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絵の具

 私は木の扉に取り付けられた鉄の輪っかを持ち上げて、ドンドンと軽く扉へ叩きつけます。ドアノッカーってヤツですね。ライオンの頭がおしゃれです。


「はい?」


 中から声がしました。


「メリナでーす。遊びに来ました」


 そう、私は親友であるサブリナの家に遊びに来たのです。


「まぁ、光栄で御座います。お越し頂き、感謝申し上げます。何もおもてなしは出来ませんが、気持ちだけでもメリナを歓迎致します。さぁ、中へどうぞ」


 扉が開いて、出てきた彼女の手には赤とか青とかの色が付いていました。お化粧とかではないですね。こっちの人の文化なのかなと一瞬思いましたが、絵の具でした。



「絵を描くのって楽しいんです」


 例の雑草で作った茶を入れて貰い、二人で啜ります。


「へぇ、私もやってみようかな」


「えぇ! 一緒にやりましょう」



 サブリナは親切です。素人の私に丁寧に優しく教えてくれます。アシュリンみたいに鉄拳制裁から始まったりしませんし、アデリーナ様みたいに無茶振りした挙げ句に「そんな事も出来ないなんて、クズですわね。森の猿以下で御座いますね」とかも言いません。


 サブリナは道具を見せながら、説明します。

 布を張ったキャンバスという板に、まず、木炭の欠片で下書きを書き、その上に暗い色からゴテゴテと筆やナイフで色を付けます。この時に黒い絵の具は使わずに、混ぜて作った暗い色を使うのがコツだそうです。それで、絵の具の油を乾かしつつ、色を重ねて立体感を出していくのです。

 うん、簡単です。


 でも、実際にやってみると、難しい。

 色を付けるのはまだ早いのは分かっています。でも、下書きにしても、聖竜様を書こうとするのですが、どうしてもあの雄々しさが再現できずでして、体全体に対して頭が半分くらいあるし、お目々もクリクリの真ん丸になるし、羽もヒヨコみたいになってしまいます。


「メリナ、初めての絵なのですか?」


「はい……。お恥ずかしいです……」


「才能を感じます。私とは違う方向性ですが、何だかキュートな絵を描くのが上手だと思います」


 キュートですか……。うーん、聖竜様は凛々しくて厳かな感じが良いんですよね。こんな絵では不敬罪です。重罪です。やはり、この身を聖竜様に捧げるしか御座いません。



 何回かリトライしましたが、やはり、丸っこい絵になってしまいます。



「試しに私の顔を描いてみて下さい」


 サブリナがそんな事を言いまして、私もチャレンジ致します。


 まずは目から入ります。赤茶色の瞳ですが、私が使うのは木炭ですので黒くなってしまいます。せめて、柔らかく当てて薄墨色にしましょう。クリクリって描きます。

 あれ? 縦長の楕円形になってしまいました……。しかし、消せませんね。そのまま進めましょう。

 お鼻は小さく、お口は大きく笑ってっと。サブリナさんは小顔なので、輪郭を圧縮して、水色の長い髪をサラサラぁ、サラサラぁと伸ばします。耳は髪に隠れているので、ちょこんと耳たぶだけ。前髪もチョイチョイと書き足して、最後に目尻の下に黒子(ほくろ)で出来上り。

 出来上り……。

 ちょっと違うなぁ。


「凄いです! メリナの絵はちゃんと特徴を捉えていますね。こういうの、デフォルメって言うんですよ」


 んー、誉められているとは思うんですが、うーん、こんな絵が廊下とかに飾られていたら、やっぱり恥ずかしいなぁ。



 なので、私は休憩に入ります。サブリナの描く絵の続きを見るのです。


 サブリナくらいのレベルになると、もう筆を使わないんですね。小型のナイフで絵の具を適当に混ぜて、違うナイフでコネコネとキャンバスに擦り付けます。大雑把に見えて、描かれる物体は繊細に見えます。色とりどりだし。


 こうして出来上がったのは顔が四分割された猫っぽい山です。山なのかな……。血が流れているみたいに見えるし。

 技量の無駄遣い。そんな言葉こそ似合う絵でした。



「どうですか?」


「幻想的ですね」


 私、さらっと誉め言葉が出ますが、内心、胸が痛いです。



「絵の具って高いんですよ。土を使う分には良いのですが、ほら、良い絵の具は石を砕いて油と混ぜるんですが、元は宝石みたいな物なのです」


 ほう。

 石砕きは得意とするところです。自作の化粧品も作っていたくらいですから。


「綺麗な原色が使えれば良いんだけどなぁ」


 どう良いのかは問いません。色の問題ではないところで欠陥があるのは明らかだからです。


「私の国は海が近いから船の帆布も手に入れ易いし、森の恵みを加工するのも伝統だから植物油を取る技術も発展しています。だから、油絵なんてピッタシな環境だと思いましたが、宝石は取れなくて困りました」


「困ったときのメリナですよ。分かりました。様々なものを用意致しましょう」



 私は自分の館に急ぎます。それから、庭で惰眠を貪っている自称「真の死竜」であるガランガドーさんを起こします。



『絵の具の色付け粉であるか……。すまぬな、主よ。さっぱり分からぬ』


「えぇ、お前には期待しておりません。シャールの竜神殿に戻って薬師処の方々に訊いて貰えますか?」


『なるほど。幸い、あちらの体も消えてはおらぬであろう。暫し待たれよ』


「ケイトさんはダメですよ。あの人、毒物の専門家ですからね。色彩豊かな毒物を推奨してくると思います」


『了解した。マリール嬢が良かろう』


「はい。お願いします」


 ガランガドーさんは目を閉じて、死んだように動かなくなりました。ひっくり返しても微動だにしないので、こっちの体は死体みたいなものに変わったのでしょう。



 生きてますか?


『うむ。シャールに着いておるぞ』


 便利だなぁ。転移魔法みたいです。

 でも、ガランガドーさん、ちゃんと質問できますか?


『ふっ。我ほど優秀な従僕はいないと断言しようぞ。しかし、良かろう。主の案じる気持ちを和らげる。状況を手に取るように主が理解できるように、我が的確な実況を行う次第である』


 ……いや、そんな滑稽な事を言われると、逆に心配する気持ちが湧き出たのですけど?


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