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通学初日

 イルゼさんというか、イルゼさんが身に付けている転移の腕輪は素晴らしいです。念じれば即座に色んな場所に行けます。代々の聖女に受け継がれる宝物なだけは有りますね。


 上品な物言いで彼女に勧められて、私はソファーに座ります。私に遅れてイルゼさんが対面に座り、私達の間に位置するローテーブルの上にあった把っ手付きの呼び鈴をカランカランと鳴らして召し使いさんを呼び出しました。


 見事なことに、さして時間を開けずに、お茶とお菓子が用意されました。持ってきたのは白のボタン付きシャツに黒いジャケットとズボンを身に付けた高齢の男性です。でも、背筋が真っ直ぐで服にも一切の皺がないことから、彼の几帳面さと、歳に負けない壮健さを伺い知れます。用が済んでも彼は部屋の隅で待機します。



「ここは我が街デュランの公館だった館です。メリナ様がお住まいのシャールの公館はこのナーシェルには御座いませんので、ここをお使いください。私の権限で、メリナ様に所有権を譲りましたので、思うがままにして下さい」


 イルゼさん、本当に私に優しいです。最初に会った時は殺伐感も若干あったりしたのですが、今となっては嘘のようです。


「それでは、私は失礼致します。……本当はメリナ様と会話を楽しみたいところなのですが、アデリーナ様より脅されておりまして……。今後も稀にしか来れません。本当に申し訳ございません」


 私に深々とお辞儀をして、彼女は去りました。しかし、アデリーナ様、私の知らぬ間に聖女を意のままに扱っていますね。恐ろしい女です。飴と鞭でイルゼさんを無理に従わせていると確信できます。アデリーナは性悪ですから。

 イルゼさんも去る前に、態々(わざわざ)私に告げて行ったのです。助けてほしいのかもしれません。が、それはご自分で何とかしましょう。私はアデリーナ様が怖いのですからね。



「お嬢様、それでは学院に案内致します」


 立ったままの老人は(しわが)れ声で私に優しく言いました。

 私は頷き、アデリーナ様から預かった封筒を持ちます。推薦状って聞きましたから、間違いなく入学に必要なのでしょう。これを忘れては二度手間になりますね。



 用意されていた馬車に乗り、学院という名の蛮族の若者どもの巣窟に向かいます。馬車中でも老人は立ったままで、それでは私が落ち着きません。「座ってください」と言っても頑として聞き入れないし。


 彼の名はベセリンと聞きました。貴族の下で家令として働いた経験も長いらしく、頼りになりそうな雰囲気を漂わせています。

 ただ、彼もここ、諸国連邦の出身で、王国には行ったこともないと言いまして、それは大変に意外でした。

 洗練された振る舞いは蛮族に似つかわしくなく、王国の上流貴族にも優るとも劣らない感じだったからです。



 到着した学院も立派でした。正門は大きな鉄扉ですし、宮廷のように広々とした庭まで有りまして、その奥に白い校舎が聳えているのが見えました。


「お嬢様、私はそこの馬車置き場にて待機しております」


「終わる頃に迎えに来てもらうくらいで良いですよ?」


「お心遣い、感謝致します。しかし、初日はクラスメイトへの紹介と学院の説明くらいでしょう。お待ちしております」


 ふむ、ならば、彼の思う通りにしましょう。



 私は推薦状を手に門を過ぎ、そこで筆記用具を忘れたことに気付きます。が、良いでしょう。蛮族から学ぶことと言えば、炎を囲んで足を踏み鳴らす奇妙なダンスくらいでしょうから。全く私には不要です。



 無駄に広大な庭は並木通りがあったり、綺麗に低木が揃え切られたりしていて、少しだけ感心しました。蛮族の癖に生意気ですね。私の出身村より文明的と思わなくもないです。


 キョロキョロしながら校舎へと突き進み、建物に足を踏み入れようとしたところで声を掛けられました。



「何用だ? ここはナーシェル貴族学院である。部外者ならば即刻立ち去るが良い」


 がっしりした体格の男性でした。アシュリンさんよりも歳が行っている感じで、30とちょっとくらいのご年齢かなと思いました。つまり、おっさんです。ちょい若おっさんです。


