけです。


 入学初日に退学とは思ってもおりませんでした。日報に何て書けば良いのだろう。後から読み返されて、私の行動をアデリーナが確認するんでしたよねぇ……。憂鬱です。



 さっきのババァを殴り付けたら撤回してくれるかなぁ。いやぁ、でも、過剰な暴力は良くないかな。私、先進国の民だし。どっちが蛮族だとか思われかねないかな。

 拳王だもんなぁ。拳王だから良いかと居直る選択肢も取りたくないなぁ。あいつ、やっぱり拳王だぜって後ろ指を差される生活は耐え難いですし。



 お説教部屋みたいな小部屋から出された私は、トボトボと外へ向かいます。途中、私の担当教官レジスの微かな魔力を感じ、回復魔法を掛けることを忘れていたことに気付きます。危うく、本当に殺人罪になるところでした。


 保健室。そんな名前が表示された部屋の中に彼は居ました。

 私の通り道にこの部屋があって幸いでした。そうでなければ、しばらく寝たきり生活になるところでしたよ。即座に無詠唱での魔法行使を致します。

 中から何人かの歓喜の声が聞こえたので、彼は華麗に復活したことでしょう。私の回復魔法は今日も快調のようですね。



 さて、重い足取りで校門を出た所に、家令のベセリンが背筋をピンと伸ばして立っておられました。私と別れてからもずっと、この姿勢だったのでしょうか。何たる忠義。

 歴代最速の退学を記録したと推測される私の心を和らげてくれる清涼的な存在。それがベセリン爺です。



「お疲れ様です、お嬢様。ご学友は出来そうで御座いましたか?」


 にこやかに問う彼の表情を見てしまうと、私は正直に伝えることはできませんでした。


「えぇ、まだお話もしていませんが、賑やかなクラスで私も元気いっぱいな毎日を送れそうです」


「いやはや、良かったで御座います。では、明日から丹精込めた御膳を用意致せます。昼食時には皆の注目の的で御座いますな。わははは」


 軽快に笑うベセリン爺を見ながら、私は冷や汗を掻きます。顔中がべったりです。

 この人の期待を裏切ってはならぬと、新たなプレッシャーを受けたのです。


 私に挽回の余地は有るのでしょうか。教えてください、聖竜様!

メリナの日報


今日からナーシェル貴族学院に入学した。

いっぱい勉強するぞ!


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