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確認される日報

「ごほん、ごほん、ごほっ、こほっ、グガッ、ガハッ!!」


 嘘の咳をしていたら、途中で気管に唾が入って本当の咳になりました。しかし、好都合。自然と涙目になれました。


「お久しぶりで御座います、メリナさん」


「ごほ、ごほ、ごほごほごほん。すみません、大変な高熱ですので、早々に退散頂けませんか? ごほん」


「きったない唾液が飛んできて不愉快ですから、その猿芝居をお止めください」


 ちっ、今日もその嫌みったらしい口は健在ですね、アデリーナ様。



 彼女らは一瞬で私の目の前に現れました。聖女イルゼさんによる転移魔法を使われたのです。

 ガランガドーさんはその転移魔法は乗らずに、シャールの体から、こちらにある体へ意識を移動させています。実質的には転移魔法みたいな物ですが、イルゼさんが居なくともガランガドーさんはシャールとここを行き来出来るように考慮されたのでしょう。

 毒物専門家のケイトさんはいらっしゃいませんでした。顔料なるものを用意するので、数刻後にイルゼさんが迎えに行くそうです。

 聖女を道具のように扱うのは、流石はケイトさんです。最近、内面のどす黒さを隠さないようになってきましたね。



「イルゼ、自由にしていなさい」


「はい。畏まりました。では、シャールに戻りケイト様をお待ちしております。メリナ様、後ほど、お茶でも致しましょう」


 はい、消えた。私の味方になりそうな聖女イルゼはシャールの神殿に避難したのです。敵前逃亡です。私も連れていって欲しいです。そして、ここにアデリーナ様を置き去りにすれば良かったのです。



「メリナさん、日報をお読ませ下さい」


 ふっ、私が書くのをサボっていたことを咎めるつもりですね。愚かな。ちゃんと書いていますよ。残念で御座いましたね。


 私は部屋から取ってきた日記帳を、両手でアデリーナ様に恭しく差し出します。

 胸に突き刺す勢いで。


「危ないで御座いますね」


 なのに、アデリーナ様は片手でそれを凌ぎました。しまったなぁ。魔力を乗せて鈍器のように固くした方が良かったです。


「すみません。目測を誤りました」


「あぁ、だから、人の道からも大きく踏み外しているので御座いますね。視力、大切で御座いますよ」


「えぇ。アデリーナ様よりはマシかと存じ上げているので御座いますが……」


 私達は微笑み合います。



 ベセリン爺がお茶を持ってきたので、庭で私の日報を確認することになりました。

 大丈夫です。ほぼ書いた内容を忘れていますが、変なことは記していないはず。こうなる事態を想定して細心の注意を払いましたから。



初日

 今日からナーシェル貴族学院に入学した。

 いっぱい勉強するぞ!



「ふーん、案外、気合いが入っているじゃない」


「えぇ、勿論ですよ。アデリーナ様は私を誤解しすぎています」


「それは申し訳御座いませんでした」


 ふふ、まさかの初日退学とは思いも寄りませんよね。



2日目

 今日の私はシャイニング。

 あいつの股間はハプニング。

 真っ赤に染まったチンチング。



 何を書いてるんですか、この日の私はっ!?

 内容に加えて韻を踏んでいるのが、更に腹立たせます。


「……前言撤回で宜しいでしょうか?」


「……えぇ」



3日目

 好きな食べ物は「人間の肉」じゃなくて、「お前達だっ! グハハハー、食らえ、デスビーム! ビビビー」なら盛り上がったかな。

 次は外さないもんね。



「ど、どうですかね? ……デスビーム?」


「良いんではないですか? 王都でも出されていましたよね。当てて殺すんでしょう?」


「いえ、自己紹介なんですが……」


「尚更、良いではないですか。それ以上の自己紹介は御座いませんよ」



4日目

 円周率が再び襲って来そうです。

 無理性を証明しろって迫ってくるんです。

 無理だって叫んでいるのに。それでは証明にならないのでしょうか。

 しかし、この日記を書いている最中に、私は思い付いたのです。

 テストを受けなくても怒られず、かつ、学校にも堂々と通う方法を。



「数学ですね。私がお教え致しましょうか?」


「結構です」


「でも、テストを受けなくて済む方法って碌なものじゃないでしょう?」


「いいえ」


「ふーん。背理法が簡単ですよ」


「興味ないです」



5日目

 蟻さんは一生を労働で費やします。

 私と同じ境遇で可哀想です。

 だから、応援します。

 あと、レジス教官が家に来た。



「メリナさんは働いてないですよね?」


「えっ! えぇ!? えっ!?」


「そんな大声を上げても結論は変わりませんよ。蟻の何割かはブラブラしているだけとも聞いた事があります。なので、メリナさんが蟻なのは当たりでしたね。うふふ、怠け蟻です」


「こんなに働いているのに、まだ怠けていると言うんですか? 信じられないです。巫女さん相談室に密告しますよ」


「どうぞどうぞ」



6日目


 蟻さんはほんのり酸っぱかった。

 どうしてなんだろう。

 レモンに似ているかも。

 新しい調味料発見?