「すみません。私、転入生でして。今日からお世話になります」


 蛮族相手にも丁寧な私、素敵です。

 アデリーナ様から頂いた推薦状の封筒を渡します。


「ん? それは悪かった。こっちに来い」



 案内されたのは職員室とかいう大きな部屋の前でして、私はその前でしばらく待たされました。何人かの生徒らしき者共が私を物珍しそうに見ながら通り過ぎていきます。


 漸く、さっきのちょい若おっさんが戻ってきました。


「お前、ブラナン王国から来たのか? ご苦労だったな」


 王国の名前はブラナン王国と言うのですね。私、初めて知りました。

 そして、また理解したのです。ここの学院の人達は蛮族ではない。ちょっと進化した豪族の方々、もしくは部落長の方々なのだと。蛮族の中の金持ち達の集まりなのですね。王国代表である私も心して掛からないといけません。ちょっと今まで舐めていましたよ。


 謙虚に行きましょう。私は先進国から来た洗練されたレディーですからね。



「入学は学院長に承認された。後で学院長から学校の説明をするとのことだ。それから、丁度、俺の担当するクラスになった。学院長の用意が整うまでに、皆へ挨拶するぞ」


 ふむ、こいつは何かの担当なのですね。私担当の下僕みたいなものでしょうか。


「メリナで御座います。宜しくお願いします」


 うふふ、下の者にも優しい私です。


「ああ。俺は担任教官のレジスだ。宜しくな。少々騒がしい連中もいるが、気にするなよ」


 男はそう言って私の前を歩きます。私はそれに従い、廊下を歩くのです。私の教官だったのですね。

 ある本に書いてありました。師とは尊ぶもの。私は素直で良い子なので、もちろん、蛮族であろうとそれなりに礼儀を見せないといけません。

 それに私はゴブリンでさえ師匠と呼び、敬愛した者です。蛮族を師と呼ぶのは、それに比べたら極めて簡単なことですよ。



「うぉー! 新しい女じゃん!」


 これが教室という学ぶための部屋に入った私に、いきなりぶつけてきた言葉です。一番後ろの一角からでした。

 蛮族め。やはり本性が出ていますね。


「しかも、上玉じゃねーか! 良し、俺の隣に来いよ!」


 私が上玉なのは当たり前です。お前らの雌とは違うのです。何せ、私は都会の淑女なのですから。



「……すまんな。少しクラスを纏めるのに手こずっている」


 レジスは私に小声で謝ってきました。


 ここでアデリーナ様の言葉を思い出します。「煩いのがいれば一番強いヤツを倒せば良い」と。大体こんな雰囲気の言葉だったと思います。



 私はクラス中の人の魔力を計ります。戦闘モードに入った私はとてもセンシティブ。こんな真似もできるのです。


 一瞬です。口から吸った息が肺にも到達しない短時間で、私は魔力感知を使い判断しました。


 一番強いヤツはこいつ。


 ダンッと、足を踏み込み、腰を入れた拳を放つ!

 背中にめり込む私の一撃は、隙だらけの担当教官であるレジスの背骨を粉々に破壊したはずです。死なないギリギリを狙っております。


 呻き声さえ上げられず、静かに崩れ落ちる私の担当教官。彼に罪はないのですが、アデリーナ様、これが正解なんでしょうか?


 完全にクラスが沈黙します。

 やはり、アデリーナ様が仰った通りです。



 無情にも散ったレジスを飛び越え、私は教壇の前に立ちます。続いて、優雅な自己紹介をしようとした間際に、女生徒が甲高い悲鳴を上げられまして、別室から来た教師陣に職員室へと連行されました。



 個室に入れられまして、厳しそうな中年のおばさんが私に言いました。


「退学です」

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― 新着の感想 ―
[一言] 生意気な同級生をボコすよくある展開かと思ったら油断した
[一言] 自己紹介を終える前に退学ww  流石にメリナww
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