 アデリーナ様は日報から目を外し、私を真剣に見詰めてきました。


「……驚異的で御座いました」


「味がですか? アデリーナ様は既にご経験済みでしたか」


「そうでは無いです。幼少の際にどんな食生活を送れば、こんな発想が出てくるのかとビックリしたのです」


「……バカにしてます?」


「しないでか、と答えます」



7日目

 今日は色々と有りました。

 濃厚な一日でしたが、パンツを履いているというサブリナさんの表明が一番印象に残っています。アデリーナ様みたいな赤いスケスケなのでしょうか。



「……透けてはない!」


「本当ですか? 見たくはないですが、確認させてもらって良いですか?」


「透けてはない!」


「えー、赤いのは事実なんですか? えー、派手ですよね。誰に見せる訳でもないのに。あっ、そうだ、そろそろ、ご結婚してはどうですか?」


「余計なお世話です」




8日目

 アデリーナ様へ

 ガランガドーさんがアデリーナ様に恋心を抱いていますが、お付き合いは許しません。

 私の目の黒い内は、うちのガランガドーさんを貴女には差し上げられませんので、悪しからず。

 お早めに絶縁を申し出てください。

 メリナの一生のお願いです。

 間違っても、私と親族になりませんように。



「ほう。私を愛すると言うのですか、そこの竜が」


 アデリーナ様はガランガドーさんを見ます。それにビクリとする彼。


『えっ、えぇ!? 違うよ、アディ。交尾したいとかそんな俗な事じゃなくて――』


「ふむ。下手な男と結婚するくらいなら偽装結婚か……。一考の価値はあるか……」


「はぁ!? 私の目の黒い内は許さないって書いてますよ?」


「そこは問題では御座いません。白くすれば宜しいのでしょ?」


「私と殺り合うってことですか!?」


「ガランガドーさんは私の味方で御座いますよね?」


「まさか! ガランガドーさんと私はその辺のちゃちい関係とは違うのですよ! 何千回、何万回と首をチョン切って服従させたんですよ!」


「私が何億回かメリナさんの首を切れば良いのですかね」


 ぐぬぬぬ……。

 出来もしないことをほざきおって。



9日目

 メンディス殿下という方が意識混濁の姿で発見されたそうです。怖いです。

 犯人を見つけたら絶対に捕まえてやる所存です。

 でも、このままでは迷宮入りしてしまうかもしれません。恐怖に負けそうなので、早くシャールに戻りたいです。



「メリナさん、王子を殺そうとしたのですか?」


「……犯人は捕まえてやると書いてますよ?」


「その後ろにシャールに逃げたいと書いて御座いますね?」


「……恐怖に負けそうだからですよね」


「まぁ、良いです。私が思っていた通りの展開ですよ」



10日目

 メンディスという王子が暗殺未遂になったのは解放戦線なる悪逆非道な連中の仕業だと思います。

 ご安心ください。いずれ私が捕まえて、あらゆる罪を白状させます。事後になるかもしれませんが、多少の拷問の許可をお許しください。

 また、学院の安全保障はこの用務員メリナにお任せください。

 あと、クラスメイトから綺麗な絵を貰ったのでアデリーナ様に献上します。神秘的な森の絵ですよ。



「解放戦線?」


「王国の影響を無くそうとしている方々です。撃退しましたが、一部を泳がしてデュランの元暗部の方が追跡中です」


「なるほど。元暗部というと、フェリス・ショーメですね」


 アデリーナ様は暗く笑います。特に意味がない事が多くて、只の癖です。


「ご存じでしたか?」


「えぇ、だから、あなたを貴族学院に入れたのですよ。よく彼女を引き込んでくれました」


「私と知り合いだと知っていたのですか?」


「前王との王都決戦でもいらっしゃったでしょ。よくやりました、メリナさん。誉めてあげましょう。デュランを完全支配下に置く布石となるでしょう」


 ……どういうことでしょう。私が諸国連邦の貴族学院の人々と交流して、何故か疑問は有りますが、結果としてナーシェルが王国に逆らわないようにしましょうとアデリーナ様から聞いていました。デュラン云々は初耳です。そう言えば、表から影から吸い上げられたナーシェルの財をデュランは利用しているみたいです。それを奪おうと言っているのか。

 いえ、そこまでしなくても、諸国連邦をデュランから離れさせたらデュランは弱化して王国には都合が良い? うーん、でも、結局は王国全体の国力は下がる訳でして、そんな下策をアデリーナ様が取るはずが御座いません。


「用務員さんの仕事も頑張ってくださいね」


「へ? あっ、はい。ありがとうございます。絵も持ってきますね。大事に持って返って下さい」


「えぇ。貴女から物を貰うのは少し気が退けるというか、嫌な予感しかしないですね」


「まぁ、ご冗談を」


 しかし、アデリーナは勘が鋭い。確かにサブリナさんが描いた絵は呪われているのではないかと思うくらいに、おどろおどろしいですからね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アデリーナ様は暗く笑います。特に意味がない事が多くて、只の癖です。 __ これだけであれから更に仲良くなったと分かるなぁww [一言] どうでも良い情報かもしれませんが…  酸っぱい蟻…
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